魔法学院編 第5話 幸運の追撃。
「綺麗ですね。」
ユーラリア帝国の先代が産んだ実の一人娘、いわゆる皇女であるフェンティニーヌ=ユーラリア。
現皇帝の妹であり、皇女の姿がドルズの記憶に無い理由はいわゆる箱入り娘の状態だったかららしい。
これは数十年前の反乱の時に理由があるとスレーラルが考察しているようだが、それ以上の情報は二人の記憶には無いようだ。
そんな実に謎の深い女に対して俺は、笑みを浮かべて返す。
「何がです?」
それに対して、皇女フェンティニーヌは無邪気な笑みで答えた。
「その純粋な目、素敵だなぁって。お爺ちゃんより綺麗な人は初めてですよ!」
皇女の祖父という事は、十五代目の皇帝という事になる。しかし十五代目は、十六代目である彼女の父親が起こした反乱で死んだはず。
記憶によると十四年前に反乱があったらしいので、彼女の容姿を見るからに覚えている訳がないはずだが……。
そんな事は無いはずと俺が考えていると、好青年な男がその皇女へと近づいてくる。
「これは、ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありません。まったく、何も言わずどこかへ行くのはやめてください。」
「久しぶりの外だからいいじゃない、ジータル。最後に名前だけ教えてくれないかな!?私はフェンティ。」
帝国内でも知られていないからか、名前は安直なんだな。
「ラムっていいます。」
「それではラム!また会いに来るねー!」
そう言い残して、皇女はその男に連れられ列の最後尾へと消えていった。
あの青年はドルスの記憶にある。ジータル=アシキアイ、第二騎士団の魔法使いでありセンツを優に超える魔法の才を持った男だ。
しかし俺は、それよりもと思考する。
皇女は会いに来ると言った。ラムの顔が好みとかそういう雰囲気ではない。好奇心、もしくは感動のようなものを感じた。それは、何故だ?
俺は皇女フェンティニーヌの笑顔を、美しい栗色の瞳を思い浮かべながら思う。
危険な奴、と。
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『今日から俺は、魔王となる。』
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「それでは次の方、この魔道具の中へ魔法を打って下さい!」
この学園の制服であるローブを着た生徒と思われる女性が、元気にそう言う。
彼女が指した魔道具は、俺の体よりも大きな円形の金魚鉢のようなものである。
ガラス張りな所から魔法など打ったら壊れてしまいそうに見えるが、どういう理屈か魔法を内に保管して時間で消滅させられるらしい。
消滅させるのに掛かる時間はその魔力量や術式数によって変わるようで、複雑すぎる攻撃魔法は保管する事が出来ないという事だった。
俺はレアリルに作らせた木の枝にも見える細長い杖を魔道具に向け、円を描くように回転させながら中級魔法を放つ。
「火炎」
俺はそう唱えると、持っている杖から火炎放射器のように炎が轟々と溢れてくる。
この学院の入学試験の基準は、ネフィルの部屋にあった本からわかっていた。
単純に説明すると、無詠唱(技名を言うだけも無詠唱に含まれる)で魔法を発動すればAクラス、その他にも威力や難易度から採点されるらしい。
なので無詠唱の風と火を組み合わせたこの魔法ならば、間違いなくAクラスに入ることができるだろう。
因みにだが、どれほど弱かろうと魔法さえ使うことができれば、最低クラスであるGクラスに選別され入学する事ができる。
これこそネフィルの言っていた『他国の人間だろうと、亜人であろうと魔法を使える者は入学できる』を実現させている概要である。
俺が魔法を発動させると、制服を着ていた女性だけでなく後ろに並んでいる入学希望者達も驚きを露わにしていた。たかがこの程度と思ったが、もちろん態度には出さない。
「わぉ、無詠唱!!君凄いね!!名前なんて言うの?」
今日はやたらと名前を聞かれる。
「ラムです」
「おぉラム君、今年は優秀な子が多いな!って、もしかして後ろの彼女さんも凄かったりするの??」
その言葉を聞いたフテューレは、彼女じゃありませんと断ってから「一応」と控えめに答えた。その表情は慌てたりため息をついたりと、側から見ても普通の人間にしか見えない。
やはりフテューレで正解だったと思いつつ、俺は彼女の試験を見守った。
「水流」
俺と同じような杖から大量の水が流れてくる。その水の流れる速度は滝のようで、常人の体にぶつかれば間違いなくグチャグチャになるだろう。
「わぉ、本当に才能あるなぁ。今年の新入生は」
制服を着ている女性も苦笑いである。
それから俺とフテューレは、後ろにいた生徒と思わしき眼鏡の女性から試験の結果と概要が書かれた紙を貰う。
試験結果の部分にはもちろんAクラスとあって、その下には部屋の場所などのマニュアルらしきものがズラっと書かれていた。
「もう少し生徒が来たらまとめて案内しますので、あそこで少し待ってて下さいね。」
二人は言われた通り、正門の左奥にある壁を背に腰を下ろす。周りには上位のクラスに合格したと思わしき生徒が七人程度、同じように座っていた。
それから数分程度待っていると、試験をしていた正門から二人の金髪の女性がやって来る。
一人はツインテールで気の強そうな雰囲気、もう一人の少し背が小さい彼女はショートヘアーで隣のツインテールとは真逆に気の弱そうな雰囲気をしていた。
「なんでこんな優秀な私を待たせるの?最低な国ね。」
「う、うん。そうだねお姉ちゃん。」
金髪の姉妹は文句を溢しながら、俺とフテューレの隣に腰を下ろす。
フテューレ以外の横で待っていた人や亜人のほとんどは嫌そうな表情をしていたが、俺は真逆に近い感情を抱いていた。
幸運だ。
俺はこいつらを知っている。
クレセリア王国で魔法の才を持って生まれた姉妹。
王都に来てからシュリが剣の練習をしていると何かと文句を言っていた奴ら。
そして、シュリと同じように勇者パーティーに合格した人間。
俺は思わぬ人物が掛かったことに、内心で薄く笑みを浮かべる。
クレセリアの人間を探す手間が省けた。
そんな事を考えていると、隣にいるフテューレが小声で俺に語りかける。
「どうかされましたか?」
それに対し、俺もフテューレにしか聞こえない程の小さな声で返す。
「なんでもない」
淡々と答えたその言葉を聞いたフテューレは軽く頷くと、それ以上詮索することはしなかった。
それから数秒して、ローブの制服を着た男の生徒が二人やってくる。
その内の一人が、待っていた俺たちに向けて指示を出す。
「待たせてすまない。Aクラスは俺に、BとCは隣の彼に付いていってくれ。」
その指示に従うように、待っていた九人の内四人は指示をしていない生徒の元へ行く。
そして残った俺とフテューレ、クレセリアの金髪の姉妹、そして黒髪のマッシュヘアーな男の子は指示を出した生徒の元へ並んだ。
すると一番後ろにいたツインテールの女が痺れを切らしたように、指示を出していた男子生徒に愚痴を投げつける。
「こんな奴らが私と同じクラスなんて、舐めてるの?」
そんな姉の言葉に妹が慌てて同調する。
「そ、そうです!!」
その言葉に対して、周りは呆れたような様子をしている。
しかしそんな事よりも俺は、Aクラスらしいマッシュヘアーの男を観察していた。
俺の振りまいた火種によって、今年の入学者は国の工作員の可能性が高いだろう。横でゴタゴタ言っている金髪姉妹が良い例だ。
俺は闇に隠した自身の魔眼の力を発動する。
この力は魔眼ならば基本的に付いているモノのひとつである体内の魔力を可視化するというものだ。
因みにこの力がついていない魔眼は大体、何か他のモノを可視化している力があるらしい。
俺は彼の体内にある魔力を見る。
「ッ!?」
隣にいるフテューレも自身の力で同じものを見たのか、無表情な顔にどこか驚きの色が浮かぶ。
かなりの魔力を秘めている。その量は……おそらくあの妖精の域に近い。総魔力量ならば無限である俺に軍配は上がるが、一度に保管できる魔力量が桁違いすぎる。
今の俺は毎日の訓練によって帝国の時とは比べようもない程の魔力を一度に使えるようになった。
その十倍の魔力を秘めている人間がいるのか?
こんな小さなガキが。
そんな事が……ありえない。
俺とフテューレの視線を感じたのか、マッシュの男の子は二人を見ておどけた笑みを浮かべて見せた。
大物を期待してはいたが。
ヲルは帝国の皇女や隣で先輩生徒に宥められている金髪姉妹、そしてマッシュの男を脳裏に浮かべながら思う。
本当に、幸運だ。




