魔法学院編 第4話 魔法学院アリアネーゼ。
「ヲル様、行かれましたね。」
ヲルの後ろ姿が見えなくなった事を確認して、ラキネはそう言った。
それを聞いたルールとロルトュが、ラキネに自身の疑問を口にする。ルールはゆったりとした口調で、ロルトュは無邪気でどこか威圧感のある雰囲気で言った。
「ていうかラキネ、ヲル様は何故アリアネーゼに行かれたのですか?」
「決められたの昨日、ヲル様の考え聞いたのラキネっちとネフィルっちだけ、だから教えて??」
それを聞いたラキネは、ネフィルと見つめあってから口を開く。
「ヲル様がセキルアに命令を下された時に、アリアネーゼが世界を揺るがす魔法実験をしているという情報を流せとも命じられました。」
それを聞いたレアリルとフェーニは「なるほど」と頷く。しかし理解できてないルールとロルトュの為に、フェーニは自身の色っぽい声で簡単に説明をした。
「二人とも、考えてみんさい。他国が軍事的な実験を試みている。それも、そこは魔法を熟知している国どす。それを聞いたら、他国の人間はどんな行動を取りんす?わかりんしたか?」
その説明でやっと分かったのか、ルールが頭を上下に動かす。しかし未だ分かっていないのか、ロルトュは頭上にハテナを浮かべながらフェーニの質問に答えた。
「どうもしない。しょせん人間、ボクたちが動くことない」
「人間の立場で、という意味どす。」
「人間の立場?わからない」
それを聞いたフェーニは「それもそうどすね」と疲れた笑みを浮かべてから、わかりやすく解説した。
「人間は安心感を欲するが為に、セキルアのような工作員をアリアネーゼに送るという事どす。アリアネーゼは大国どすし、おそらく実力を持った工作員が来るはずどす。そこでヲル様はその工作員達をまとめて殺すか、こちら側の駒になさるおつもりでしょう。」
その言葉を聞いて、やっと納得がいったロルトュは「わかった」と声高々に言っている。
しかしフェーニはラキネに視線を向けて言葉を続けた。
「しかし、そんなら何故私じゃなくフテューレなんどす?私ならば、簡単に駒にでけるのに。」
それにラキネは、「私個人の考えですが」と前置きをした上で答える。
「わざわざフェーニの力を使う必要もない、という事なのでしょう。こちら側でもフェーニの力は大いに役立ちますし、大前提にヲル様の魅力に逆らえる者など存在しません。」
その言葉で何かを思い出したのか、ロルトュがハッとした様子でラキネに問いかけた。
「そういえばラキネ、ボクたちは何するのー?」
それを待っていたと言わんばかりに、ネフィルを除いた配下達が意識をラキネの言葉にへと集中させる。そんな視線の中、ラキネは軽々と口を開け答える。
「七階層にいるラビリンス達には例のモノを引き続き守ってもらいますが、ロルトュとフェーニには亜人大陸の詮索に行ってもらいます。」
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『今日から俺は、魔王となる。』
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魔法学院アリアネーゼ。
クレセリア王国やユーラリア帝国がある通称人間大陸と、様々な種族が住んでいる通称亜人大陸との丁度間に位置する国である。
ネフィルの調べた情報によると、昔は帝国のような統治国家だったらしい。
その頃から魔法使いが多かったその国では、騎士の代わりに魔法使いが軍事力として重宝された。しかし魔法使いへの待遇が酷かったようで、六十年程前に起きた魔法使いが反乱で魔法学院が建国されたとなっている。
そしてその国のトップとして位置するのが、学院長でありその反乱の中心人物でもあるアノールクリアというわけだ。
その実力は帝国である宮廷魔道士セフェヌータを超え、過去に存在していた賢者フェゼナタークに最も近しい存在とまで言われているらしいが、真偽は定かではない。
魔法学院アリアネーゼが成立しているのも、実力も未知数であるアノールクリアの存在が大きいだろう。
「見えましたね。」
魔王城から一ヶ月と三日、俺とフテューレは魔法学院アリアネーゼの頭角を視界に収める。
フテューレは数キロ先の学院を覆う壁を見ながら、そう呟いた。
「ここから俺はヲルではない。そして目的を見失うな。その為に一番慎重なお前を連れてきたのだからな。」
俺は初めて出会った時のフテューレを脳裏に浮かべる。
周りにいたルールやレアリルと違い、フテューレはヲルの魔力にたじろぐ事なく冷静に物事を判断していた。
死を経験しても声色も雰囲気も変えることなく冷静さを保ち続けた意思をヲルは評価し、この魔法学院の助手役として起用させたのだった。
フェーニにしようかとも考えたが、人間の国の戦力を奪うことが目的でもないから、あちら側に渡した方がラキネもやりやすいだろう。
未知数である亜人大陸は、この学院よりも脅威になりうるとも言える。
「もちろんです、ラム様。私も当面の間はこの学院の生徒として行動致します。」
フテューレの服装は出立の時と変わらないが、彼女の腰に付いてある翼はない。額に浮かんでいた紋様も同時に消えており、側から見ても人間に相違ないと言えるだろう。
「お前も学んでこい。だが、見極める所はしっかりとな。」
そんな俺の言葉に対して、フテューレは「はい」と肯定の意を表す。
俺は自身をラムにする為に纏わせた【闇】が問題無いかを確認してから、数キロ先の魔法学院へと歩みを進めた。
アリアネーゼは、入国審査のかわりに入学試験があるようだ。
そして入学試験を受けられるのは一ヶ月の間のみで、魔法が使える者ならばどんな種族だろうと入学を拒むことはないらしい。
今日がその期限の一日前ということもあるからか、入学試験を受けるための列ができている。俺もギリギリまで森で戦闘の練習をしていたのだが、もしかしたら他の人間達もそうなのかもしれない。
そんな事を考えながら茶髪で少し小柄になった俺とフテューレは、いくつかある列の中で一番短い列の最後尾へと並んだ。
列の長さからして、あと二十分程度になりそ…
「綺麗ですね」
俺の思考に割り込んでいくように、横から女の声が聞こえる。とても清楚で美しい声だ。
フテューレは素早くその方向へ振り向き、それに比べて俺はゆったりとしたペースで声の元である女性を見た。
金色の長い髪を伸ばし、左右は髪留めで止めている。そんなふんわりとした髪型が、どこかゆったりとした雰囲気を作り出していた。
しかし俺はそんな彼女の容姿に対してではなく、あるひとつの疑問を抱いていた。
どこかで見たことがある。
ラムの記憶では無いし、ドルスの記憶にも無い。
俺は取り込んだ記憶をロールバックさせ、彼女の姿がないかを探る。それから時間にして一秒に満たない間で、俺はその女性が映っているスレーラルの記憶を見つけ、無意識に少しだけ目蓋を動かした。
……ユーラリア帝国の皇女だと?




