魔法学院編 第3話 秘境からの出立。
時間は進み、あれから一日が過ぎた。
俺は最上階にある自室から外に出て、人化したラキネと共に最下層である第一階層に向けて階段を降りる。
今日は魔法学院アリアネーゼへと出立する日だ。
セキルアを帝国に送ってはいるが、大国とはいえ所詮は数多く存在する人間の国のひとつにすぎない。魔王城の管理も安定した今、俺自身も強くならないといけないしな。
そんな事を考えていると、魔王城の出入口である第一階層の門へと到着する。するとラキネは何トンもありそうな門を自然な動作で軽々と開け、道を作った。
人化する事によって力が落ちていたとしても、この程度の重さならば余裕なのだろう。
もし帝国で俺の言いつけを守らず人化を解いていれば、生命創造を使う前のラキネでも余裕で勝てていたのかもしれない。
俺はそんな事を脳の片隅に抱きつつ、ラキネの開けてくれた門を通って少し歩いたところで足を止めた。
目の前には、生命創造によって生まれた五人がいる。
帝国に行っているセキルアや他にも持ち場を離れることのできない数名は来ていないのは予想していたが、生まれてから一度も外に出ていなかったネフィルがいるのは少し予想外だった。
そんなネフィルは一番右端に立っていて、その隣にはレアリル、ルール、フテューレ、ロルトュ、フェーニという順で一直線上に他の配下達が並んでいる。
レアリルやルール、そしてフテューレとラキネは生命創造によって種族が変わっている。そのお陰で能力の数がひとつ増えて全体的な能力も上がったのだが、それと同時に容姿も変わった。
顔のパーツは変わらないようにも見えるが、レアリルならばドワーフとなったので背が少し縮み額からは左右と二つに肌色の角が生えている。
俺は自身の知識にある体毛で身を纏うドワーフとは違うように思ったので、ネフィルに調べさせてみたところ本当にドワーフには角はないらしい。
結局、今ではレアリルの種族はドワーフみたいなものという扱いになっている。
これは他の三人も同じだ。ルールだとエルフのような鋭い耳や目をしながらも、その雰囲気は誰が見ても淀んで映るだろう。
そして普通のエルフにはあり得ない魔力の量と質をしていた。
ラキネは容姿は変わらなかったが、新たな能力を得ている。
そしてルールの隣に立っているフテューレは、唯一種族の名前を見つけることができた。しかしそれは、俺がネフィルにある程度の知識を与えている中で見つけた偶然の産物である。
ネフィルの部屋にて、俺とネフィルが帝国から奪ってきた本を読んでいる時。ネフィルがあるひとつの本を持ちながら疑問を口にする。
「ヲル様、この本は何でしょうか?」
俺はそれを見て答える。
「絵本だな。人間の妄想を本という形にした芸術だ。そんな妄想に何の価値があるのか俺には理解できない。」
ネフィルはそのことを聞いてから、ペラペラと本を見ていく。そして、あるひとつのページでピタリと動きを止めた。
何事かと思って俺もその本を覗いて見てみると、ネフィルと同じように動きを止めた。
そこには、フテューレに酷似した者が書かれている。
「…堕天使と書かれていますね。」
堕天使。
この本では両肩から黒と白の翼を伸ばし、色は分からないが長く美しい髪を伸ばしている。
左手には長いハンマーのような武器を持ち、右手には異様に長い剣のようなものを持っていた。その攻撃方法も含めて、全てがフテューレと酷似している。
そうして、それ以降フテューレの種族は堕天使という判断となった。
今のフテューレの髪は前までと変わらない薄い赤色だが、肌の色は以前より白っぽい。
しかし髪色や長さは自由自在に変えれるらしいので、彼女かを判断するなら骨格を覚えるしかないだろう。
彼女はシュリにどことなく似ている部分があるから、俺には容易でわかるので問題はなかった。
因みにその表情は俺と会話する時以外は冷静沈着そのもので、人化したラキネに近かった。そして戦う時や修練をする時以外は、邪魔になる翼は中に隠しているようである。
次にフテューレの隣にいる緑色のうにょうにょしているのは、スライムであるロルトュ。
こいつについては無邪気という言葉が一番合うだろう。
頭が良いとは言えないが、生まれながらにセンスはあって学習能力が高い。こんな見た目だが、今の俺では確実に勝てないくらいの力はもちろん持っている。
最後に、ロルトュの横にいるのはフェーニ。
狐のような耳を持ち、ピンクブロンドの髪を肩くらいまで伸ばしている。
瞳は紅く鋭いのに、雰囲気が何故か柔らかく見えるのは彼女が持っている美貌からからもしれない。
これまで魔王城の防衛をしてもらっていたが、安定してきたのでこれからはラキネの指示でセキルアのような役目としてロルトュと亜人大陸へ送る予定だ。
「ヲル様、準備は整っております!」
ワクワクしているような雰囲気で、フテューレは笑顔を作ってそう言った。
生命創造からテンションが高くなったのには気づいていたが、今日はそれ以上に機嫌が良いように見える。それほどに魔法学院が楽しみなのだろうか。
そんなどうでもいい事を思い浮かべながら、俺はレアリルに確認を取る。
「あぁ。それとレアリル、頼んだものは持ってきたか?」
俺がそう言うと、レアリルは自身の後ろにあった袋を俺に向けて差し出す。
「ご希望に、添えたかと思います。」
ゆくっりと落ち着いた言葉は、最初に出会った時とはまるで別人のようだ。声はラキネ達に比べると小さいが、これも彼女の特性なのだろう。
俺はこの道具を【闇】に仕舞ってから、ネフィルの方へと目を向ける。するとネフィルは掌を広げたくらいの大きさをした六つのガラスケースを両手に持ちながら、俺の元へと近づいてくる。
「ヲル様のご命令された五つと、支配の眼球です。」
そう言いながら、六つのガラスケースを俺に差し出した。
「支配の眼球、完成したのか。」
「はい。昨日にルールが良い瞳を持った生命を作ってくれたお陰で、つい二時間前に完成させられました。この瞳さえはめれば、対象は死のうとその瞳が潰されるまで永遠にヲル様の傀儡となります。ただし、死んでしまうと知能は著しく低下してしまうのが問題ですが。それとこの瞳を作るのに掛かる時間や資源から、やはり効率は悪いようです。」
それでも、眼球について知らない者からは絶大な恐怖を与えられる。
記憶は俺の【闇】でどうにかなるし、軍事力としてはルールを使った方が効率は良いが、フェーニがいない時の工作員作成時には役に立ちそうだ。
「それでも材料が集まればいくつか作っておけ。わかっているとは思うが、空いていると思った時間にだけで構わない。量もそこまで必要ないしな。」
それを聞いたネフィルは表情をパーっと明るくさせる。
「わかりました、お任せ下さい!」
それから俺は横にいるフテューレの元へと近づいていく。彼女の荷物は地面に置いてある小さな荷物がひとつと、自身の腰に身についている小さな剣だけだ。
「準備は?」
それを聞いたシュリにどこか似た彼女は、ゆっくりと口を開いた。
「はい、もちろんです。」
しかしその声は、シュリとは全く似ていない。そんなつまらない思考が頭を過ぎる。
それから俺は、ここにいる配下達に向けて言葉を放った。
「お前達、任せたぞ。」
俺は秘境の出入口へと歩みを進め、フテューレは少し慌てた様子で後ろから着いて来る。
「あれだけでよろしかったのですか?」
後ろからフテューレが疑問を口にする。
俺の放った言葉は本当に少しだけだったが、しっかりと彼らの心の中に残っただろう。
何故なら、彼らはそういう風にできているのだから。
「あぁ。俺は、お前達を信じているからな。」
心にもない俺の言葉を聞いたフテューレは、しかしそんな事に気づく事もなく純粋に喜びの笑みを浮かべた。




