魔法学院編 第2話 魔王城の管理人。
ネフィルとは、生命創造によって創られた配下のホムンクルスである。
俺はひとつ下の七階層へと続く階段を降り、出てすぐ右にある扉を開ける。そこはネフィル専用になっている魔王城の管理をしている部屋だ。
俺が扉を開けるとネフィルは慌てた様子でこちらに振り返り、俺だと気付いたところで「申し訳ありません」と謝り出す。
それもそのはず、その部屋はレアリルの作った道具や帝国の本などで散らかり、ネフィルの濃い緑色の長い髪はボサボサである。
彼女の身長は百五十前後、服は魔法使いのフードのようなものを身につけていた。
そんな一眼見ると頼り無いように思える彼女だが、その頭脳や固有能力はかなり役に立つ。
それから数秒間、あやまりながら部屋を片付けていたネフィルは俺が通れる程の通路を作る。
「ヲル様、すみません。レアリルから渡された設計図を見ていて…」
そんな言葉より、早く情報を知りたかった俺は作られた道を歩きながら口を開く。
「概要を話せ」
それを聞いたネフィルは再び謝った後、能力を発動して自身の右の掌から黒色の虹彩をした眼球を生成する。
そして眼球の虹彩からスクリーンのように周辺の森の映像を空中に映し出し、説明を開始した。
「森を全て私の能力で探索しましたが、ヲル様の仰っておられた村は見つかりませんでした。」
そう言いながら、次々とスクリーンに森の映像をうつしていく。しかし俺はその事をラキネから知っていたので、それをネフィルに伝えると露骨に嫌そうな表情をしたながらブツブツと呟き出す。
「私から伝えたかったのに、少しヲル様といるのが長いからって。あのクソ狐が…」
ネフィルの口が動いたように見えた俺だったが、特に気にすことはしなかった。ただ単に興味がないというのもあるが、配下の中でもネフィルやロルトュは他に比べて子どもっぽい面がある事を理解しているからだろう。
しかし、どうやら子どもぽくなるのは俺の前だけらしいから特に気にはしてはいない。
「えぇっと、それではもう一つ。」
そう言ってネフィルは、魔法学院アリアネーゼについて書かれた本のページをスクリーンに浮かべる。
彼女の能力は条件さえ整っていれば、瞳や記憶の中を通して描写することができる。今写っているような本などの映像は、おそらく後者である記憶からの描写だろう。
それにしてもアリアネーゼに行くと言って1時間と経っていないのに、ネフィルの仕事は早い。
「魔法学院アリアネーゼ。規模は帝国とほぼ同じ領土を所有しており、亜人大陸に最も近い場所でもあります。」
その言葉と一緒に、本に書かれていた地図が映される。
「学院とされていますがほとんど国のような統治をしており、皇帝のような役職を担っているのが学院長であるアノールクリア。しかし唯一であり、国とこの学院との最大の違いは他国の人間だろうと、亜人であろうと魔法を使える者は入学できるという点です。」
ネフィルは一瞬の間をとった後、口を開く。その表情は、私の頭ではとても理解できないという思いを彷彿とさるものだった。
「要するに、二つの異種属が認める中立の学院という事です。」
それを聞いた俺の顔に、純粋な笑みが浮かぶ。そしてその好奇心を彷彿とさせるヲルの笑みを見たネフィルは、より一層理解できないという表情をした。
しかしそれからすぐに俺は笑みを解いて、吐き捨てるように言う。
「のぅのぅと生きやがって」
「…」
その表情の落差を見て、自然にネフィルの顔に先程のヲルのような純粋な笑みが浮かんでいく。それと同時にネフィルは、興奮した様子で口を大きく開け語り出した。
「ヲル様、どうされますか!?壊しますか?殺しますか?それとも、ブッ殺しますか??私の瞳とセキルアを使えば学院の内情は把握できるでしょう!それからルールの駒を増やして、あの狐やフテューレを使えば容易で…ッ」
興奮しているネフィルに、俺は自身の右手でその口を覆う。
「いいや、俺とフテューレが入学する。」
ネフィルは頬を赤く染め、俺は右手を離すとこの部屋の出入口である飛びをに向けて歩く。
「用意しろ。配下の中で最も優秀なお前なら理解できるだろ?」
「用意の意味ならば理解できます。しかし人間の国ひとつ程度、ヲル様ならば…」
俺は足を止め、ネフィルの方へと振り返る。
「いいや、これでいい。これがいいんだ。ネフィル、人間を甘く見すぎるのがお前の欠点だ。人間の闇は深い。そしてその闇は、全て俺の糧にならなければならない。」
そう言ってから、俺は再び扉の方へと体を向け扉近くにあった魔法学院アリアネーゼについて書かれた本を手に取る。
「明日までに手配をしておいてくれ。お前の瞳も五つほど準備してな。」
ネフィルはそんな俺の後ろ姿を見ながら言葉を返す。その様子は先程までの興奮していたものとは違い、いつものネフィルそのものだった。
「了解しました、ヲル様。」
◾️◾️◾️
『だからラキネ、フテューレに伝えといて。それとレアリルにも。私、良さそうな瞳を物色するから。』
六階層の様子を窺っていたラキネの目の前にぷかぷかと浮いている眼球から、ネフィルの声が発せられる。
ネフィルからヲル様とのやり取りを聞いたラキネは、帝国に行くと仰った時のヲル様を思い出す。
あの時のヲル様も私の理解できない事を仰り、そして効率よく戦力を得た。
ネフィルが最初からその言葉に対して信じているのを見て、私は改めてあの時一瞬でもヲル様を疑ってしまった自分に対して恥を覚えた。
「わかった。私から配下全員に伝えます。」
私がそう言うと、ぷかぷかと浮いていた眼球はひとりでに上の階層へと向かっていった。




