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平民編 第2話 ルーティと僕。

 目を覚ますと、そこは先程までいたはずの部屋ではなかった。そしてなぜか視界はぼやけて景色をしっかりと捉える事が出来ない。目をこすってみてもピントが合うことはなかった。

 僕がそんな現状に理解できないでいると、聞き覚えのある声が僕の耳の中へと入ってくる。


「ヲル!みてみて!かわいーでしょー!」


 僕の視界はぼやけたままだ。それでも声の主が小さい頃のルーティと理解できるのは、僕の少ない思い出として心の中にいつもあったからなのだろう。


 ピンクの髪色で瞳は蒼色。そんな彼女は白く小さな花を手のひらに、満面の笑顔を浮かべてこう言った。


「うん!かわいいね!」


 そんなルーティの言葉に対して、無邪気な表情をした男の子が返事をする。


『小さい頃の僕か?』


 僕の呟きは洞窟の中にいるかのように響きながら消えて行く。

 しかし僕の出した結論は正しかったのか、視界は徐々に鮮明になっていき、やがて僕の視点はルーティに返事をした小さい頃の僕の視点へと移り変わった。


 夢だとは思うが、周りには広大な森と山々が広がり、静かに水の流れる音や懐かしい花の香りが鮮明に感じられる。

 周りを確認してみると、少し遠くに今となっては消えてしまった辺鄙な村も見えた。


「どうしたのヲル?」


 心配そうなルーティの表情を見て、何故か僕が無意識に涙を流していだ事に気づく。


「ううん、なんでもない」


 僕は声変わりのしていない甲高い声でそう言いうと、手で涙を拭った。

 それから僕は小さい姿のまま、ルーティと日が暮れるまで遊んだ。おいかけっこや探検。ルーティとの会話が何より新鮮に蘇る。


「ヲル、だいすき!」


 そして夕方の帰り道、ルーティの言葉を聞いた僕は無邪気な笑顔を作り、子ども特有の甲高い声で言った。


「ありがとう」


 同意ではないその言葉に、ルーティは深く考える事もなく純粋そうな笑みを浮かべている。


 そんな彼女の笑みを眺めていると、唐突に周りの景色が変えられていく。

 それから少しして景色が固定されると、僕はあたふたしながらも数秒で今置かれている状況を理解する。


 その場面は忘れる事のない。ルーティと僕の間で、別れを告げる日の思い出であった。





 ◼️◼️◼️





「ヲル…」


 目の前にルーティがいる。ここは確かルーティの家の裏で、前日にここに来るように言われていたのを覚えている。


「じつはね…」


 風が吹き抜けると、梢がさざめくようにザワザワと鳴る。

 僕はその言葉の続きを知っている。


「わたしね」


 ルーティは悲しみの表情で、涙を浮かべながら言葉を続けた。


「もうここにはいれないの。」


 事実さえ言えてしまえばそれからは簡単なようで、ルーティは気持ちの昂りをなんとか抑えながらも、僕にその事実を語った。


「なんかわたし、せいじょ?なんだって。それでたくさんの人をたすけるために、おしろに行くことになったの。」


 小さい頃の僕は無言でルーティのことを見ている。


「そっか、ルーティならたくさんの人をたすけられるもんね!ぼくがあしをうったときも、おくすりつけてくれたし、やくそう見つけるのもじょうずだし、それに…」


 小さい頃のヲルが、悲しそうに見える表情でそう口にした。


「ヲルッ!」


 ルーティが小さな僕へと抱きつく。


「わたしはヲルと一緒にいたい……!そんな、知ら、知らないひとなんかより、ヲルと一緒に、一緒にいたいよおぉおおお…!」


 そしてルーティは溢れんばかりの涙を流しながらそう言った。そんな惨めな演技をする自分の姿を見ながら、僕は夢の中で目を細めながら呟く。


『下らない』


 それから小さい頃のヲルは、涙を拭いながら口を開く。


「ルーティ、僕もいつかおしろにいくから……」


 殺さないのならここで外に出る理由を作るというのは、我ながら良い判断だったと思う。


「だから、そのときは、そのときは!ぼくとけっこんしてください!」


 その言葉を聞いたルーティは少しの間戸惑いながらも、満面の笑みで応えてくれる。


「うん!」


 僕は今から七年前の八歳の時にルーティと結婚の約束をした。

 すると次の瞬間、僕の視界がぼやけていき、不思議な夢が終わろうとしているのがわかる。


 そして視界が真っ暗になった時、ひとつの声が聞こえてくる。


『わかった』


 それが記憶にないルーティの声だと気づいた瞬間、完全に僕の意識が現実へと引き戻された。





 ◾️◾️◾️





「お兄ちゃん、おはよ!」


「…ん、シュリか」


 目を覚ますと僕の目の前にシュリの顔があった。どうやら、いつもより少し寝すぎてしまったようだ。


 それから僕は最後のルーティの声に違和感を感じながらも、急いで朝食の準備をする。


『ただの夢だったのか』


 僕はそう思いながらシュリの姿を視界に収める。

 小さい頃から変わらない輝きを持つ彼女に安心感を感じながらも、あの頃のような無邪気さはもうどこにもない事が同時に後悔も感じさせる。


 故郷の村を燃やし、シュリの無邪気さを奪った犯人は推測の域を出ないが、どうせ聖女であるルーティの未練を消すためにこの宗教国家(クレセリア)が仕組んだ事だろう。


『クレセリアに気づかれる前に、シュリに認知される前にルーティを殺すべきだった』


 そんな後悔をしながら、ヲルは刃こぼれしたナイフを手に朝食である硬い黒パンを()()()切った。




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