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平民編 第1話 八年後の平穏。

 あれから八年の月日が流れてヲルは十六歳となった。背丈はあの時よりも伸びているが、村の時に比べて飯を食べられていないせいで肉がついていないのでガリガリである。

 あれから村を失った二人は道中の村や町を転々としながらも、今では宗教国家クレセリア王国の首都である王都の端で暮らしている。

 王都の土地代は高いが、今暮らしているのは治安の悪い端の区域なので相応の安価で暮らせていた。


 そこまでして僕たちがここに住もうとした理由はいくつかあるが、一番は王都内でさえあればこの国の軍事力である聖騎士達が王都全体を守ってくれるというところである。

 この国は国土は他の大国には及ばないものの、軍事力に関してはかなりのものであった。だからこそ魔物の出るフレズの森を挟んだ場所に位置する大国の帝国に未だ侵略されていないのだろう。

 しかしその分、周りの小さな村と比べて首都は本格的に宗教に関して厳しいのが難点ではあった。


「おにーちゃん!私、試験合格できた!勇者専属の騎士に合格できたよ!!!」


 玄関の扉を開けてすぐ、薔薇色の髪を首下まで伸ばしたシュリが喜びに満ち溢れたような表情でそう言った。

 その言葉を聞いた瞬間、ヲルの表情が強張る。


 勇者専属騎士、それは端的にまとめるのなら物語に出てくる勇者のパーティーメンバーのようなもので、現実的なところで言うのなら冒険者パーティの一員のようなものであった。

 それは子どもが空を飛びたいと願うように、普通の子どもならば必然的に一度は願うであろう夢のまた夢であり、それはシュリもまた例外ではなかった。


 元々シュリは剣の類稀な才能を持っていて、道中の村で出会った元聖騎士だった人物にも認められる程であった。

 資金もなかったあの頃は、その元聖騎士の提案した『弟子として修行する毎にお金をあげる』という訳の分からない資金稼ぎの()()で、シュリが本格的に剣を学ぶきっかけとなったのだった。


「凄いなシュリ、夢が叶って嬉しいよ」


 僕は温かい笑みを浮かべて、シュリと同じように喜んだように見せる。しかしそんな表情とは裏腹に、内心はかなり穏やかではなかった。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。』


 勇者とはクレセリアの信仰する唯一神の使者とされている人物であり、それが真実かは別としてクレセリア内としてはかなり重要な人物に違いない。

 そんな勇者を筆頭として組まれるパーティーというのは、当たり前だが普通の人間より並外れた存在しか入ることができない。要するに勇者パーティーというのは、クレセリア内の聖騎士団の上位層に匹敵する程の力を持たないとならないものだという認識だった。

 そしてもちろん魔族と戦う使命も持つ勇者専属騎士の危険度は、通常の騎士とは比較にならないレベルに決まっている。間違いなく戦争の道具としても使われるだろう。

 僕はシュリの才能を軽く見ていた事に後悔しながら、どうにかしてこれまでのように暮らしていく方法がないかと思考を巡らせる。


「それで、勇者様はいつ召喚されるんだ?」


 僕はそう言いながら、働いているパン屋のおばさんから貰った硬い黒パンをシュリに渡す。

 シュリはそれを受け取りながら「それが明日らしいの。なんでももうすぐ魔王が復活するんだって。」と口にした。

 そしてそれに付け加えるような形で、シュリは意地悪そうな笑みを浮かべて言った。


「ルーティ(ねえ)もいたよ!」


 ルーティ、懐かしい名前だ。

 そこで僕はルーティをうまく使えれば、シュリが騎士になる事をやめさせられるのではないかという考えに至る。しかし腐っても聖女という地位にいる彼女に、平民である僕が近づくのは現実的では無かった。

 そんな事を考えている僕に何か思い悩んでいるのかと思ったシュリが、心配そうに声をかけてくれる。


「ん?お兄ちゃん、どうかしたの?」


「いや、ルーティは元気そうだったのかな〜って」


 もちろんシュリに言うつもりはなく、ルーティを引き合いに出して自然にはぐらかす。


「んー、笑ってたけど少し疲れてそうかな。聖女としての仕事が大変なのかも。お兄ちゃんはまだルーティさんと会えてないの?」


「ルーティも忙しいんだろ、また会えるさ。」


「ルーティさんもしっかりと指輪してたしね!」


 その言葉を聞いたヲルは本心から薄く笑みを浮かべる。()()()を忘れていないのならさっきの方法も少しは可能性があるかもしれないと思う半面、実行に移すのにはリスクが大きすぎるので別の方法を模索するべきかもしれない。

 それから少しの間、ヲルとルーティはパンをかじりながらつまらない話をした。


「そういえば、明日は何時くらいに帰れそうか?」


「それが、もしかしたらさっき話してた森の魔物退治の後に、そのまま王城に泊まるかも知れないんだ。」


「それじゃ、飯は一応作っておくよ。」


「帰ってきたら、自分で作るよ…?」


「大丈夫、料理は僕の担当だからね」


 何気ない妹との会話が、僕の生きる希望の一つでもあることを実感できる。

 そしてシュリが水浴びを終えた事を確認してから、僕も軽く水浴びをして狭すぎるベッドルームの中へ入った。


『早めに解放すべきだったか』


 シュリとの平穏のために未だ抑え続けていた力を胸に、僕は誰にも聞こえない大きさで呟き、深い眠りについた。





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