帝国編 第9話 ドルスの覚悟。
これは、遂一年前の出来事。
騎士の仕事が休みの時に、繁華街を歩いていた時の事だった。
「あなたに、是非使って頂きたい魔道具があるのです。」
フードで顔が見えないが明らかに不気味なその男を、私も最初はスルーしていた。しかししつこく言い寄ってくる彼に、私は見るだけならとその魔道具を視界に入れる。
そこで出てきたのは、漆黒の小刀。
名を『裁判の解き』とその男は言った。
能力も使い方も不明。
そんな怪しいものに、しかし私はその何かに魅せられ自然と触れてみる。すると、何故か心の底からの安心感を得た。
私はその小刀を買ってからというもの、それからほぼ毎日風呂や寝る時以外はその刀をつけるようになった。
◾️◾️◾️
「魔王…ッ」
そう吐き捨てるように言ったのは、腰に黒い小刀を装備したドルスである。その声は恐怖から震えている。
それは私以外の第三騎士団も同じようで、魔王の魔力を直に感じ震えが視界の隅で見える。
そんな魔王の容姿は高身長な、ただの人間のようにも見えた。
しかしその異様なまでに美しい白髪や、吸い込まれていくようなほど純粋な紅の瞳。そして何より、黒いドロドロなようなものから感じる吐き気をも思わせる邪悪な魔力。
逃げたいという思いが頭の中で浮かぶ。
しかし彼らは、目的こそ違えどそれに向かって命をかけている騎士。
故にたじろぐ事なく、彼らは戦意を喪失することなく殺意を魔王に向ける。
そして私も、団長として三人へ指示を出した。
「バチエト、スレーラルッ!」
「あぁ、わかってるッ!」
「了解」
私の呼びかけに応じた二人は、即座に魔王に向けて走り出す。
私は利き手ではない左手で落ちている剣を、スレーラルは腰にある剣を、バチエトは折れていない利き手である左の拳を使って攻撃を繰り出す。
【戦技 三閃光】
それは体内にある魔力を使って瞬間的に身体能力を活性化させ、対象に向けて三人の同時攻撃を浴びせるというもの。
結成当初から訓練し、磨いた戦技のひとつであった。
そのコンビネーションは伊達ではなく、八大帝騎士とて一人ならばなんとかなるのではないかと自負している戦技でもあった。
しかし魔王はその攻撃を受ける直前、何もない空間から三つの漆黒色の剣が空中に現れる。
【宙を舞う闇の魔剣】
それは魔力を使って活性化させた三人の攻撃を軽々と受け止めた。
結果、その三人は戦技を魔王に浴びせる事が叶わず、後ろに引く形となった。しかし、その剣は止まることなく三人を追ってくる。
「どこから出やがった」
「ヒレル、何かわかったか」
「こちらからも、急に現れたとしか見えなかった。」
しかし魔王から二メートル程離れると、近づいてきていた漆黒の剣が崩れ落ちた。
「距離には制限があるようですね」
ヒレルのその言葉に、私は額に汗を浮かべて「いや」と言って言葉を続けた。
「制限ではなく、今の限界だ。クレセリア曰く、魔王も勇者も誕生してからは成長をしていくらしい。要するに、この魔王はまだ成長をする。それも、かなりのペースで。」
その言葉を聞くと、四人の瞳に恐怖の色が浮かぶ。しかし、それは次第に覚悟の色へと変わっていく。
それは、自身の夢のため。それは、帝国の未来のため。それは、自身の目的ため。
それを見ていた魔王は、横に倒れている白髪の女に目を移して、四人の前で初めて声を発した。
「ラキネ、立て」
「はぃ…ッ」
それを聞いたラキネと呼ばれた女は、ボロボロの体を無理矢理動かして立つことに成功する。
その体は、根気で立てるほど軽い傷ではないはずだ。それなのにも関わらず、その女は立った。
『何をする気だ…?』
私達が様子を伺っていると、魔王が口を動かすのが見える。しかしその声を聞き取ることはできなかった。
◾️◾️◾️
「腕を貸せ」
「…はい」
ヲルの指示に理解できていないラキネだったが、ヲルからの命令なので理解していなくともボロボロとなっていた右腕を躊躇なく差し出す。
ヲルはその手首を握りしめ、魔王の魔力を纏わせる。
それと同時にうっすらと初めて感じるヲル自身の魔力に顔を赤らめるラキネに、ヲルは気にせず次の命令を出す。
◾️◾️◾️
魔王が白髪の女の腕を掴んでいる。
その光景に、第三帝騎士全員が疑問と同時に不安を抱いていた。
注意してその様子を伺っていると、その女の人差し指が私たちへと向けられる。
「…何だ?」
そんな私の疑問に、ヒレルはハッとした様子で慌てて言った。
「この女は、魔法を使──」
次の瞬間、その女の人差し指から黒い靄が現れる。
そしてそれを見ていた四人全員の視界が暗闇に閉ざされた。
私はその魔法を私は知っていた。それは、帝国内でも数人しかいない魔法使いとの模擬戦で学んだ魔法。
【盲目】
故に、この対処法は知っている。
「この魔法の効果時間は五秒だ!魔王の気配を見失うなッ!」
そう言って私は魔王の気配に意識を集中させていると、段々と魔王の気配が薄くなっていく。
『どうして気配が……』
そこで私は逃げたのかという可能性が頭の中に浮かぶと同時に、焦りを覚える。
『ここで魔王を倒さなければ、もう殺す機会がないかもしれない。早く追わなければ……!?』
次の瞬間、そんな事を考えていたドルスの腹部に激痛が走る。
それはまるで、背後から剣で腹部に刺されたような感覚。
瞬時に私は、背後の気配が何者かを考え────る必要もなく理解した。
「……スレーラルッ、血迷ったかあぁぁぁあ!」
声を上げるが、考えてみればスレーラルは自分の病が治るために六騎士に入ったような奴だ。理解はできた。
────だが、納得などできるはずがない。
「魔王様」
スレーラルの声が、耳の中へと入る。
「私はスレーラルと申します。どうか、この私に魔王様のお慈悲をお願い致します。」
魔王はスレーラルに対して「来い、魔法は解除させた」と言う。
それを聞いた私は、五秒以上経っているのにも関わらず【盲目】が解除されていない事に気づく。
なるほど、誕生して間もないのにも関わらず魔法をも超越している存在。もしそんな存在ならば、自身の呪いをも解いてくれると思ったのだろうか。
『なんで……なんでッ』
そんな事を考えていたドルスの耳に、スレーラルの悲痛の叫び声が入る。
しかし私はそんなことを気にすることなく遠のいていく意識の中、黒の小剣を手に取った。
◾️◾️◾️
ドルスは、平民の子であった。
スラム街で優しい母に育てられ、辛い生活だったが友人達と親友だったファルと共に生活のために盗みを働いてはいたが、楽しく暮らしていた。
そんなドルスの運命の岐路は、四歳の頃の一段と熱い日の事だった。
帝国内の反乱で、母が殺された。
その時、どこからそんな水が出てきたのか疑問に思うほどの涙がドルスの頬を伝った。
それから数日後、複数の騎士がスラム街に現れる。
そこで父が第一帝騎士の団長だったという事を知らされ、ドルスは城へと連れていかれた。
ドルスは連れて行こうとする騎士に対して、暴れるという形で否定を表した。
一緒に盗みを働いていた友人も、騎士に殴りかかって行った。
だけれど、大人と子どもとの差は埋められない。
ドルスは無理矢理、父のいる王城に連れて行かれた。
父は大柄で威圧ある風格だ。そして何より帝国を愛し、それこそ母よりも帝国を愛していた。しかし、母もしっかりと愛してはいた。
それから時間は経ち、ドルスが騎士の訓練を受けている中で心にあった復讐心が和らいだのを実感する。
多分この人は、不器用なのだとわかったから。
騎士としてしか生きられないのだとわかったから。
だから、少しだけ和らいだのかもしれない。
そしてある日、ドルスは決意した。
いつか立派な騎士となって、ファルの所へ。スラムという街を、帝国から無くすと。
しかしそれが間違った事だと、ドルスは死の直前に理解する事となる。
月日は経ち、十一歳。ドルスは、外の世界に行っても良いと許可を出される。
もちろん、最初に向かったのはスラム街だ。
しかし王城からの道なぞわからないドルスは、通行人に聞く事とした。
「すみません、スラム街はどこにあるでしょうか?」
その薄汚い服を着ていたお婆さんは表情を渋くし、吐き捨てるように言った。
「あんたら貴族が無くしたんじゃないか」
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意識が朦朧としていく中、ドルスは夢を見ていた。
ほんの数秒。いや、一秒も経っていないのかもしれない。
お婆さんのその言葉で、私は夢から覚める。
そうだ。その後に今の皇帝がスラム街を無くし、市民街を増築させたと聞かされた。
私の兼ねてからの『夢』を『現実』にしてくださった。
……そう、思っていた。
しかし、あのお婆さんは辛がってた。
過去のスラムを、求めていた。
わからなかった。
今の今まで。
この夢を見るまで、忘れていた。
私を僕と呼んでいたあの頃。その時の夢、決意、覚悟とも思っていなかった当たり前の事。
忘れてはいけない、僕の生き甲斐を。
「思い出だけが、彼らにとって唯一の生き甲斐なのだから」
もう、取り戻す事はできない。
……だけど、守る事ならできる。そうするしか、ないんだ。
守って見せる。
遠のいていく意識の中、私は本能のままに黒の小剣を手に取った。
もしファル。君が生きていてくれているのなら、かつての友が生きているのなら。こんな裏切り者でも、本当に少しだけど、罪滅ぼしをさせてくれ。
ドルスは、その小剣で心臓を貫いた。