帝国編 第7話 決意と決行。
その日の夜、ある宿の部屋の暗闇に四つの赤い光が灯っている。そこでは【闇】の効果で昨日殺した第三騎士団のセツンの姿になっているラキネがヲルに報告をしている。
「以上が、帝国に残る戦力です。」
それを聞いて、俺は無意識に右手を顎へと持っていく。
「八大帝騎士の二匹は魔獣で対処するとして、何よりの問題はドルスとかいう人間の持っている黒の小刀か。」
「作戦前に、この姿で回収しておいた方がよろしいでしょうか。」
「それで余計な問題が増えると厄介だ。特に隠れた実力者を防衛に付かれると、今の俺では行きて帰る事すら叶わん。」
「了解致しました。」
そう言ってヲルは必要のない睡眠をとろうと、いつもより柔らかいベットへと横になり目を閉じた。
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「…それで、魔王の捜索は?」
馬車の中にいる皇帝陛下を視界に入れつつ、ドルスは昨日の捜索での結果を報告した。
「残念ながら、半日で調べた中で見つける事は出来ませんでした。」
その言葉を聞いても、皇帝陛下は表情を変える事なく言葉を続けた。
「そうか。それでは帝国の防衛を頼む。何かあれば…わかっているな。」
確認をするように聞いてくる陛下に、ドルスは簡潔に答える。
「もちろんです。騎士団の戦力を活用して対処、かつ書記官であるカーレケツへと報告します。」
「あぁ、ないとは思うがな。それでは行ってくる。」
そうして、皇帝や騎士達がクレセリア王国へ向けて出発した。
それをドルスを含めた第三騎士団や一部の第四騎士、帝国の守護として残されたテートゥヌとチェルケド、そして帝国民が見送る。
見送りを終えたドルス達は、帝都の中へと戻る。
ドルスは無意識に空を見上げる。その日は雲ひとつない晴天で、まるで神が皇帝陛下を祝福をしているかのようにドルスの瞳には写っていた。
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皇帝がクレセリア王国へと向かう様子を、森の奥から見る存在影がある。そこには数え切れないほどの魔獣と森の守護者と呼ばれる大魔獣、そしてヲルの姿があった。
そのヲルは、ドルスとは真反対の感情を持って空を見る。
こんな雲ひとつない晴天を見ると、村が消えた嫌な光景が思い出される。
「もう、昔の事だ」
そう、もう昔の事。村が消えたのも、ルーティに恋したのも、シュリが生きてたのも、全ては昔の事なのだ。
だけど、だからこそ、俺は忘れない。生きる苦痛を、シュリを、ルーティを。
だから俺はこの曲を奏でると、あの雷に打たれた時に決めたのだ。もう居ない、あの頃の二人に。
「見ていてくれ。」
ヲルは太陽に顔を向け、合奏の指揮をしているかのように両手をあげた。
そして目を閉じたヲルは無表情なのにどこか悲しみのある表情で、口を開く。
「俺からの、贈り物だ。」
葉と葉の隙間から溢れてくる太陽の光が、ヲルの体を輝かせる。
その姿は、まるで神の祝福を受けているかのように美しくヲルの体を照らしていた。
それから六時間後、帝国は数千をも超える魔物の大群によって攻撃される事となる。
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「おい、クソ野郎ッ!どうしてこんなにもの魔物がいんだよ!つーかこんな忙しい時に、回復役であるセンツはどこに行った!?」
帝国内部は、一眼見れば分かるほどにまで慌ただしい状況となっていた。突如現れた数千をも超える魔物の大群からの襲撃。その対処に、帝国にいる全騎士と冒険者が駆り出されている。
しかしその数と一部の強力な魔物によって、帝国は現在危機的な状況に陥っていた。
「わかるわけがないでしょう、この脳筋ッ!それより早く──」
異例の緊急事態と、魔王捜索から帰ってきていないセンツに苛立ちを覚えていた二人。そして、ドルスもこんな異常事態に混乱していた。
数千もの魔物が一度に?ありえない。誰かが操っているとしたら?いや、それよりこれからどうすれば…。
そんな混乱してしまっている状況のドルス達に、後ろから威厳ある声と萎れた声が聞こえる。
「オラ、お前達やめろ。」
ガタイが良くドルスよりもふた周りほどでかい男、チェルケド。
「これほどの量の魔物が攻めてきたのじゃ。それには必ず理由がある。」
それに比べて、ひょろひょろに見えるが強力なな魔導師であるテートュヌ。
「てめぇらは、その原因を見つけろ。外のクソ共は、俺らと他の騎士が止めといてやる。」
そう言って八大帝騎士の二人は、入り口の方へと歩いていく。
第三騎士団は、オールラウンダーな騎士団として作られた。この原因を見つけるというのには最適なのは理解している。だが、それでも。と一瞬思ってしまうドルスに、横を通った二人がドルスの肩を叩く。
「ドルスよ、任せたぞ」
「てめぇは小せぇ頃から、頭が硬すぎんだよ」
その時見えた二人の表情は、小さい頃から見ていたボンヤリとしていたものとは程遠く、覚悟の色が強く滲み出ていた。その顔を見たドルスは、自信の中にあった小さな迷いを断ち切る。
皇帝陛下より任された任務、必ず全うして見せる。
ドルスは第三騎士団の団長として、覚悟の表情を浮かべながら指示を出す。
「ヒレル、バチエト。俺とスレーラルで行動する。原因を早急に発見し、対処しろ。」
ヒレルとバチエト。仲の悪い二人だが、彼らもスレーラルを止められるのは俺しかいないと言う事を理解しているからか、それとも自身より格上の男の覚悟を見たからなのか。何の文句も言うこともなく、短く答えた。
「「了解」」
そして、ドルスは再び心の中で宣言した。
帝国は必ず守ってみせる、と。
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ドルスの指示からすぐ、ヒレルとバチエトは奴隷商の方向へと向かっていた。そして疑問に思ったバチエトは、走りながらヒレルに質問をする。
「おい、クソ野郎。なんで奴隷商に向かってる?早く説明しろ!」
そんな質問をしてくるバチエトに、ヒレルは苛つきながらも答えた。
「もしこの騒動で労働の主力である奴隷が脱走してしまっては、帝国の復興が長期化してしまうからだ。」
そんなヒレルの答えを聞いたバチエトの額に、血管の筋が浮かぶ。
「おぃ、そんな事してる間に、何人が死ぬと思ってんだ?」
ヒレルはそんなバチエトの事など気にする様子もなく、奴隷商の位置を頭の中で調べながら答える。
「お前こそ馬鹿だ。生かすべきは帝国。何故それが理解できない?」
バチエトが歯をくいしばる。
「できるわけがねぇだろ、人が死ぬんだぞ?」
「帝国が死んでしまえば元も子もない。それに俺達騎士も、これまで何度も見殺しにしているだろう。それが薄汚れた貴族か、薄汚れた平民かだけの違いだけだ。」
ヒレルの発した言葉に、バチエトは怒りを露わにする。
「薄汚れた平民?薄汚れてでもしねぇと、生きれない人間だっているんだぞ!?」
「あぁ、理解してる。だが、どちらも平等に人間だ。そして、どちらも不平等すぎる程に死のうが帝国の損害は軽い。」
「ッ!テメェは、それでも人間かよッ!?」
だが、バチエトの怒りの声を聞いても、ヒレルは走っている足も、表情も変えずに答える。
「あぁ、人間だ。それも帝国の平民の中から生まれた人間だよ。わかったか脳筋。団長も帝国に忠誠を誓っておきながら、奴隷の保護を指示しなかったのには驚きだ。」
その言葉が終わると、奴隷を保管している場所に到着する。ヒレルは地面に降り立つと同時に、どこか寂しそうな表情で言葉を続けた。
「真に帝国へ忠誠を誓っているのは、俺だけなのかもしれないな。」
その言葉を聞いたバチエトは、抑えていた怒りが爆発する。
「てめぇ、調子に乗るんじゃ──」
そしてバチエトが反射的にヒレルに掴みかかろうとした時、奴隷商から一人の女性が出てくる。それを見た二人は大きく目を見開き、バチエトは発していた言葉も、掴もうとした右手も止まる。
それは、ヒレルもバチエトも知っている女。六年間、共に仕事をしてきた女。
センツがそこにいた。