帝国編 第6話 帝国の方針。
帝都の中心に位置する城の大きさは帝都の三分の一もある。そこには皇族や、雑務をするメイドや料理人も含め優秀な人材が住み込みで働いている。
そして帝国を守っている騎士も、エリートである第一騎士団と少数精鋭である第三騎士団は城の中で生活する事を許されている。
そんな第三騎士団の団長であるドルスの部屋は、まだ帝国に仕えて20年も経っていないので皇帝陛下からは遠い場所に割り振られていた。
「失礼します。ドルス様、皇帝陛下がお呼びです。」
なのでこのように皇帝陛下に緊急の用事で呼ばれると、急いで正装に着替えて長い道を間違えずに早歩きをする必要がある。初めての時は道に少し迷ってしまったのは、今となっては恥ずかしい思い出である。
「わかった」
ドルスは端的に返事をしてからクローゼットの中にある正装に着替え、皇帝陛下がいらっしゃる部屋へ歩みを進める。
皇帝の仕事場に到着したらノックを四回し、自分の名前を言うと他の部屋よりも大きな室内から若く聡明な声が掛けられる。
「入っていいぞ」
その言葉を聞いたドルスは「失礼します」と言った後に扉を開けて室内に入ると、正面にあるソファに座っていたユールデンス=ユーラリア皇帝陛下と、その隣で立っている宮廷魔導師のセフェヌータ殿がいるのを確認する。
セファヌータ様は老人のように見えるが、帝都の中でもトップクラスの魔法を扱う人物で、皇帝陛下は二十一と歴史上でもかなり若い。
この国の成人は十五ではあるのだが、皇帝の地位に着くのは三十前半が基本とされていたので歴代上で見ても先代の次に若い皇帝である。
しかし先代の王がある理由で退位せざる終えない状況になってしまい、十六という異例の若さから皇帝の座につくこととなった。当初は国民の中で不安もあったが、今ではそのカリスマ性を用いて分断してしまいそうだった帝国をしっかり管理している。
「何事でしょうか、陛下。」
「先程、王都から連絡が来てな。先日の落雷のようなものは魔王の誕生ということだった。」
その言葉を聞いて私は「なるほど」と理解した。落雷時に感じた明らかに異常なまでの魔力、それが魔王の誕生ならば納得しないものはいないだろう。
古より伝えられし魔王。その情報は不鮮明で、今私たちの知っている情報は全てクレセリアから得たものや逸話からくらいであった。
「それで、我々も魔王討伐に乗り出すというわけですか?」
そんな私の疑問に対し、陛下は「ふん」と鼻で笑う。
「そんなわけがないだろう。元々、魔大陸と帝国では方向が真逆。こちらに被害が来たとしても、それは当分先の事だろう。そして、もし魔王に攻撃をされても今の我々ならば対処できうるだけの戦力があると見ている。さて、それならばドルス。お前ならばこれから、帝国の為どう動く?」
その言葉を聞いたドルスは思考する。
鎖国状態とまではいかなくとも、宗教国家なのもあって他国より親密度の低いクレセリア王国。それでも我らがユーラリア帝国は、ある程度の関係は築き上げてきていた。
まず互いに、一部の入国を許可している。貿易も少なからずしているし、人間大陸共存同盟の同盟国でもある。
人間大陸共存同盟とは、簡易的に説明をすると人間の住んでいる大陸内で人間同士の戦争は起こさない。他種族に襲われた場合はお互いに手を取り合う。という大義名分が書かれた同盟だ。
その中にはもちろん、誕生するとされていた魔王の対策も入っていた。そして魔王の対策について、今クレセリア王国は問題を起こしている。
魔王に対抗できる主力とされている勇者。それを無断で召喚しようとしているという情報を得た事である。
これについては今から数ヶ月前に発覚した事で、周辺国家である我らが帝国やその他の同盟国はもちろんの事、同盟国でない周辺国家からも批判の声が聞こえていた。理由は数多あるが、根本的な理由として国の戦力が増大する事にあった。
ただでさえある程度の戦力を持っているクレセリア王国に勇者を持たせたならば、今まで取れていた国家間の均衡が崩れる可能性が高い。そこに周辺国家は恐怖を感じたからに他ならなかった。
もちろん、周辺国家の中には我らが帝国も入っている。大国であり、数多の実力者をも有している帝国からしても、宗教国家との戦争というのは、たとえ勝利をしたとしても異なる国の信者から受ける帝国への被害は計り知れない。
そして帝国は今、ある事件のせいで本調子と言える状況では無いのだ。
そんな停滞した状況が続いて、早二ヶ月。数日前に魔王が誕生した。それも、クレセリア王国内部で。
そこでドルスは、皇帝陛下の考えを理解する。
要するにクレセリア王国は、魔王の対策を自国で勝手に行い、そして対処できず、自国で誕生させたのだ。
これ以上の大義名分があるのだろうか。
あの国の市民からしても今回の失態は大きいはず。ここで帝国が動かなければこの停滞した状況は、それこそ魔王が攻めるなどがなければ動かないだろう。
宗教国家を潰す好機、本調子では無くとも今を逃すのは得策では無い。
その考えを陛下に伝えると、不敵な笑みを浮かべて「そうだ」と満足そうにおっしゃる。
「戦争はしないが、こちらに有益な条約を結ぶ。これを目的としクレセリア王国へ向かう。」
「第一騎士団と第二騎士団、テートュヌ、チャルケドを除いた八大帝騎士にも護衛させ、明日出発する。その間第三騎士の団長であるお前と、残したチェルケド達を主体にこの帝国の守りを担当しろ。」
それを聞いた私は右手を心臓に持っていき、その表情には責任感からか覚悟の色を浮かべて口を開く。
「了解しましたッ」
それを見た皇帝は一瞬クールに笑みを浮かべるが、すぐ真面目な表情になり付け加えるように続けた。
「…それと、一応だが第三騎士団で魔王の捜索はしておいてくれ。考えすぎやも知れんがな。」
その言葉を聞いて、再び私は同意を示し皇帝の部屋を出る。そして第三騎士団専用の部屋へと歩みを進めた。
◾️◾️◾️
それから少しして、私は第三騎士団の部屋の扉を開ける。
そこには私と似たような格好をした男女が四人づついた。
マッシュヘアーで眼鏡をかけた男、ヒレル。
ドルスと同じくらい肌の濃い男、バチエト。
前髪で目が見えない、小柄な女性であるセツン。
そして最後に、腰くらいまで髪を伸ばし半身に痣を持っている女性、スレーラル。
彼らが、俺の部下であり第三騎士団の団員である四人だ。
俺を除いた第三騎士団は、六年前に行われた大会の成績から厳選された。その大会には男女、位を問わず参加でき、スレーラルを除いて彼らは平民の出である。
私は部屋に入ると、中央にある机にドンと手を打ち付ける。
すると個々で違うことをしていた彼らが、私の方へと目を向ける。
それから私は先程話していた内容を四人に伝達し、途中で入手した四日間の入国記録を渡した。すると私を見ながらバチエトは、鼻で笑いながら煽るような口調で言う。
「相変わらず皇帝の言いなりかぁ?」
彼はこう見えて、武力ならば六騎士内なら私の次に強い。性格に問題はあるものの、腕は確かというやつである。
ちなみにこの強さの定義は先に出た大会の成績からなので今ではなんの目安にもならないのだが、バチエトはプライドから私に負けた事が悔しいらしく、よくこのような煽ることを口にする。
そんな煽りを聞いたバチエトの右後ろの椅子に座っているヒレルが、眼鏡をクイっと上げながら口を開く。
「うるさいですよ、バチエト。団長の話を聞きなさい。」
それを聞いたバチエトは座っていた席を立ち、眉間にしわを寄せながら怒鳴る。
「あぁん?弱えぇ、てめぇがでしゃばるな。」
この二人は担当がバチエトの武力、ヒレルの知力と正反対な事もあり結成当初から仲が悪い。六年経った今でも、プライドの高い二人の仲は縮まる事はなかった。
「力だけで解決させようとする脳筋は、黙れ、と言っている」
「やんのか?クソ野郎」
「やらねぇよ、脳筋が」
額に血管を浮かべる二人。
バチエトは容姿からしても短気なのはわかるが、ヒレルは見た目に見合わずどうにも短気なところがある。
そんな彼だが、実力は確かで第三騎士団の頭脳と言っても過言ではない存在である。これは彼が生まれつき持っている能力である【全記憶】が大きい。
二人の言い合いを私が威厳ある声で抑制する。
「聞け!…皆、手分けして捜索しろ。それとスレーラル。皇帝陛下から、もし魔王を発見すれば禁書の立ち入りを許可するとのことだった。だから──」
先程まで興味をなさそうに紙を見ていたスレーラルの目の色が変わり、ドルスの言葉を遮る形で口を開いた。
「──なるほど、わかりました。早速この紙に乗っている人を殺てきます。」
興奮した様子で窓から外に出ようとするスレーラル。彼女は産まれながらに持っている呪いを解くために大会へと参加し、現在帝国の第三騎士団に所属している。なので彼女は帝国に忠誠などは誓っていない。
因みに騎士団員が忠誠を誓っていないという話は、現在珍しい事もなく現皇帝陛下は才能ある者の育成に励んでおり、その一段階目である第三騎士団で忠誠を誓っているのは私とヒレルくらいであろう。
そんな彼女が大会に参加した理由は、先も言ったが自身の呪いを解くためである。なので自分のためならばなんでもするという彼女には、いわゆるストッパーというものがない。故にドルスは当たり前の事だが、しっかりと注意をしておく。
「魔王以外殺すなよ、スレーラル。それと、できるなら生捕りが良い。」
「…わかっている、ドルス殿。しかし生捕りは必須事項ではないのだろう?それとあなた方は、魔王を見つけても殺さないで下さいよ。」
そんな馬鹿らしい事を返してくるスレーラルに、しかし私は真剣に答えた。
もし魔王に攻められれば私の力で帝国を守る事はできるのかという不安からか、私は無意識にいつも持っている黒色の小刀を指で擦りながら言った。
「それは、無理だな」
そんな私の不安もあってか、その日私は第三騎士団に潜んでいる【闇】に気づく事はできなかった。




