帝国編 第5話 森の守護者。
それから俺とレイラは三日の間、冒険者として依頼をこなしていた。
一日目は森に入り、二日目は知らぬパーティと共に依頼をこなして冒険者というものを学び、三日目は簡単な依頼をやって帝国の街を見て回った。
そして四日目である今日、知りたい事を調べ終えたヲルは企てた計画の準備を始める。
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『今日から俺は、魔王となる。』
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冒険者組合には冒険者のレベルを表すランクと、依頼の難易度を表すランクが存在している。
難易度のランクと冒険者のランクは説明するまでもない関係で、例えばBランクの難易度であったらBランクの冒険者で組まれたパーティならクリアできるように振り分けられている。
因みに依頼のランクに関しては、人類最高ランクのSを超えるSSSランクまで存在しているらしい。
しかし記録に残っている中で最も難易度な依頼はSが数回あった程度らしいので、SSSランクどころかSSすら起きたことはないらしい。
もしかすればあったかも知れないが、その時には記録すら残らないという事なのかもしれない。
それなのにも関わらずSSSランクまで存在する理由は、冒険者組合を立ち上げた数百年前の英雄と呼ばれた人間が設定したようだがそれ以上の情報は推測の域を出ていなかった。
そして依頼にはもうひとつ、依頼重要度というものが存在する。
これは大きく分けて重要度の高い順から『災害級依頼』『緊急依頼』と続き、次に基本的な『依頼』その次に常に討伐対象になっているモンスターという意味で『常備依頼』が来る。
一応その下に落し物を探す事や薬草採取などを含めた雑務中心の依頼である『雑務依頼』というものもある。
そして今俺とレイラの視線の先にある依頼は、『常時依頼』の中で唯一のAランク依頼『森の守護者討伐』である。
その依頼用紙には巨大な魔獣という特徴と生息区域の他にも、こう説明が記されていた。
百年近く前に確認された強力な魔獣。森の中に生息しており、発見される場所から生息区域から出た記録は無い。出会っても襲ってくることは少ない。
その説明を読んだヲルは無意識に笑みを浮かべる。その笑みはまるで、探していたピースを見つけた時のような喜びを感じているようなものだった。
二人はその用紙に書いてあった生息区域に到着すると、魔王の魔力で操った魔獣を使って一時間程度で森の守護者と呼ばれる魔獣を見つけ出す事に成功した。
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この森の名前を僕は知らない。
この森で生まれ育ったが、それ以上に愛着はない。
それでもここで暮らしていた僕を見て、人間が「森の守護者」なんて言うから、どことなくそれに責任を感じているのも否定できない。
だって僕は、数十年前から『森の守護者』として生きてしまっていたのだから。
あれは、一段と暑い日の事だった。
生まれた時から親と呼べるものがいなかった僕だったが、数年後には恵まれた身体能力と凶暴な容姿のお陰で生活に不自由なく暮らせていた。
ある程度の知能がある魔物は僕を見たら逃げるし、人間だって滅多にこんな森の奥まではやって来ない。
だから僕は生まれてから数十年間、孤立していた。
何も苦労の無い日々を送るようになって五年程が過ぎた頃、僕はまるでじんわりと体へ回っていく猛毒のような感覚に襲われた。
そんな時に珍しく、武装した人間が小さい魔物を仕留め損ねたようで僕の元に走って来た。
まぁすぐに僕の存在を気いた人間は逃げ去ったのだが、それを見た兎のような容姿をした魔物が何故かそのまま僕の元へと近づいてくる。
それから兎の魔物は頭を下げているように見える仕草をする。それを見た僕は全身を襲っていた猛毒が弱まったのを感じて、その正体が猛独だという事に気づいた。
それから僕は孤独を感じたく無いという安直な理由で、味方になってくれる魔物たちを守った。
森を汚す魔物は殺したし、僕を『森の守護者』とか言って討伐しに来た人間も殺した。
そんなお陰で僕は今までの数十年もの間、昔味わった猛独に襲われる事はなかった。
だけれど今、僕は目の前にいる人間の容姿に見えるバケモノを感じて、あの時以上の恐怖を抱く。
僕の直感が、このバケモノに関わってはならないと危険信号を鳴らしている。それなのに何故か、僕の体は逃げるどころかあのバケモノに向けて頭を下げていた。
「森の守護者」
その言葉に僕は本能的に返事をする。
「《はい》」
僕を変えてくれた代名詞のような名前を、この何かには呼んで欲しくない。そう思っているはずなのに、何故か喜びという感情が湧き上がってくる。
見えない力が僕の意識を消そうとしているのを感じる。
その感覚が、まるで自分が自我のないただの魔獣になっているかのようで恐ろしい。
僕は残り少ない意識の中で心から願った。
お願いしますお願いします。もうやめて下さい。やっと、やっと────手にした幸せなんだ。
しかしそんな願いは叶う訳も無く、目の前にいるバケモノが言葉を続ける。
「お前には帝都を襲ってもらう」
その言葉とほぼ同時に僕の意識は、森の守護者は、死んだ。
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「はい、こちらが報酬の四千エールです。」
そう言った受付嬢は四千エール分の貨幣をラムに手渡す。
「ありがとうございます!あの、それと質問いいですか?」
その言葉を聞いた受付は「なんでしょう」と聞き返す。
「たくさんの兵が外に見えたのですが、何かあったんですか?」
ラムは不思議そうな表情で、組合の出入り口の方向へと視線を向ける。それに釣られるように受付嬢もその方向を見て、納得した様子で答えた。
「あぁ、あれは明日、皇帝陛下と第一騎士団がクレセリア王国に向かわれるのでその準備をしてるみたいですよ!」
その言葉を聞いたラムは受付嬢に感謝を述べて、レイラと共に組合を後にする。
それから組合から少し離れ、周りに周りに誰もいない事を確認したラムが口を開く。
「今日中にあの姿で帝国に残る戦力を確認しておけ。俺は森にある魔獣に指示を出しておく。」
その言葉を聞いたレイラは了解の意を示し、二人は別々の方向へ歩き出した。




