帝国編 第3話 忠誠の誓い。
正直帝国へ向かうと仰った時、私ラキネは魔王様であらせられるヲル様の考えに戸惑いを覚えました。
一つ目に魔王と言えども、生まれたばかりの力では強力な人間には勝てないという事。
そして二つ目に、魔王様の能力である【生命創造】と【魔王城】は有限である魔王の魔力を消費する必要があるので、できる限り安全に【魔王の魔力】を貯めるべきだと思ったからです。
しかしヲル様は「帝国に向かう」と私の考えを、一刀両断に否定しました。正直に言うと、自殺行為の何者でもないと思いました。
しかしヲル様のご意思は堅く、もちろん否定する事もできない私は帝国へと向かう事になります。
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『今日から俺は、魔王となる。』
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あれから歩き続け、帝国にもう少しで着くという所である男女二人組の冒険者が低級のウルフと戦っているのを見つけます。女は地面に寝ていて、男はなんとかウルフの攻撃に対して持ち堪えているようです。
私はどう対応されるのかとヲル様に視線を持っていくと、邪悪な笑みを浮かべてこうおっしゃいました。
「ラキネ、実験だ。」
それを聞いた私が真っ先に抱いたのは、その人間に対しての殺意などではなく、ヲル様に自分の名前を呼んで頂けた至上の喜びでした。
そのせいで私の頬が少し緩みましたが、そんな事をヲル様は特に気にする様子もなく防戦一方の人間の男を眺めています。
そうして時は過ぎていき、その男が剣を地面へと落とすと、ヲル様は魔王の力を使ってウルフの動きが止まるように命令を下されます。これも魔王の力のひとつで、ほとんどの魔物は魔王様の命令に絶対服従というものです。
そして次に、ヲル様は自身の右手を倒れている女に向けてその体を【闇】で吸収します。
私の『知識』によると、魔王の魔力を使う【闇】の中には数多の能力が存在します。
その内のひとつである『吸収』というのは、取り込んだ対象が全体の八割以上あればその対象の全情報を把握できるというものです。
「記憶も手に入るのか。ラキネ、情報に間違いないか?」
私はヲル様の質問に対して、できる限りの解答を返す為に思案します。
魔王に関しての情報の大半は『知織』の中にあり、おおよその内容は把握しています。しかしそれは生まれる際の情報に過ぎず、実際それが正しいのかは理解していません。
こう考えるようになったのは道中でのヲル様との会話から学んだ事で、私は魔王に忠誠を尽くすのではなく、ヲル様に忠誠を誓っているという事を意識するようになりました。
無能だと思われても構わないと意気込み、私は自身の知識を疑うという答えを返しました。
「私には、分かり兼ねます。」
そう私が発した直後、戦闘不能となって地面に寝ていた人間が口が動く。その声は掠れており、いかにも死ぬ直前の声だった。
「ごめ、ん、レ、イラ」
その言葉を聞かれたヲル様は男の近くまで歩いていき「レイラ、なるほど。確かにあってはいるようだ。」と納得をした様子で倒れていた男の体を【闇】で『吸収』しました。
どうやら彼女の名前と彼の言い残した名前が一致したのでしょう。確実な証明とはいきませんが、一応の信用には足りるものだったようです。
「帝国に入るから人間の姿になれ。」
ヲル様の命令に「わかりました。」と返した後、私は龍魔人種特有の能力である人化を発動させます。
この姿になるのは二回目と慣れてはいませんが、ヲル様の前で無駄な行動は取らないようにという意識が働いたおかげか、立った状態で人間に変身する事に成功します。
因みに今の私の姿は白髪の髪を肩まで伸ばし、目の色も白です。容姿が綺麗なのかはにわかりかねますが、先で地面に寝ていた女よりは美しいと思います。この体でも不自由なく動けはしますが、胸が少し重たいのに慣れるのが大変そうです。
しかしそんな人化した私にヲル様は何を言うわけでもなく、話を続けました。
「今から吸収した二人の姿になって帝国へ入る。異論は?」
美しきヲル様のために生まれたのにも関わらず、信用すら勝ち取れていないと自覚していた私は頭を伏せて口を開く。
「ヲル様のご意志のままに。」
ヲル様のなさることが、正義。
ヲル様の決定こそが、確定した結果。
ヲル様こそ、生命が仕えるべき神。
生まれた時より決まっていた事実に、問題などあろうはずがない。私の浅い考えなど心の中だけで十分なのです。
その返答を聞いたヲル様は【闇】を私の体に纏わせ、私の容姿をウルフに殺された人間の女の姿にします。次にヲル様も先程の男の姿へと変えるために闇を纏います。
これが【闇】のもうひとつの能力である『偽装』です。私の龍の目でヲル様を見ても、先の人間にしか見えません。どうやらこの力は偽装すると同時にヲル様の発する魔力自体も遮断するようです。
「帝国内では口調や態度を変えていく。善処しろ。」
「わかりました。」
それから私は人間の所有物を身につけた後、ヲル様と共に門へと向かいます。
それから門で受けた入国審査の時のヲル様の変わりように私が呆気に取られる事となるのですが、それは今の私にとっては知る由もありません。