帝国編 第2話 冒険者ラム。
「この依頼はDランクでして、現在Eランクのラム様とレイラ様では…」
俺はこの時、受付嬢の言われたままに依頼を降りるべきだったのだ。
ここは冒険者ギルドの受付。受付の机の上にある依頼用紙には『プレモリクの討伐』と書かれている。
このプレモリク単体ではそこまで強くはないが、生息している森には中堅の冒険者でなければ対処できない魔獣も少なくはない。そういう理由から、その依頼書の難易度の欄にはDと書かれていた。
「どうかお願いします…!」
俺はそう言って受付嬢に頭を下げると、受付の女性は渋々その依頼を許可してくれた。
元々D以下の基本依頼は自由なので、受付は止める権限を持たない。それでも受付という職業なので仕方はないが、今日話した人間が死ぬのは見たくないのだろう。
そんな事を考えながら真面目に頷いていると、レイラがじと〜っと横目で見ているのに気づく。幼馴染って考えてる事筒抜けになってそうでなんか怖い。
俺はそんなレイラに対して持ち前のハイテンションでやり過ごそうと、その依頼書を右手でバシッと取って元気よく言う。
「ありがとうございます!よし、レイラ行こう!」
「…わかりました、ラム」
準備を終えていた俺と、友人である彼女はプレモリクの生息する森へと歩みを進める。
帝都に来て早二ヶ月、これまでは受付に薦められたEランクの依頼ばかりだった。そして今、やっとあの受付を押し切って俺はDランクの依頼を受ける事ができた。
ここから、俺の冒険説が始まるんだっ!!
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『今日から俺は、魔王となる。』
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────そして、今に至る。
パーティーを共に組んだ友人であるレイラは意識を手放した状態で地面に倒れ、目の前には森の深部に生息するはずであるウルフが五体というDランクの冒険者が数人がかりでやっと倒せる相手と戦っている。
もちろん、そこにEランクである俺たちに勝機など皆無だった。
「ッく!そッ!このッ!やろッ!おッ!」
戦闘を開始して十分と少しは経っただろうか。そんな俺の状態は、なんとか剣を振回せているのがやっとという感じだった。
どうにかして逃げて、助けを呼ばなければ。
ウルフと対面してから心にあるその意識は、時間が経つにつれて後悔へと変わっていった。
どうして俺は、こんな依頼に手を出してしまったのだ。俺ならばできるなんて勘違いをしなければ。
だが、その後悔という無駄な考えが、結果隙を作るという形となって俺を襲う。
瞬間、左手に激痛が走る。
「ぐああぁあああぁああ」
咄嗟に左手の方向へ視線を持っていくと、ウルフが手首より少し上のところを噛みついていた。すぐに右手に持っている剣を使って、そのウルフを振り払う。
しかしそのウルフに対応していた三秒という戦闘では長すぎる隙の間に、一匹のウルフが目の前まで迫ってくる。認識した時には、そのウルフが俺の太ももを噛み付いていた。
「ック、ソぉ、ぉ」
俺はそう叫びながら、右手に持っていた剣を使い、太ももを噛んでいたウルフは追い払う事ができた。
しかし大量の血を流してしまったせいか、剣を握っていた右手に力が入らない。
そうして遂に、なんとか離すまいとしていた剣を地面へ落としてしまう。それと同時に俺の体を支えていた両足にも力が入らなくなって、結果崩れ落ちるように俺の体は地面に倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
意識をなんとか保ててはいた。本当になんとか。しかし全身から血が吹き出し、特に左腕からは大量の血が溢れ出ている。
そのせいか、全身に力を加える事ができず、もう起き上がることすらできない。そしてその代わりというように、俺の頭の中に後悔という感情が溢れ出てくる。
何故、冒険者なんて夢を抱いてしまったのだろう。
何故、受付嬢の言う事を聞かなかったのだろう。
何故、自分が強いなんて思ってしまったのだろう。
何故、何故、何故何故何故何故ッ──
ウルフが現れ、死を察した時から感じていた後悔。それが頭の中をぐるんぐるんと周って。
俺は、あの故郷で弱い魔物を倒すので満足しておけばよかったのだ。
それを自分の力を過信して、無理矢理レイラを──。
「ごめ、ん、レ、イラ」
意識の遠のく中、俺は守れてやれなかった大好きな女性の名前を呼んだ。
小さい頃に、俺の住んでいる村にある男がいた。彼は優しく、明るく、そして冒険者であった。そんな男にレイラが恋心を抱いていたのは、誰が見てもわかっただろう。
小さい頃の話だから、レイラはもう忘れているかもしれない。それでも俺は、あの時の胸の苦しみを今でも覚えている。
俺はあの時、君が好きだって気づいたんだ。だから俺はあの人より上の冒険者に早くなりたかった。気持ちだけが先走りしてしまったんだ。
「ご、めん、レイラ。…君を、守る、って、決めたのに───」
「レイラ。なるほど、確かにあってはいるようだな。」
俺はその声を聞いた瞬間、脳を支配していた後悔は一瞬で希望的観測へと変わる。もしかしたら、またやり直せるかもしれない!!!!!
助けてくれッ!!!
俺は反射的に、生きる希望を覚えさせた声の方向に、なんとか視線を向け────視界が黒に染まった。それを最期に、俺の意識は永遠の闇へと消えていく。
◾️◾️◾️
「通っていいぞ、次っ!」
ユーラリア帝国。その入国審査官は、重要な役割として戦闘能力や判断力の高い者を配置されるようになっている。しかし遠征などに駆り出されるような番号で区分される騎士隊と比較すると、その実務は単純な流れ作業でつまらなかった。
次に審査するのは、茶髪の男女。
まず身分証明書の確認、彼らは冒険者記録物が身分証のようだな。審査官はその身分証明書を見ながら名前、年齢、性別、人相が別人ではないかを審査する。どうやら、問題はなさそうだ。
次に、身分証明書をある魔法道具に入れる事で前科の有無を確認する。その魔法道具の上にある宝石の色で判断するのだが、緑色なので前科はないようだ。
「帝国へ来た理由は?」
この質問は、現皇帝が即位してからの必須事項のひとつだった。
「冒険者です!依頼で少し遠くまで行ってしまって、その帰りですかね!」
彼は、元気のある声でそう言った。雰囲気からしてすぐ死にそうだなと思ったが、もちろん口には出さない。
「そちらの彼女もか?」
「…あ、はい。そうです。」
こちらは何を驚いているのか、口を少し開けてボーッとしていたようで、慌てておしとやかそうな声で返事をする。
彼女の顔は整っていて、その雰囲気には可愛さもあるが、表現をするのなら美人が正しいだろう。
そんな彼らに、「このパーティー大丈夫かよ」と心の中で呟いたのはここだけの話。
よし、これで審査事項は終了だ。時間にして二十秒程度、質問事項が増えたことによる時間延長は大きいように思えるが記録の確認と併用したらそうでもない。
ただ、審査官の面倒が増えただけだ。給料増やせよクソッたれ。
「通っていいぞ」
そういうと、男の方が「ありがとうございます」と笑顔で言う。こういう人がいると、なんだから嬉しいものだなと感じてしまうのは、老けた証拠なのかもしれないなんて考えが過ぎる。
「よし、次!」
それから審査官は、暇つぶしに入ってくる人間に対して突っ込みながら、休憩まで永遠とこのやり取りを繰り返すのであった。
茶髪の男女は入国審査を終えると真っ先に裏路地の方へと入っていき、足を止める。そして、茶髪の彼女の方が先に口を開いた。
その時の表情は先程までの明るいものとはうって変わって、目は鋭くただならぬオーラを纏っている。
「ラム様。まず、どちらへ向かわれますか。」
それを聞いたラム──ヲルは、質問されることを予測していたのか、すぐに答える。
「冒険者組合に向かう。それと、帝国内での様は変に目立つ。善処しろ。」
その口調は入国審査を受けた彼だとは思えない程に、低く冷徹なものだった。
その冷徹な声を聞いたレイラ────ラキネは、ヲルが変わっていない事を確認できたからなのか、安堵の息を漏らしていた。