Prologue
茶髪の女性は古びた木の家の白く薄いベットの上で横になりながら、一定の呼吸を刻む。体の感覚は出産の痛みで麻痺しており、立ち合いの村の女性の声だけを頼りに無我夢中で子どもを産もうと試みていた。
それから長く壮絶な痛みに耐えていると、ぬるっとした感覚とともに赤ちゃんを出しきったのがわかる。
「あんたよくがんばったね!男の子だよ!!!」
立ち合い人の言葉に安堵の息をつきながらも、出産をした女性はひとつの違和感を感じる。その違和感にどうやら立ち合っていた女性も気づいたようで、心配そうな面持ちで口を開いた。
「この子、泣かないけど大丈夫なのかしら」
異様な雰囲気を持ったその男の子ヲル=オルロドルは、まるで世界を観察しているかのように目を見開いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
『今日から俺は、魔王となる。』
ーーーーーーーーーーーーーーー
クレセリア王国の端にあった平穏な小さな村に、ひとつの命が生まれて3年の月日が過ぎた。
ヲルは赤ちゃんの時から異様な雰囲気を持っていたので、3歳にして村の人間からは不気味な男の子として通っている。
しかしそれもそのはず、ヲルは生まれた時から魔王の力を底に持つ事を自覚し、1歳の頃から親の発する言語が理解できる知能と冷徹な心を持ち合わせていたのである。
しかしそんな彼にもこれから生きていく原動力になる光がやって来る。それこそがヲルがもうすぐ4歳になろうとしていた時に生まれた妹という存在であった。
名前をシュリ=オルロドル。
首都から遠いという事もあって、一家に2人の子どもを持つという事はかなりの出費が必要になる。なので余裕がない両親に代わってヲルが妹の面倒を見なければならなかった。
そこでヲルが何を感じたのかはわからない。しかし彼にとって妹は自分の底にある力を費やしてでも守りたいと思えるほどの特別になった。
そうして薔薇色の髪をした妹の世話をし始めたヲルは、村の中での評判が優しいお兄ちゃんへと変わっていき、その事にシュリが喜んでいるのを見て普通の人間らしく生きていくようになった。
そんな妹であるシュリには、実の姉のように親しみを持つ女の子がいる。
彼女の名前をルーティ=アンラニーと言い、桜色の髪を首くらいまでに伸ばした女の子である。ヲルとは同い年ではあるが性格は真逆で、小さい頃から元気と優しさに満ち溢れた子であった。
妹と村で遊んでいた時に出会ったのが最初で、それから彼女とシュリが仲良くなったのもあってヲルもルーティと初めての友達になった。
しかしそれからの彼女との日々は長くは続かず、8歳になった時に強制的に王都へと連れて行かれてしまう。しかしヲルの冷徹で淡白な性格は相変わらずで、シュリが悲しむ事以外に余り興味はなかった。
そんな些細な出来事も含めて、ヲル達は平穏な日々を送って行った。しかしその平穏も永遠に続く訳はなく、ヲルが九歳の時に崩壊する。
いつもと何ら変わらない日のように思えた熱い日の事、いつもと同じようにヲルはシュリに付き添う形で山の探検をしていた。
「にぃに、しゅりもっともりいきたい!!」
しかし今日はシュリのお願いもあったので、二人はいつもより奥の方へと探検ごっこを進めた。その結果、村に戻る道を見失ってしまう。
太陽は段々と沈んでいき、視界が闇に閉ざされる。シュリは不安から小刻みに身を震わせ、そんなシュリにヲルは安心させるように軽く肩を抱きしめた。
そんな時、空に灰色の煙が漂う。
ヲルはそれを見つけると、シュリの手を取ってその方向へと走った。
村の人たちがわかるように煙を焚いてくれているのだろうと考えたからである。
「シュリちゃん大丈夫、村に戻れるよ。」
安心させるように涙を浮かべた妹にそう言い聞かせながら数分で山を降り、やっとの思いで煙の下に辿り着いた。
しかし二人の瞳に映った村はいつも暮らしていた活気ある村などではなく、畑は荒らされ、すべての家屋は赤々と燃えていた。村人も一人として見えなかった。
「いや、いや、いやぁぁ!!」
ヲルは母親を助けようと炎へ身を投じようとするシュリを止めながら、我が家だった場所をただ眺める。
シュリの瞳から声にならない形として大粒の涙が溢れ出す。それに気づいた兄は優しく妹の髪を軽く撫で、魔王の片鱗を胸に抑えながら───
「安心して、俺がシュリを守るから」
────そう言って、笑った。