第35章 元王女様のほれ殺し
フェイトとやらは起き上がる気配はないし、影も他の場所から追加で出てくることもない。
ようやく全部が終わったのだ。
肩の荷を降ろしながら、今後の事について思いをはせる。
「確認が済んだら、これからの事も考えなくちゃね。後は……」
後始末について、色々と想像を巡らせていると、その場に足音が近づいてくる。
はっとして視線を向けるが、やってきたのは見知った顔。
ツェルトだった。
「ツェルト、無事だったのね」
ちょっと怪我はしているみたいだが、こうして歩いてこれるということは、大きな怪我は負っていない様だった。
私は彼へと駆け寄ろうとするが。
「駄目だ。ステラ、俺に近づくな!」
他ならぬ彼の声に、足を止めてしまう。
彼は苦しそうに、体をくの字に折りながら、私達に警告を発していた。
「どうしたの? 大丈夫ツェルト!」
もしや、目に見えない所に負った怪我でも開いたのかと思ったのだが……。
進もうとした私の足を、先生とエルルカの声が止めた。
「駄目、違う!」
「気を付けろ! そいつはフェイトだ!」
「……え?」
瞬間。
剣を握ったツェルトがこちらに斬りかかかって来た。
私は、とっさに緊急回避。
動きは鈍い、剣筋の荒いが、殺気は十分に込められている。
反射的に迎撃しそうになったくらだい。
「どうして、ツェルト!?」
思考が止まりそうになる。
彼の剣を避けて、反撃しないようにするので精一杯だった。
「のり、うつって……。ステラ、ごめん……」
苦しそうなツェルトは動きながらも、途切れ途切れの言葉を発している。
必死に何かを伝えようとしているのを見て、ようやく直前にエルルカや先生達からかけられた言葉に思い至った。
まったくどうやっているのかは知らないが、ツェルトはフェイトにのりうつられているのだ。
「ステラちゃん、下がって!」
「やれやれ。淡白な反応に反してなかなかしつこいんじゃないの、あの旦那は」
どうすればいいのか混乱する私を庇うようにニオとライドが前に出てきて、ツェルトとの戦闘を請け負った。
彼女達に任せてしまっても良いのだろうかと思ったが。
ニオが私のそんな考えを否定する。
「だいじょーぶ、適材適所だよ。それに、ニオ暴れ足りなかったからね!」
「剣士ちゃんには剣を振る以外にも、他にやる事あるはずだからな」
「やること?」
「しっかりツェルト君を惚れ殺しちゃえ。たぶんこれステラちゃんにしかできない事だと思うし」
「言葉はアレだけど、大体右に同じ。まあ、剣士ちゃん以外には務まらないわな」
そう言われても、のりうつられた状態の彼をどうやって元に戻すかなんて、分からない。
先生に視線を向けるが、返答は「厳しいな」との事だった。
「悪い、俺が気を付けておくべきだったな。昔だったら色々やりようはあったが、今の時代じゃその方法がすたれちまってる。思いつくのは殴って、昏倒させることくらいか」
具体的な方法は見つからないようだ。
行動を奪うだけなら、簡単だと言うのが救いだが、できればそんな方法はとりたくない。
どんな事をしたら、元に戻す方法が見つかるまで、ツェルトをずっと閉じ込めておかなければならない。
実際に怪我を負って、ベッドの上から起き上がれなくなり、部屋の外に出られなかった私でさえ辛かったのだから。彼に同じ思いをさせたくなかった。たとえのっとられていたとしても。
なら、ツェルトを倒す?
そんな事はなおさら私にはできない。
私にツェルトを斬ることができるわけがない。
私にとってツェルトは、きっと……先生と同じくらい大切な人になってきているのだから。
考えつつも、状況は動いている。
彼が向けてくる剣にたいして、仲間達は迎撃している最中だ。
戦況はツェルトの方が押している。
動き方は、彼のクセが反映されているようなので、捌きやすいのだが……。
いつまでもあのままでいられるわけがない。
「す、てら……」
「ツェルト、しっかりして! 何か方法を考えるから」
ニオやライドと戦いながらも、彼には意識があるらしく、弱々しい声でこちらに呼びかけてくる。
「俺を斬って……くれ」
「そんな事、できるわけないでしょう」
「ステラ達を……斬るなんて、俺は、したく……ないんだよ」
「何か方法があるはずよ。現に貴方は今喋ってるじゃない」
「これ、結構きつい」
「諦めちゃだめ! 私達が絶対何とかするから」
せっかく誰もかけずに元の生活に戻れると思っていたのに、こんなところでツェルトがいなくなるなんて、そんなの駄目だ。
彼だけがいないなんて、駄目なのだ。
ツェルトの表情が苦痛に歪むのを見ると、胸が締め付けられる。
彼は相当無理をしているらしい。
長くはもたないと直感で悟った。
閉じ込めるなんて論外だ。
そのままだと、ツェルトが手の届かない所に行ってしまう。
倒すのも選択肢にない。
「ああ、結局俺は……弱いままか、情けないな」
「ツェルトは弱くなんかない! ただ戦うよりも、ずっと難しい事してるんだから、弱いはずないわ!」
焦燥にかられるまま、時間が過ぎていく。
ふいにエルルカが私の腕を引っ張った。
視線を向けるが彼女はうつむいたままだ。
心なしか、肩が少し震えている気がする。
「エルルカ?」
「方法なら……ある」
「本当に!?」
視線を合わせないまま、彼女は頷く。
私はすぐにその原因を知る事になった。
「私が隙を作る。その間に精霊の力を使って、心を繋げて」
「……それって、どういう事?」
「私、小さい頃……熱を出して倒れた。その時に、姉さんが……精霊使いの力を使って、心を……繋げたの、私の病気を治すために、精霊の力を……分け与えて助けてくれた。だから、それと同じ事をすれば良い。でも……」
わずかな間を置いたエルルカは、視線を上げてこちらを見る。
「代償として、相手は……弱くなる」
「え?」
意味が分からなくて問い返せば、掴まれていた腕から彼女の震えが伝わって来た。
「鬼の力が使えなくなる。私も、子供の頃使えていた特別な力が……あったけど、使えなくなったから」
「それ、は……」
「私が剣の才能がなかったのは最初から……だけど、それでも以前は、もっと……」
彼女がこんな風に家の人から要らないと言われるようになった原因の一つにまつわる話だ。
その出来事があったから、彼女は自信をなくして、剣守の一族から落ちこぼれ扱いされてしまった。
実際のところはどうなのか分からない。
私の想像だけで語る事は出来ないだろう。
けれど、エルルカ自身は、原因の一つだとそう思っているのだろう。
彼女はきっと、自分を助けてくれたシェリカの事は恨んでいないのだろう。
ただただ、自分のふがいなさを責めて、恥じて、役立たずだと思っている。
だから、きっとそんな彼女に言ってあげる正しい言葉は決まっている。
「ありがとう」
「えっ……」
「おかげでツェルトを助けることができるわ」
ツェルトにはもしかしたら怒られるかもしれないけれど、私は彼が助かって嬉しいから。
ひょっとしたら嫌われてしまうかもしれないけれど、それでも、彼に生きていて欲しい。
「私、皆を信じてて良かった。皆と一緒にいたから、大丈夫なのね」
もう私は大丈夫だ。
不意に傷つく事があっても、自分の事を嫌いになったりはしない。
誰かの事を疑ってばかりで生きてはいかない。
厳しい状況があったとしても、それでも駆け抜けて、前を向いて歩いて行ける大切な思いを見つけたから。
だから、私はエルルカを安心させるように笑いかけた。
「方法を教えて?」
「ステラちゃん、良いの?」
「ええ、大丈夫。後は任せて」
「いつも最後は剣士ちゃんな」
ニオやライドと交代して前に出る。
準備は整った。
鬼の力はなくなってしまうだろうか。
ツェルトには、後ですごく謝らなければならないけれど、まずは集中だ。
「ツェルト……」
奇妙なほどに静かだった。
足音も、剣劇も響かない。
動作一つない。
彼は動かなかった。
きっとツェルトが私に攻撃しないように、フェイトの意思を押さえつけてくれているのだろう。
だから、私は彼に一歩ずつ歩み寄る。
「私、貴方と会えてよかった。これからもずっと一緒に頑張って行きたい」
彼に届く様に言葉を発しながら、私は目をそらさない。
まっすぐに、ツェルトの目を見つめ続ける。
その中にあるかすかな彼の意思を見失わないようにしながら。
「いつか言ったわよね、貴方は私の特別だって。一緒に頑張るなら、ツェルトとじゃなくちゃ嫌みたい」
だから、と。
「私は信じてる、だから貴方も信じて」
距離をつめる。
もう、手を伸ばせば触れある距離だ。
ここまで来ても、ステラは傷一つ負っていない。
フェイトに好きに行動させないのは彼の立派な強さだ。
「捕まえた」
ゆっくりと手をのばして、彼の体の抱きしめる。
心が、重いが伝わるように。強く力を込めながら。
「導きの星から果て無き大樹へ、貴方へ聖なる力を与えます」
エルルカに教えられた言葉をとなえた。
体の中で何かが繋がる間隔がして、彼の思いが流れ込んでくる。
温かくて優しい気持ちがたくさんだ。
だから、私のイメージの中のは彼は……灼熱の太陽から木陰で包み込んで暮れる大樹だ。
冷たい雨の雫から、その下に立っている者を守ってくれる、そんな大樹。
大きくて安心できる、いつまでもどんな事があっても、そうそう変わらない。
そんな人。
「ステラ……」
「おかえりなさい、ツェルト」




