第33章 フェイトとの戦い
一度始まってしまえば、容易にやめる事ができなくなる。
それはどんな争いでも同じだ。
個人的な因縁や、弟子とのあれこれや、世界の命運なども面倒くさく絡んだこの一戦の状況は、刻一刻と変化している。
他の人間はともかくとりあえず、俺はフェイトとの一騎打ちに専念しているところだ。
占い師の力を借りて……。
「右から!」
「ちっ」
「次は見えない、気を付けて」
すこしばかりズルはしているが、そもそも相手の方がいつだって強かった。
記憶より弱いとはいえ、今回のフェイトも多分俺より強い。
そもそも真っ向からやり合った事が無いので、卑怯だの何だのを気にするのは今更だ。
「フェイントしかけるつもり」
「ってことは、看破したからこねぇな!」
相手の武器、剣がかすめた。
さらにそこから飛びのけば、数秒前にいた場所がぱっくりと割ける。
空間が割けるというのも、おかしい表現だが、時空やら時間やらをこえた一撃が空間に残存しているので、時間差で斬撃の攻撃が発生して、いろいろと場所が壊れてしまうのだ。
ステラードと迷った森と似たようなものだろう。
「まっすぐ、そこ危ない」
「めんど、くせぇ……っ」
変則的に未来を読みながら、ねじまげつつ変わっていく状況に対応していく。
エルルカの力を借りて先読みしているとはいえ、奴は強敵だった。
ずっと先の未来が見える事もあるというエルルカの力は、不安定だ。
変えてしまった未来と、変える前の未来が入り乱れている事もあるので、へたをしたら自爆しかねない。
だが、そんなデメリットを飲み込んであまりあるメリットがある。
フェイトの得意技は、空間を斬って、その斬撃を好きな時に発生させることができるという技だ。
そこら中に見えない爆弾があるようなものだから、先読みがないとうっかり剣を振った空間に自分から飛び込んで、自爆して倒れかねない。
「いやらしい敵、次……うしろ、気を付けて」
「……っ! いやらしいのは同感だな」
こちらもこちらで手一杯だか、別の方も別で手一杯らしい。
それは離れた所で、わちゃわちゃやってる生徒達の方だ。
それもそのはず。
少し前で、王宮のテラスでステラードとレットが話していた、影がいるのだ。
奴等は触れたら石になるという凶悪な生物(の範疇には入れたくないが)だ。存在自体が歩く凶器なので、さすがに不用意に突撃できないでいる。
「あーん、もうっ。じゃま! このっ、このっ、せっかくあのいやーな人ボコれると思ったのに!」
「ほらほら、落ち着きなってニオちゃん。冷静にな。本当に勝ちたかったら、頭に血を登らせないの」
「分かってますーっ! ふしゃーっ!」
「……それ、ほんと分かってる?」
影の攻撃を避けながらニオがごちゃごちゃ文句を言ってるようだが、あれで結構うまくさばいている。
ライドがニオの抑え役になっているので、無謀な突進が減っているのが大きいだろう。
普段は、毒にも薬にもならなさそうな奴だが、あれはあれでステラード達の抑え役として貢献している。
肝心の影の動きがゆっくりなのも幸いだっただろう。
数は数十体とかなり多いが、相手の動きが予測しやすいだけ、回避に専念すればすぐに敗北することはなさそうだ。
「ニオちゃん、ちょっと俺とか盾にしちゃってるけどそこんとこどうよ!?」
「頑張ってね、盾さん!」
「堂々と!? 見て、先生。俺のこの悲しい扱い、哀愁漂うわな」
勝手にやってろ。
目の前の敵に集中、剣を凪ぐ。
攻撃してすぐに離脱。
斬撃が風邪を着る音がして、すぐ近くの空間が割け、異次元っぽい景色が見えた。
人間がそこにいたら、一撃で絶対死ねる。
ともかくあいつらが何とかなってるのなら、余計な心配はしなくてもよさそうだ。
「フェイト! さっさとくたばれ、いつまで生きてんだこのミイラ野郎。テメェも俺ももう時代遅れなんだよ!」
「わめくな死にぞこないが」
「テメェの事は、最初から気にくわなかったんだ。出会った時からすかした顔しやがって、その顔下げてどんだけの人間を不幸にしてきたと思ってやがる」
「貴様こそ、出会う度に俺の邪魔をしてくれる。虫のような下等生物のくせに、生命力だけは狂人並ときた」
「はっ、虫で結構、今度から虫で名乗ってやるよ、勇者だのなんだの言われるよりはそっちの方がやるやすい」
「自らウジ虫になりにいくとはな、やはり人間は理解しがたい」
「勝手にウジにしてんじゃねぇ」
これまでにためた鬱憤を吐き出すかのような、暴言の応酬。
堰をきったように、ため込んできたものがあふれ出す。
今までの人生で味わってきた物が、脳裏に駆け巡って行く。
歩いてきた時間だけ、救えなかった人間。
増えていく犠牲の数。
振って来た剣の回数を積み重ねれば積み重ねるほどに、死も罪も業も血も山となった。
この世の中にこれほど悪口を言っても、心の痛まない人間がいたとは。
たぶん、おそらく、ようするに、少しはこの気持ちをぶつける相手が欲しかったのだろう。
身の回りから、ばたばた知り合いがいなくなって、昔話を語れる相手も、同じ時間を生きた人間も限られてきたのだから。
いい加減さっさと、過去の古臭い因縁の話を終えてしまいたいと。
「――ぜりぁっ!」
大振りの攻撃。
しかし、フェイトはそれを撃ち払った。
相手との間に距離が開く。
「何度も何度も俺の前に現れやがって、テメェは一体何だ。誰だ。何様だ」
もしあの時、ステラードに出会わなかったら、どれだけ俺が追い詰められてたか分かるかこの野郎。
あの出会いが無かったら、俺は全てを放り投げるところだった。
犠牲を犠牲のままで、自分の物語を終わらせてしまっていただろう。
おそらくその尻拭いを、物語の決着を、誰かに背負わせて、知らん顔をしながら死んだようになっていたはずだ。
「そんな定義が何になる。どうでもいい、些末な問題にこだわるな。俺は俺のやりたいようにやる。俺は俺の行きたいところに行く。邪魔なら殺す、使えるなら利用する。それ以外に何がある。なぜそうまでして貴様らは路傍の石のようなものにこだわる」
長い闘いの間これだけの事を奴と喋った事はない。
互いに敵、そういう認識で戦って来たし、考えを聞いた事などなかった。
たぶんどれだけ時間を重ねた所で、歩み寄れるか所などないだろう。
永久に、平行線だと分かる。
ステラード達人間のいざこざと違って、目の前のこれは、作りからして神と同質かそれ以上のものなのだから。
だが、たとえ結末は変わらなくとも、少しは理解できた気がするのが尺だった。
分かり合えないという点が、分かったところが。
相手の価値観を理解できないと判断できた所が。
互いに争いあう事を、最終目的としているわけでもない。
同じ場所にさえ生きていなかったら、進んで攻撃しあったりはしなかっただろう。
長い時間を互いを嫌い合って、互いに翻弄されたという点だけは同感であり、だからこそ、
「俺はツヴァイ・ブラッドカルマ。アインに次ぐ二番目のばけものであり、人を守る騎士。そして伝承を受け継ぐ元勇者代理兼、小さな命を救った医者のはしくれだ。……俺が、ここで、テメェを殺す!!」
「……」
変わらぬ殺意の視線が交差する。
次に持ち越してはならないという意思だけは、両方とも一致しているようだった。
勝つつもりで剣を握りなおした。
これは、次の世代を、次の時代を担う者達が知らなくて良い物語なのだから。
互いに同時に血を蹴り、同じタイミングで剣を打ち合わせた。
出せる再考速度で、剣を振り、剣技を繰り出しながら、隙を探っていく。
一秒一秒、一つ一つの好きが致命的になるような状況のなかで、逆転の鍵を託すのは自分ではない誰かだ。
「……勇者、右」
だが、活路を切り開き、こじ開けるのは自分だ。
あらかじめ決めておいた合言葉を使って、エルルカから出された指示。
俺は左から動いた。
これまで、指示に忠実に動いてきた俺が、まったく逆の行動をとった。
その行動の意味が分からなかったのだろう。
できた隙に、最大の一撃を突っ込んだ。
剣を振り、ざまあみろと嗤い。
そして。
「――らぁぁぁ!」
俺は、ようやく相手を打ちのめした。




