第29章 アリアとの戦い
誰よりも優しいはずのヒロインと剣を打ち合わせながら、私はもう何度目になるかも分からない疑問を頭に浮かべた。
初めてアリアと出会ったのは王宮だった。
『初めまして、私の名前はアリア。貴方の名前は?』
『ステラよ。ステラード・グランシャリオ・ストレイド。でも、長いから皆は私の事をステラって呼ぶわ』
『お星さまの意味の言葉? 良い名前だね。よろしくね、ステラ』
彼女は、私が王宮で一人ぼっちでいるといつも遊んでくれた。あの時間は昔の私にとってかけがえのないものだった。友達だと思っていたのに。
『アリア、私の友達になってくれる? それでこれからも一緒に遊んでくれると嬉しいんだけど……』
『何言ってるの、ステラ。私達はもう友達だよ。ずっとずっと一緒に遊ぼうね』
それがどうして、こんな場所で互いの命を奪い合う事になってしまったのだろうか。
「――やぁっ!」
「――はっ!」
一撃一撃に必殺の意思を込めた相手の剣が重かった。
一振り、二振りと続けられる攻撃に、躊躇いの意思は見当たらない。
彼女の攻撃を避けながらも、私は足場の確認に余念がない。
王宮の屋根にはたぶん何らかの仕掛けが施されている。
勇者様が何をしたのか分からないけれど、下手に動く事は出来ない。
エルルカと、おそらく勇者様の策が無駄になってしまうから。
動揺しないようにしなければ。
冷静に剣を振るうように、と自分に言い聞かせる。
しかしそんなこちらと違って対面にいるアリアは、私よりも少しだけ頭に血が上っているようだ。
「このっ!」
アリアが繰り出す剣技は、どれも体を前に出すものばかりだ。
回避動作は少なく、こちらに向かって来る動きが多い。
こんなものは、彼女本来の剣ではない。
アリアの剣はもっと洗練されたもののはずだ。
「アリア! そんな剣で、私に勝つつもりなの!?」
だから私はそう口を開いたのだが、正確には伝わらなかったようだ。
「馬鹿に、しないでください」
アリアの動きが激しくなる。
剣を握る手に明らかに力が入って、動作が大きくなった。
みえみえの攻撃の軌道。大振りの動作からの振り下ろしを回避し、側面から切りかかる。
「違うわ、私が言いたいのは……。貴方の剣は、もっと優しくて力強くて、美しいはずなのに」
「知ったような口をきかないでください!!」
いくら攻撃を放っても当たらない事に焦れて苛立ったのか、アリアは長年ため込んできた感情を吐き出すように、言葉の雨をこちらへ向けて降らせた。
「不気味なんです。恐ろしいんです。得体が知れないんです。貴方は、一体何なんですか。貴方は明らかに他の人とは違う、他に人とは違う物を見て、違う考え方をしている。私にはそれがおかしくてたまらない、理解が及ばないからおかしくてたまらないんです!」
感情の発露のままに突進してきた彼女は、剣を切る為ではなく、打撃の為にぶつけてこようとした。
今度は軌道が無茶苦茶になって読み切れない。
私は下手に受けることはせずに、回避に専念する事にした。
「……貴方から見て、私は……そんなにおかしかった?」
「ええ、そうです! 貴方は人と違っていた。私達とは違う!」
「そう……」
私は、私自身がこの世界ではイレギュラーな存在だと自覚している。
稀な境遇にいる人間だとも。
それは前世の記憶を思い出してから、分かっていたはずだったけれど……。
そうやって誰かに悪意と共にはっきり言われた事はなかったから、胸が痛んだ。
ひょっとしたら、私はこの世界には受け入れられる事が無い異物なのではないかとも思う。
けれど、そう思う私の心の中に思い浮かぶのは、これまで助けてくれた皆のことだ。
私はゆっくりと語りかけるようにアリアに話しかける。
「私も自分の事がちょっと変だと思っていた時期があったわ、皆と違うし、何にもできないし」
「私が言ってるのはそういう事じゃ……」
「けど、今は……私は私の事がそれなりに好きよ」
「……」
がむしゃらな突進を続けていたアリアが足を止める。
剣は構えたまま、こちらを警戒している気配も押さえないままに。
けど、彼女は私の言葉の続きを聞きたがっている様に見えた。
「何にもできなかった過去も、やたら何かに巻き込まれちゃうう体質も、ちょっと見の周りに個性的な人達しかいない環境も全部ひっくるめて、それなりに好き。全部は受け入れられないけれど、……だから、全部を拒絶できない。だって私、今それなりに幸せだもの」
「貴方は……」
そのとき彼女の顔に浮かんだのは羨望にも似た何かだった。
けれど、そんな変化はすぐに消え去る。
アリアはこちらに向けて何かを言おうとしたのだが、頭を振って再びこちらを見据えた。
「今更、言葉の一つや二つで後戻りはしません。ここまで来たんです。全ては終わった後に考えます」
その瞳の中では先程より怒りの感情が薄くなっていたが、それでも戦いで決着をつけるという意思は変わらないようだった。
やはり、今更言葉で説得できるわけはないとは分かっていた。
「貴方はそうよね。だって主人公だもの、一度決めたら滅多に悩まない、折れない、曲がらない。そして、最後までやり通す。そういう人だもの」
画面越しに、そんな彼女の姿をどれだけ続けてきただろう。
迷いない彼女の行動に、私は憧れを抱いていた。尊敬もしていた。
だから、この場で引く事はないのだと、もう分かってしまった。
「……」
彼女は、静かに剣を握る手に力をこめた。
この戦いがどんな形で終わったとしても、決断の内容を悔いることはあっても、決断を下した事自体には後悔しない。
きっと私も、アリアも。
でも私より強くて、私と違うのが彼女。
私と同じようにもしもの世界の可能性に怯えていたとしてても、誰かによりかからなければならないほど弱くはないのだろう。
道は間違えたかもしれないが、彼女は一人でもここまでやって来た、
それが、アリアという少女だった。
アリアの剣の腕は相当だった。
真正面から戦うのはたった一回だけ、今だけなのに、それだけで分かった。
まるで隙が無い。
先程の、自分の身を焦がすほどの苛烈な意思の炎を思わせる剣と比べて、今は静かに青く燃える煉獄の炎を思わせる剣だった。
だが、それも当然だろう。
アリアはゲームの中では、フィンセント騎士学校の優秀な学生だったのだ。
騎士としての一般的な力を持っているのは当然だし、彼女はなによりも主人公だ。
主人公となるような素質を持った人間が弱いはずがない。
それなりの経歴を持った前世の私でも、その剣筋はほれぼれしてしまったほどだ。
シナリオ内に挿入されたムービーには乙女ゲームらしからぬ、戦闘アニメーションが入っていたくらいで、その演出はそういう知識に疎い人間でも魅了するほどのものだった。
何度あの剣の軌跡に魅入られた事か。
「知ってる? アリア。私の剣の師匠は、貴方でもあるのよ」
だから、私は彼女の剣の腕を盗んでもいた。
私の剣は、先生とレットの指導と自己流で出来ているが、ほんの何割かでアリアのものもまざっている。
前世の私にとって、あのゲームは特別だった。
何もない灰色の日々を彩ってくれる、心の潤いだった。
もう一つの楽しい世界を見せてくれる、心の栄養だった。
そして、彼女の綺麗な剣も私にとっては特別なものだったから。
だから、私は強くあの剣の軌跡を目に焼き付けて、大切に記憶の中に刻み込んでいたのだ。
「私は貴方の剣が好きだわ。いつも最後には誰かを助ける優しい剣が。私は貴方よりもずっと、貴方の凄い所を知っている。私には、貴方の背中を見て、追いかけていた時があった」
一心不乱に剣を打ち付ける。
けれど、段々と彼女の方の勢いが強くなってきている。
しかしそれは私も同じ。
思いをのせて、この馬鹿げた大切な戦いを終わらせるために、剣を振るっている。
「貴方は乗り越えていける。私よりもうんと先に行ける。だから、ここで立ち止まっていては駄目よ、アリア。終わらせるわ」
最後の言葉に、返事はあった。
「そうですね、終わらせましょう、ステラ。こんな風に……互角に誰かと戦ったのは久しぶりです」
一呼吸おいて、仕切り直す。
きっと、次のやりとりで、最後になるだろう。
「私の全部の力で、貴方に勝つ!」
責められるばかりだったが、今度はこちらから相手へ向かった。
大上段からの大ぶりの一撃。
避けることもできたけど彼女はあえて受け止めた。
衝撃で手がしびれているようだ
けれど、アリアは持ちこたえた。
そのまま、つばぜり合いに持ち込む。
ステップを踏んで、足元に注意して、私ですら知らない何かの元へと彼女を誘導する。
「これは……!」
気構えがあった私と彼女では、反応が違う。
アリアは、その場所を踏み抜いたとたん、辺り一帯の屋根のパーツが剥離した。
まるで、その部分だけ最初からただ載せられていたかのように。
巧妙にカモフラージュされていた、屋根の一部が滑りゆく。
体勢を崩したアリア。
けれど、彼女はまだ負けなかった。
「皆さん、力を貸してください」
魔物使いの力を発揮して、空を飛ぶ何かが遠くの空からやってきて、彼女の元へと降りたとうとする。
今まで、何度も魔物をけしかけられていたから、予想はしていた。
「――邪魔よ、そこで見てなさい!」
だから、こちらは邪魔をするなと、威圧をこめる。
大声に敵意と殺意とありたけの見栄を込めて放てば、魔物は一瞬ためらった。
一秒にも満たない猶予、それだけあれば、十分だ。
私は、アリアの剣を弾いて、手に持った剣で彼女を……彼女の髪を切った。
私の勝ちだ。
滑り落ちていった屋根の一部が落下していって、一瞬後に地面に落ちて砕けた。
「……負けました」
残念そうな声の主は、私が髪の毛を切ったアリアからだ。
勝敗を明確にするために、喉の皮一枚を狙ったのだが、ついでにちょっと狙いがそれて切ってしまった。
女性にとって髪は大切らしいのに。
彼女は、私の手にささえられて、屋根から宙ぶらりんになっている。
アリアは憑き物でも落ちたみたいな表情で、こちらを見上げていた。
「落とさないんですね」
「当たり前でしょう。だって、……貴方は私の友達だもの」




