第19章 精霊使いの修行
フィンセント騎士学校 裏庭
お酒がぬけた後だけど、のんびり普通の授業をしているわけにはいかなくなった。
授業後の騎士学校校舎の裏庭で、私とシェリカは向かいあっている。
この前、文化祭の時に先生が精霊使いの修行を頼み込んでいたので、その事で修行をつけてもらうことになっていたのだ。
ちなみに横にはなぜかツェルトもいる。
先生いわく、彼には精霊使いの才能があるらしいのだ。
鬼の血に精霊使いの才能。
すっごく、羨ましい。
私の周りって多才な人ばかりよね。
「じゃあ、これから精霊使いの修行を始めるわよ」
私達の前に立ったシェリカがそう言うので、頭を下げる。
「はい、お願いします、シェリカ先生」
「おう、よろしくな」
ツェルトも同じく。
「……」
気合を入れようと礼儀を尽くしたつもりなのだが、何かおかしかっただろうか。
彼女は固まってしまった。
何がまずかったのだろうか。
「貴方とても真面目なのね、すごく真面目。肩とかこらない?」
真顔で彼女にそんな事を言われた。
「うん、ステラはすっごく真面目だ。もうちょっと肩から力抜いて生きてても良いって思うぐらいな」
「え、どこか駄目だったのかしら」
「いや、シェリカさんはただ戸惑ってるだけじゃね?」
不安になってツェルトに話しかけると、そんな答えが返って来た。
とくにおかしな事はなかったという事で良いのだろうか。
「ごめんなさい、驚いただけなの。そう、駄目じゃないわ。あまりそうやって言われた事がないから、ちょっと……照れる」
彼女の顔色を見るに、拒絶するような意思は感じられなかった。
嘘でもない、らしい。
特に嫌な思いをしたというわけではなさそうで、ほっとする。
しかしやはりエルルカとは姉妹らしい。
返事を躊躇う時の間の使い方が、彼女とそっくりだった。
気持ちを切り替えた様子のシェリカは、自分の剣を抜いて構えて見せた。
「じゃあ、まず集中して。精霊の力を使って見せるから、それを感じ取れるようになること。まずは、そこからよ」
シェリカの周囲に綿毛のようなものが見え始める。
綿毛は楽しそうに彼女の周囲をクルクルまわりながら光り輝いている。
特に見た目的には、楽しそうになった賑やかそうになった以外で変わったところはないけれど、これで何かをしているのだろうか。
「集中よ」
しているらしい。
シェリカにそう言われたので、私はひたすら精霊の力を感じ取れるように努力する。
今までやった事が無いので、何をどうすればいいのか分からないのが難点だが、まあ色々やってる内に慣れるだろう。
なんて事を後日ニオに言えば「才能のある能筋のセリフだ!」とか言われてしまったが。
それから少しあと、修行がひと段落付いた。
私の方は相変わらずだったけれど、ツェルトの才能は本当にあったようだ。
集中している彼の横顔を見る。
彼は、精霊の力を使って瞬間移動みたいな真似ができるようになっていた。
どこかに行っていたらしい彼が一瞬で戻って来る。
うらやましい。
「ただいまーっと、何か俺ステラから物欲し気な目で滅茶苦茶見られてる! えっと何が欲しい? 俺だったら上げられるから! むしろ貰って!」
落ち着いて。
何言ってるのか、ちょっと意味分からないから。
私の方は、ようやく何かもやっとした力の気配が分かるようになってきたところなのに。
そんな風に羨ましがったり、羨ましがられたりしていると、何故かシェリカに関心されてしまった。
「想像以上に世界は変わったのね、驚いたわ。彼が女神様を復活させたおかげで、精霊使いとしても修行がやりやすくなってるのかしら。本当だったら、きちんと精霊と契約しないと力は使えないはずなのに」
私としては、そんなに大層な結果を残したつもりはなかったけれど、これでもできるようになっているらしい。
「そうなの?」
「ええ、本来のは雇用契約みたいなものかしら。それがないと精霊はちゃんと力を貸してくれないの、今までは。でも今はそうしなくてもいい。加護の力が満ち始めているからなのかしら、精霊の力が活性化してる」
ツェルトと顔を見合わせる。
私達は精霊使いに関して詳しくないから、いまいちその凄さがよく分からないのだが、本職の人であるシェリカにとっては驚きの結果らしい。
いつもは淡々とした表情をしている彼女だが、今はその顔をわずかに変化させている。
そんな風に、世界の変化について考えを巡らせていると、横合いから水の入ったコップが差し出された。
「お疲れ様、はい……水」
差し入れをしたのはエルルカだ。
様子を見に来てくれたらしい。
彼女は実は通っている学校がないので、日中はほとんど学校の寮で過ごしている。
本当はフィンセント騎士学校の生徒以外は駄目なんだけど、特例だ。
それに、先生が色んな所に口利きしてくれたおかげで、近日この学校に通えるようになるらしい。
彼女が入学するとなると一年なので、学年は違う事になるがそれでも楽しみだった。
「エルルカ、ありがとう」
「べつに、大した事じゃない」
寮でお世話になっている身で暇なのか、彼女は私達が後者の外で修行をしているとちょくちょく顔を出すようになった。
エルルカは、声を潜めて私達に忠告してくれる。
「姉さん、最初は……優しいけど、慣れてくると、厳しくなるから。気を付けて」
「そうなの。でも大丈夫よ。それだけ真剣に考えてくれてるんだもの」
「そう」
家を追い出されるほどひどい人間には全く思えないし、むしろ人の事を心配してくれるいい子にしか見えない。
剣が扱えなかったら洋なしだなんて、まるで王宮の人達みたいではないか。
以前、私も普通の家だったら境遇が変わっていたかもしれないと考えた事があるが、世の中そうでもないのかもしれない。
「そうだ、エルルカ。この後寮に行っても良いかしら。占いの事教えて欲しんんだけど……」
「分かった。時間はあるから、いつでも良い」
「楽しみにしてるわね」
大事な物を壊してしまたからだと言ったけれど、そんな事で家族を見限るなんて……。
彼女の事を必要ないなんて言った人の事がちょっと信じられない。
でも、私も似たようなものだったから、偉そうな事を言ってあげられる立場でもない。
やっぱり価値観が違うのかしら。
私やエルルカが大事に思う事と、彼等が大事に思う事は違うから。
視線の先で、彼女はシェリカに話しかけている。
その表情は姉妹で良く似通っていて、とても分かりにくいけれど、どちらも互いを案じている様に見えた。
「姉さん、修行はほどほどに。勉強もあるでしょ? スケジュールなら、私が考えるから」
「分かってるわ。ありがとうエルルカ」
「別に……。ステラ達の事、心配してるだけで。姉さんの事なんて……」
「ふふ、ステラ達の事は心配してるのね」
「……っ、もう行くから!」
姉であるシェリカと数事話したエルルカは、憮然とした表情で去って行く。
その背中を見ながら、何かに得心が言ったようにツェルトが頷いた。
「なるほどな」
「ツェルト?」
「いや、エルルカって。シェリカさんの事がすごい好きなんだなと思って」
そんなの当たり前だ。
長くない付き合いだけど、それはエルルカの態度で分かりきっている。
「尊敬してて、憧れてて、好きで力になってやりたいって思ってるけど、対等でいたいって感じだ。俺と同じだな」
そういえば、ツェルトにもお姉さんがいてその人と色々あったみたいな事を前に聞いた事がある。
姉を持つ者同士でなにか通じるものがあるのかもしれない。
こういう時にまともに兄弟と交流を持ったことがない自分の境遇が恨めしい。
「俺たぶん。エルルカは、家の人よりも憧れの姉さんに認めてもらいたいんだと思う。そこが居場所なんじゃないかな」
「そうなのかしら……、そうだったらいいわね」
そうならきっと、決して手に入らない場所などではないのだから。




