第11章 物思い
リィンレイシア邸 バルコニー
私は人の嘘を見抜く事ができる。
私に害意を持っている人間が付く嘘なら、どんな事でも。
けれどそれは直感のようなもので、嘘の詳しい内容等は分からなかった。
それと同じく、好意によってつかれる嘘なんかも、見抜けない。
一年生の時にあった出来事がそうだろう。
私はニオやライドの企みを見抜けなかった。
しょうがない事だとは思っている。
それは二人が私の事を嫌っていない事でもあり、騙したくないと思っていた事でもあったのだから。
けれど、もし私が全ての嘘を見抜く事ができていたら、あの時どういう行動に出ていただろうか。
私は二人に対してどんな態度をとっていただろうか。
……。
話は変わるが、この世界に転生する前の私は普通の家庭で育った人間ではなかった。
そもそも家庭と呼べる環境に身を置いた事は無い。
一般常識の類いの知識はなかったし、世間の事もそれほど知っているわけではなかった。
でも、そんな私にも友達と呼べる存在がいて、そして世界への繋がりはあったのだ。
私には……前世から剣の腕に自信があって。世界の暗部で活動しながら人を殺す技術があったのだけれど、同じような事をこなしていた他の人の様には育たなかったらしい。
私という人間は、中途半端に甘い人間だったようだ。
私のいた国は、表面情では比較的平和で、犯罪の発生率もそれほど高くはなかった。
子供は学校に通い、放課後には彼等だけで外でのびのびと遊ぶ事もできる。
けれど、光が当たるところがあれば、どこでも影は出来る。
安全で平和な世界があれば、そうでない世界もあったわけて、前世の私はそんな場所で生きてきた。
暗闇の世界で生きていた私は、確かに普通の子供の様には育たなかったけれど、まるっきりおかしな人間になってしまったわけでもなかったようだ。
偶然によって普通の少女達と交流を持った私は、憧れるべくして、彼等の生きる世界に憧れる事となった。
だから、同じように恋とはなんたるかを調べたりしたし、彼女達の中で話題になっている乙女ゲームを試しにやってみたりもした。
それは、死んだ後のこんな所で役に立つとはその時は思わなかったけれど……。
ともかく、話を戻そう。
そんな背景がある私だから、きっとこの世界に転生してもうまく環境に適応できなかったのだろう。
幼い頃。前世の記憶を思い出してなかった頃の私であっても、転生前の事がどこかに残っていて、だから王宮にいる裏の多い権力者達に一線を引いていた。
利益の為に、権力の為に平気で人を踏みにじる、前の世界でも関わった事のある類いの人の嘘を、そうと知らずに内心で感じ取ってしまっていたのだ。
そうしている内に、本当に嘘に敏感になってしまった。
けれど。
もし、私が最初から善意の嘘すら疑えている人間だったら。
逆に、王宮から追放されるようなヘマはしてなかったかもしれない。
だけれど。
私はそんな人間になりたいだろうか?
私は、嘘をつかれ続ける人生を受け入れたいわけではない。
それでも。
私はこの問題にケリをつけないと、ここから先へは進めない気がする。
一体どうやって向き合っていけばいいのだろう。
あの後、迷った森の中からは無事に出る事ができた。
何でも、精霊の力を使って歪んだ空間をなおしたとかなんとか。
先生は精霊使いなのだろうか?
とにかく、先生たちの方で色々あった後に、疲れて眠ってしまっていた私は起きたらしい。
気付いた時には、先生に背負われ森の外まで運ばれた後だった。
その後は、改めて町の様子を少し見た後に、帰る事にした。
始める時に集まるのは決まっていたのだが、帰る時間は各自で自由に決めてよかったので、騒がしくしていたクラスメイト達の姿を一応確認した後に屋敷に帰る事にしたのだ。
でも、あの時あの森にツェルトは、占いが得意だというエルルカに教えてもらってきたといっていたけれど、エルルカと後で話したらそんな事教えていないと言われた。占いで人の居場所が分かるという点については、否定はしなかったが。
ツェルトはなんで嘘をついたのだろう。
私を建ち直させてくれた彼が。
そんな事を考えながら、私は祭りのにぎやかさを思い出しつつ、バルコニーで物思いにふけっていた。
「……はぁ」
楽しかった。
とてもいい思い出になっただろう。
だけど私の口からはため息がもれた。
当然だ。
帰りがけにひと悶着あった。
先生たちに秘密を抱えてるなら喋れと言われてしまったのだ。
きっと、見抜かれている。
私が何か厄介事を抱えているという事に。
けれど、遺跡でライドが話した私の身分や、陰謀の事もある。
勘が良くない人でも、気づいてしまうだろう。
でも、下手に教えてしまって裏切られるような事になるのは……嫌だ。
胸の内に抱えた、数時間前に解消したトラウマとは別のトラウマが刺激される。
時間も忘れて考え込んでいると、その場にレットがやってきた。
「お嬢様、そろそろ中にお入りください。体が冷えてしまいます」
「レット」
見慣れた執事はその顔に憂いの感情を忍ばせている。
心配をかけてしまっただろうか。
「ごめんなさい、もうそろそろ戻ろうかと思っていたの。温かい飲み物でも用意してくれる?」
「かしこまりました、すぐに用意いたしましょう。……しかし、少しよろしいですかな」
「?」
すぐに了承の言葉を唱えたレットは、しかしこちらに近づいて来た。
私に何かしたい話があるらしい。
「何か悩み事をされていたようですな」
「ええ、まあ」
「ご自分の状況に関する事情……と言った所でしょうか」
「そうね。よく分かったわね」
「私は貴方の執事ですので」
尋ねつつもどんな返答が来るのかは分かっていた。
長年仕えていた経験の前では、小さな隠し事も無駄なようだ。
「話してみると、何でもない事もあるものですよ」
「そうかしら」
そうと思えないから困っているのだが、それともそうではないという確信があってレットは言っているのだろうが、だとしたらそう思った理由を聞いてみたかった。
「夏休み頃、ツヴァイが先日こちらにやってきて、それとなく話をしました。貴方の力になってやりたいと」
「先生、来てたの」
来てたのなら来てたと一言言ってくれればいいのに。
私が外出してた時だろうか。こちらが気が付かなかったらあの人は秘密で来て、秘密で帰りそうだ。
気を使う所、間違ってるんじゃないだろうか。
そう思ってると苦笑された。
「ああ、いえ……失礼。貴方達は本当に似た物どうしですな。彼も貴方も、時折変な所で気遣いを見せるときがありますから。それに思ったより多くの荷物を抱えてしまいがちなところと、できるできないに関わらずその荷物を一人で抱え込みがちなところが」
「そ、そうかしら」
遠慮のない物言いは、執事としては失格なのかもしれないが、レットの態度は時々こんななので、とくに気にしない。
嘘をつかれるよりは、こちらの方が何倍もいい。
「悩んでいるのであれば、ほんの少しの勇気を持って歩み寄ってはいかがでしょう。そうするだけで、楽になる事もあると思います」
「助言、ありがたくもらっておくわ」
実際はどうするかまだ決めていないが、レットからの助言は忘れないようにしっかりと胸の中に留めて置いた。
そうして家の中へと戻ると、まるで見計らったかのようにアンヌがやってくる。
結局あの時の意地悪の後も、雇い続けている彼女の姿を見つめた。
私はあの時の選択を後悔しているだろうか。
いいや、していないだろう。
ニオやライド達の時と同じように。
そんな考え事をしていると、目の前にいるアンヌが申し訳なさそうな顔をして言葉を述べて来た。
「あの、お嬢様。お客様がお見えになっているのですが……」
それは想像外だった。
先程までの思考を吹き飛ばすかのような、その内容に私は驚いた。
「え、もうけっこう遅い時間よ」
「ええ、私共もそう思ったのですが、不審者でもないようですしお知り合いのようでしたから」
「案内して」
怪訝に思いつつも、尋ねて来た人の元へと向かう。
アンヌに通されたらしい人物は少女のようだった。
玄関ホールまで向かうと、誰が来たのかすぐに分かった。
身長の低い彼女は知り合ったばかりのエルルカだった。
「エルルカ? どうして?」
「……こんな時間に、ごめんなさい」
それはいいけど、何か困った事でもあったのだろうか。
浮かない顔をしたエルルカは、先ほどの比ではない驚愕の一言を述べて来た。
「一晩でもいいから、家に泊めて。私、家から追い出されたから……」
「え、えええっ?」
彼女と会う時は、何だか驚いてばかりのような気がする。




