短編 フラスコの夢02「喧噪諸々」
――誰かに何かをされたら、その人を憎むのは当然の事だと思う。
――誰かに傷をつけられたら、その人に仕返しをしたいって思うのも、やっぱり当然の事。
――自分だけじゃなくて、大切な誰かがそんな目に遭っても、きっとそう思うだろう。
――やり返したって新たな悲劇を生むだけだ。本当はきっとその人だって分かってる。
――それでも、誰の心の中にも、止められない想いの芽がある。
――駄目だって分かってても、突き進まなずにはいられない時があるのだ。
――でも、それでも。だからこそ。
――そんな私達には、立ち止まる時間が必要なんだ。
――その仕返しと引き換えに、何を失ってしまう事になるのか、ちゃんと考える為の時間が……。
……。
ざわざわとした音がする。
最初に知覚したのは、様々な生活音。
そして肌を撫でる風と、色々な匂いだ。
視線の先には通りを行きかう人、人、人。
ここはグランシャリオの大通りだ。
時刻は昼頃で、それぞれがしている仕事の休憩や腹ごなしに、大勢の人が目の前を歩いていた。
「あれ、えーとニオ。どうしてここにいるんだっけ」
けれど、私はどうしてそんな場所にいるのか分からなかった。
よーく思い出そうとするのだが、頭痛がしてうまく思い起こす事ができなくなる。
「うーん、むむむ、さっぱり分からん! 略して、さぱらんだね!」
分からないので、そうそうに横に投げた。
ちゃんと寮の部屋で眠っていたはずなのに、なぜかこんな人ごみにいる。
当然、こんな現状への疑問はある。
だが、特に危機感が襲ってこないので、緊急に解明すべき疑問でないようなら、焦っても意味がない。
とりあえず、お昼ごろ特有の、それぞれのお店から漂って来るご飯の匂いにつられてあちこち歩いていく。
グランシャリオの大通りは、お昼休みの人達でよく賑わっていて、とても活気がある。
私のいた国も、お昼になるとこんな感じだった。
国は違えど、人はそう変わらない。
何かを食べて美味しいと感じる心も、お腹がみたされて充実したと思う感情もそんなに変わらないのだ。
何か難しい事を考えてしまったが、特に意味はない。
「ごはんごはんー、美味しいご飯、ちょっとお腹すいちゃったなぁ」
あちこち歩いている内に、空腹が存在感を主張しはじめていた。
お金はちゃんと思って歩いているつもりだけと、ここに来た経緯がそもそも思い出せない。
果たして何の目的で、通りを歩いていたのだろうと首をひねりながら、財布を求めて懐を漁っていると、ふと、人並みの中に見知った顔を見つけた。
「あ、ステラちゃん!」
それは、友人であるステラード・グランシャリオ・ストレイド。及びステラード・リィンレイシアだ。
声をかけるのだが、しかし相手は気が付かなかったようだ。
彼女はさっさとどこかに向けて歩いて行ってしまう。
「待ってよー」
特に深く考えず、つい顔見知りの姿をとっさに追いかけてしまう。
一瞬見えた彼女の顔が、確かに見慣れた友人の顔だったのに、どことなく違う人間にも見えたせいかもしれない。
このまま見失ってなるものかと、通りを歩く人をかき分けなが友人の後姿を追いかけていく。
だが、気のせいだろうか。
見慣れている町の景色が少しだけおかしく思えてきた。
何がどうという程のものではない。
学校の休みの日にたまにでかけて、歩くくらいなので、そこそこに何があるとかいう正確な情報は待ち合わせていないんのだが、何かがひっかかるのだ。
まるで、あるべきものが何となくないように見えたり、反対にないはずのものがそれとなくあったりするような。
何とも形容しがたい違和感だ。
間違え探しをしている時に似たような感覚で頭を悩ませながらも、私は2、3区画分歩いていく。
そうしていたら、視線の先にいる友人のステラちゃんはとうとうこっちに気が付かず、裏路地に入って行ってしまった。
「もうっ、ステラちゃんってば……」
何か考え事でもしていたのだろうか。
私の知ってるステラちゃんは、声をかければ大抵気が付いてくれるけど、たまに考え事に夢中になったりしてぼんやりしてる時もあるので、そういう事がないわけではなかった(ちなみにそういう時は大抵、先生の事か、とても難しい勉強の事か、怖い階段の事とかについて考えている時だったりする)。
太陽の光があまり届かない、建物の影が日陰を作る裏路地に足を進めていく。
角を何度か曲がったのか、目当ての人物が視界から外れて見失ってしまった。
「わわ、どうしよ」
ここで、逃がしてたまるかと慌てて歩調を早めて、向かったと思わしき方向に予測を立てて、進んでいく。




