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王女様は狂剣士 ~乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに気付いたら、すでにヒロインにざまぁされてました。その上、現在進行形で命狙われてます~  作者: 透坂雨音
第一部

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第25章 私の特別な人



 どこをどう通ったかなんて、考えられなかった。

 私はがむしゃらに、遺跡の中を走り回るばかりだった。


「先生、どこ……」


 悲しくて、悔して、辛くて、訳が分からない。

 でも、自分ではどうにもできなかった。


 ただ、その感情から逃げる事しか今はできない。


「…てら。ステラ!」


 けれど、混乱する意識を引き裂く声に我に返った。

 ツェルトの声だ。

 私は思わず立ち止まって振り返る、


 間違いない、彼だった。

 誰かの制服を使ったのか、刺された傷跡には簡単な手当てが施されてある。


 だが、顔色は良くないし、額からは冷や汗がいくつも浮かんでいる。


 こうして追ってこられるような状態ではなかったはずなのだが……。


「ツェルト、大丈夫なの!?」

「あ、ああ。修行の賜物だな」

「修行ってまさか、鬼の力?」

「ああ、におい……じゃなくて気配を追ってここまで来たんだ」


 一度言い直した事については追及しないでおく。

 そんな事もできたとは知らなかった。


「駄目じゃない、ツェルト! じっとしてないと!」

「そうしていたいのはやまやまだけど、好きな子が大変な目に遭ってるんだ。そんなの男として放ってはおけないだろ」

「男としてって……。もう、見栄っ張り」

「そこは好きの言葉に引っかかりを覚えて欲しかったんだけどな」


 とにかく追ってきてしまったものは仕方がない。

 そんな状態のツェルトを残して先へ進もうなどとできるわけがなかった。


 彼を座らせて休ませる。


「ああ、くそっ。しんどい……。ちょっとは慣れたつもりだったけど、まだまだだな」

「馬鹿、上手く言ったから良かったものを。暴走していたらどうしてたのよ」

「その時はその時、まあ何とかなるだろ」


 どこからそんな自信が出てくるのかまるで分からない。


 ツェルトはどうしてそんな風にしてまで、私を心配してくれるのだろうか。


「そんなの決まってるだろ、その人が好きだからだよ。好きだから頑張れるんだ、好きだから辛いことも我慢できるし、大変な事にだって挑める。好きだから……ニオやライドもあんな風になっちゃうんだよ」

「私には分からない事だわ」


「好き」なんて私には分からない。


 それはそんなにも人を変えてしまうものなのだろうか。

 ニオやライドにあんなにもひどい事をさせたり、ツェルトにこんなにも無理をさせたりするような、それほどの感情なのだろうか……。


「「好き」な人の為だったら、友達の事は、他の事はないがしろにして良いの? 自分の勝手な思いを押し通してもいいの、そんなの我がままとどう違うのよ」

「全然違わないかもな」

「えっ」

「人を好きになるって事は、ある意味でそういう事なんだよ。その思いを大切にすればするほど、我が儘でそして欲張りになっちゃうものなんだ」


 そんな事を話せるという事は、ツェルトもニオ達みたいな「好き」を知っているのだろうか。


「だから、あいつらの事許してやってくんねぇかな」

「どうして……」

「俺はそのままのステラが好きだよ」


 急にそんな事を言われても、私には意味が分からない。


「誰かを疑ったりするステラより、誰かの事を信じてるステラの方が好きだ」

「だから? ツェルトは何が言いたいの?」


 私だって信じようとしてきた。

 でもニオは二度も私を裏切ったのだ。ライドもずっと。


 ツェルトはそれでも、私に人を信じろと言うのだろうか。


「ステラは信じられない人なんかじゃない、信じられる人だよ。それは他でもない俺が保証する、だってステラは俺の事を思って立ち止まってくれたじゃんか」

「それは、だって貴方が……」


 怪我をしてるから。

 それでも頑張って、心配して追いかけて来てくれたから。


「言っとくけど、俺があいつらに加担していない証拠なんてどこにもないんだぜ? だから、皆信じられないって事にしてもステラは良かったんだよ。でも、それでもステラは俺を信じてくれている」


 ツェルトは一体私に何を言おうとしてるのだろうか。


「それって、ステラが心の底では疑い切れてない証拠だと思うんだ」

「私が? そんな事……」


 そんな事あるはずない。

 私は、人を疑える人間だ。


 魔獣に襲われて怪我をした時だって、先生がいてくれなかったら、私は絶対に誰も信じられない疑心暗鬼になっていたはずなのだ。

 あんな事されてまで、人を許して信じられる人なんて、人なんかではないと思う。


「うーん、ひょっとしたらステラでも人を騙せる人間くらいにはなれるかもな。でも……」


 それでも、とツェルトは言う。


「ひどい事言うけど、もう一度、信じるために頑張って、辛い思いをしてくれ。悲しい思いもたくさんしてくれ。だって俺が好きになった女の子は、一度はそういう事を乗り越える事ができた、そんな人なんだから」


 我が儘だ。

 これこそ、正真正銘の、見本のような我が儘。


 自分が好きになった人が、そのままでい続けて欲しいために苦しい思いを強いるなんて、おかしいとしか思えない。


 私はツェルトが思ってるほど、強くなんてない。

 そんなに立派な人間なんかじゃない。


 大きな辛い事があったら、心が挫けてしまえるような、そんな普通の人間なのだ。


「勝手な事、言わないで……」


 私はその場から立ち上がる。

 休憩は終わりだ、そろそろ先生を探しに行かなくてはならない。


「俺は君を侮らない」

「……?」


 その横に、寄り添うように立ったツェルトは言葉を続ける。

 傷を押して、苦痛に表情を歪めながらも。

 まるで、これからもずっと一緒に、意地でも私の傍にい続けるとでもいうかの様に。


「上から君を見下ろしたりしないし、自分に都合がいいからって言って、君に弱い姿でい続けて欲しいなんて思わない」

「何を言ってるの?」


 ツェルトが何を私に伝えようとしているのか、私は本気で分からなかった。


 彼が語るのは、彼しか知らない昔の話だった。


「姉さんは、俺を置いてどんどん強くなっちゃったからさ、昔責めた事があるんだ」

「えっ」

「どうして俺を置いてくんだって、一緒に強くなろうって約束したじゃんかって」


 ツェルトにもそんな辛い思い出があったなんて思いもしなかった。


「言いあって、ケンカして、鬼の力で怪我させて、今はこんな感じ。それで考えたんだよ、俺は何の為に強くなりたいんだって。大切な人を守りたいからだって思ってた、でもそれはちょっと違うんだ」

「どういう、事?」


 立派だとしか思えない彼の決意が、どう違うのだろうか。


「守りたいのは、その人たちが笑顔でいて欲しいからだ。俺が強くて、大切な人が弱くて……、なんてそれじゃ本末転倒だなって」

「……」

「俺は君より弱くてもいい。俺を置いて君はどんどん強くなっていってもいい。君が無事ならそれでいいんだ。君が笑っていてくれるなら、それでいい。それを認めた上で、俺は頑張るよ。それが俺の大切な人の力になるって事だ」


 ツェルトの言葉が私の心に温かく、沁み込んでくる。


「私は……」


 自分の心を見つめ直す。

 大切な事が見つかりそうだった。


 私は騎士になりたい。

 先生みたいになりたい。


 格好良くもなくて、みっともなくあがいててボロボロになってでも、頑張って私を助けてくれた先生みたいに。


 それで、ずっと私の味方でいてくれるって言ってくれた先生の思いに応えたかったから、だから人を信じて生きて行こうと思ったのだ。


 先生がくれたもので、私という人間はできている。


 私は一体どうしたいの?

 本当の思いは?


「辛いのはどうでも良いわ。私が悲しいのも良い。私は先生みたいな騎士になる。裏切られても良い。人を信じ続けられる騎士になりたい」


 そう。

 それが、ステラの中の一番根っこの思い。


 私はあの過去の出来事で、悲しいにも辛いにもサヨナラをしたのだ。


「私はあの人の立派な弟子である為に、頑張りたい」







 そんなステラを横で見つめるツェルトは、何故か苦い顔だ。


「あーあ、敵に塩を送った感じ半端ない。俺、あの人超えられるのかな。勇者だし、ステラの恩人だし」

「ツェルト?」

「何でもない。ちょっとへこんでただけ」


 それは何でもない、で片づけて良い事なんだろうか。


 何にしても、私がちゃんとした人間になるのはまだまだ先の事のようだ。


「誉められた結論じゃない事は分かってるけど、これが今の私の精一杯」

「いつか、ちゃんと人を信じられると良いよな」

「そうね……。でも」


 立ち直らせてくれたきっかけの彼を私は見つめる。


 いつもおかしな事を言われて困らされてばかりだから、これくらいはやっても良いと思う。


 それは昔先生が間違えて持ってきた本の中に書かれていた事だ。


「ツェルトは私の特別よ」

「え?」

「私、ツェルトだったらずっと一緒にいてもいいって思うわ」


 ……って、いうと泣きそうな感じに人は喜ぶらしい。

 何でかはよく分からないが。

 きっと、私には分からない大人用の最上級の誉め言葉なのだろう。


「え、それ俺のステラって事? それともいつもの? どっち!?」




(※キリの良い所まで掲載したら、しばらく更新空けます)

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