第24章 ステラード・リィンレイシアの始まり
こんな所にいても、すぐに先生は来てしまうだろう。
自分の部屋に逃げ込んでも解決するわけじゃない。
分かっていたけれど、私には他に逃げる場所がなかった。
居場所が、なかった。
やがて、予想通りツヴァイがやってきて扉を叩く。
「ステラ? いねぇのか?」
「……」
怖い。
とてつもなく怖い。
先生が私の事を殺そうとしているなんて、そんな事信じたくなかった。
けれど、聞いてしまったのだ。ストレイドが、ステラが憎いという言葉を。
先生はずっと私の事を騙していたのだろうか。
優しいフリをしながら、死んでしまえと思っていたというのか。
怪我を治しながら、このまま傷が悪化してしまえばいいなんて……。
「気配がするな。ステラ、どうしたんだ。そこにいるんだよな」
かけられた声に私は肩を跳ねさせる。
どうして分かったのだろうか。
私は一言も喋ってないのに。
「あー、何かお前が怒るような事でもしたか。それか治療が嫌になったとか」
「……」
違う。
先生はいつだって優しかった。
意地悪される時もあったけど、最後はいつだって私に優しくしてくれた。
「それとも俺みたいな医者は嫌ってか、わがまま言うなよって言いてぇとこだけど。まあそれも当然か」
そんな事ない。
先生は良い医者だ。
薬はよく効いたし、診察の手際だってすごく良かった。
ああ、私はその時に自分の本心が嫌という程分かってしまった。
私は先生の事が大好きだって事が。
嫌いになんてなりたくないって事が。
「やっぱり俺なんかに誰かが救えるはず、ねぇよな」
「先生……?」
扉の向こうから不意に届いてきた声。
それはとても悲しそうで、辛そうで。
そしてとてもとても苦しそうな声だった。
だから私はついそう喋ってしまっていた。
「先生は、悪い人じゃないですよね……」
「そんな事ねぇ、俺は良い奴なんかじゃねぇよ」
だから、さっきの言葉を否定して欲しかった。
「私の事殺したいだなんて思ってませんよね」
「……あ? 何でそうなる。そんな事あるわけねぇだろ。まさか、お前さっきの……」
分かってる。
こうして聞こえる先生の声からは、まるで敵意が感じられない事ぐらい。
けれど、心に染みついた恐怖が消えなない。
どうしたってぬぐえない。
信じきれないのだ。
どんなに良くされても。
一度思い出した疑心が、どうやっても消えてくれない。
「大丈夫か?」
扉の外から声がかかる。
先生の声。
私を心配するような声だ。
どうしよう。
どうしよう。
私は悩むばかりで、
どうすればいいのかなんてまるで分からなかった。
「部屋、入るぞ」
え?
鍵をかけたはずなのに、ちゃんと閉まっていなかったのだろうか。
そんなはずはない。
先生は入ってこられなくて困っていたのだから。
けれど……。
「もう使い道はねぇと思ってたが、こういう時に役に立つ特技だったな」
先生はそれを開けてしまったらしい。
先生の手には針金の様な物がある。
そんな物で、扉が開くのだろうか。
想像もつかない。
そんな事より。
私は近づいてくる先生から後ずさる。
アンヌからもらった剣の存在を思い出し、それを突きつけた。
「来ないで」
「行くに決まってんだろ、そんな泣きそうな顔しやがって」
「泣いてないんかないもん。泣いてない!」
「泣いてるじゃねーか。つーか、鞘も抜かずに剣持ってどうすんだ」
そうだ。忘れていた、武器なんてもった事がなかったから。
慌てて鞘を取る。
鈍い刃にの煌めきが、目に入った。
現実が、改めて私に今の状況を訴えかけてくる。
私は本当にこれで、先生を傷つけるのだろうか。
「怖い。分かってても怖いんです。裏切られるのが、いらないっていわれるのが、捨てられるのが。私だって疑いたくない、でも……私を裏切った人達は、表面上はとても良い人だった」
先生は私にすぐ触れられる位置まで近づいてきた。
「ステラ。俺はお前の味方だ」
「うそ」
信じたい。
でも、信じられない。
「俺はお前を裏切らない。俺はお前を傷つけない」
「うそっ!」
きっと先生ならそうしてくれる。言った事を守ってくれる。
それでも、記憶の中の経験がその言葉に安心する事を、拒絶してしまう。
「俺はお前の事、結構好きだぞ。あー、ときどき意地悪いうのはあれだ、照れ隠しとかだ、分かれ。俺は、お前が望むなら、いつだってお前の危機に駆けつけて守ってやる」
「うそ……っ、そんなのうそ、うそつきぃ」
私だって先生の事が好き。
だけど、好きじゃ過去は消えてくれない。
先生はわずかに開いていた距離を詰めて、そっと私を抱きしめてくれた。
「だから怯えるな。怖がるな。お前はもっと幸せになって良いんだ」
「う……」
私は、凶器を持っているのに。
先生の事を、傷つけてしまうかもしれないのに、どうしてそこまでするのだろう。
「どうして……」
「泣いてる子供を助けるのに、理由が必要でたまるかよ」
私は先生の腕の中で、大声で泣いてしまった。
先生は私の事が怖くないのだろうか。
この腕を動かせば簡単に人を傷つけるの事が出来るのに。
「ひどい事しようとしてたのに」
「本気だって事見せる為には、凶器が待ってようが怖いもんがあろうが、そこに飛び込んで行くしかないだろ」
この人はとても優しい人だ。
私の事、絶対に傷つけたりしない。
絶対に裏切ったりしない。
誰も信じられなかった私の心に、先生は初めて希望を見せてくれた。
このままずっと怯えながら一人で過ごしていくのだと思っていた世界を、他の誰でもない目の前の先生が壊してくれたのだ。
先生は私にとっては魔法みたいな人だった。
到底できそうでない事を、やって見せてしまう凄い人。
ありふれた言い回しだけれど、森で出会ったそのお医者さんは私の大切な勇者様だったのだ。
先生とアンヌは、グランシャリオの……私のいる国の人ではないらしい。
先生達は隣国の人間らしいけれど、二人の知り合いの人がグランシャリオに気て、この国にいる王族の人の頼みを聞いた時に、命を落としてしまったらしい。
アンヌはその事をずっと根に持っているらしいけど、先生はそんな事は全然気にしていないと言った。
情報を盗み出した事については、国の中心で悪い事をしてる人達、フェイトとかいう人や、私のお兄様……イグニス王子とかの悪事を明るみに出したかっただけだと……。そんな風に説明した。
まだ小さかった私に先生は一生懸命話してくれたけれど、内容は難しくてよく分からないものが多かった。
けれど、いやだからこそ、私は先生を見て決める事にした。
先生はきっと悪い事なんてしてない。
自分の命をかけて、二度も私を助けてくれた勇敢なその人を。
だから何があっても信じ続けよう。
そう、私はその時に決めたのだ。




