第15章 ニオの過去
どんどん遠くなっていく、ライドの背中を私は慌てて追いかけ続ける。
肝試しに参加すると決めた時は、恐怖で身動きが取れなくなったら、どうしようかと思っていたのだが……。
ふたを開けてみれば怖がる暇もない災難だ。
運命は意地悪だ。
たまには、何も起きなくても良いのに。
もう少し普通の催し物に参加させてくれても良いというのに……。
折り返し地点にやって来ると、ライドと先生が何やら言いあっているのが見えた。
ニオの姿はない。
おかしかった。
ライドの走る速度を考えていれば、とっくに追いついていていいはずだ。
私達より先に出発したはずのニオの姿が無いなんて、そんな事ありえるのだろうか。
同じ速度で動いているなら、相手が急いで移動しない限り、追いつけるはずだったのだが。
「おい、ステラード、お前からもこいつに言ってやれ。俺はガキに手を出す趣味はねぇって」
「いや、そんなこと誰が簡単に信じられるか。そう言って皆がそう行動出来れば世の中から身分差の恋物語は綺麗さっぱり消えてなくなってるはずだ!」
「知るかよ、そんな事……」
周囲を見回してみるが、ニオの姿はない。
とりあえず、二人に好き放題言わせているといつまで経っても終わら無さそうだったので、強引に割り込んだ。
「はいストップ。先生、ニオ達の姿見ませんでしたか。私達より先に来るはずなんですけど」
ここに来るまでに折り返しの生徒達とは何組かすれ違ったのだが、その中にも彼女達の姿は無かった。
「いや、見てないが。まさか迷子か。おいおい、面倒くせぇな……」
やはり、先生も見ていないようだった。
とすると、どこかで迷ったと考えるのが妥当だろうか。
けれど、ツェルトはともかくニオは昼間に散々湖の近くで遊んだというのに。
迷うなんて事があるのだろうか。
いなくなった友人の姿にやきもきしていると、ふいに先生が顔を強張らせた。
「あ?」
そして、怪訝そうな顔。
その変化を、不思議に思っていると状況が動く。
「チッ!」
次の瞬間、先生が舌打ちをして、ライドを突き飛ばし、自らもそこから飛びのいた。
一瞬前まで立っていたその場所には、矢のようなものが深々と地面に突き刺さっていた。
「誰!?」
護身用に持っていた短剣を構えながら、周囲を警戒。
ややあってそこに姿を現したのは、ニオだった。
「ごめんね、ステラちゃん、でも先生の事は好きじゃないんだからニオが殺しちゃってもいいよね?」
「ニオ? どうして?」
あのニオが先生を殺そうとした?
目の前の光景が信じられなかった。
ニオは、手にしていた弓を捨てて、ナイフを構えて先生へと突進していく。
「弓が駄目なら、これで……!」
「先生!」
ニオはよく訓練された兵士の様な機敏な動きで先生を攻撃していく。
鈍い光を放つナイフを振り回すニオの表情には憎悪に彩られていた。
「ここでっ、死んで!」
「無茶言うんじゃねぇ、ワケも分からず殺されてたまるか。せめてワケを言え!」
先生は繰り出される攻撃を鮮やかな体さばきで避けていく。
こちらもよく慣れている動きだった。
「ニオちゃん、何やってるんだよ。やめなって、こんなの冗談じゃすまないぜ!」
「冗談なんかじゃない! ニオはずっとこの機会をうかがってたんだから!」
ずっと?
それは一体いつからだったのだろうか。
まさか最初から?
いつも通りの仮面をかぶっていて、その裏でニオはずっと先生を殺そうと考えていたと言うのだろうか。
彼女は嘘をついていた?
仮面をかぶって私を、先生を、皆を欺いていたというのだろうか。
私はたまらずその場から駆けだした。
「やめて、ニオ!」
先生を守る様に、ニオの前に立ちふさがる様に立つ。
「私達を騙してたの?」
「ステラちゃん、ごめんね。でも……それで良いの?」
「……?」
一瞬、言われた言葉の意味が分からなかった。
ニオは憎悪の表情から、感情を消して今は無表情だ。
冷静にこちらの様子を伺っている。
「ニオはそれじゃあ止まらない。ニオは今ステラちゃんを試してるんだよ。ひどいよね。でも仕方ないの。ステラちゃん、ニオに最初に言う言葉がそれで良い?」
「……っ」
息を呑んだ。
私はその時ニオに気圧されていたのだ。
それは強い覚悟と意思を秘めた声で発せられた言葉で、見つめられるのは何事にも揺るがない決意を秘めた瞳。
騙されて悲しいという思いもある。
辛いという思いも。
どうしてという憤りも。
けれど、私はそれらを飲み込んだ。
私は、あの時の小さかった私ではもうない。
たった一人を確かに信じると決めた瞬間から、その人が教えてくれた世界で、この広い世界で生きていく事を決めたのだから。
「ニオ、理由を聞かせて? 私はニオの事、友達だと思ってるわ」
「……良いよ」
とりあえず、会話をしてくれるつもりはあるみたいだった。
「聞かせてあげる。ステラちゃんにも、ライド君にも、そこの人にも。聞く義務はあるもんね」
ニオは口を開いて語り始めた。
――それは、彼女の叶えられる事が無かった初恋の物語だ。
ニオはグランシャリオの国ではない、別の国の出身だと言う。
先生やアンヌと同じ、この国の近くの国ソル・ミレニムアだ。
その国には、穏やかな性格の一人の王子様がいた。
名前はエルランド。
ニオはその王子様のいる王宮で働いていた事もあってか、その人と会話する機会に恵まれていた。
ニオは話をするうちに、その人の事が好きになっていったと言う。
エルランドには婚約者がいたというが、彼女にはそんな事は関係なかった。
ただ兵士として役に立てればそれで満足だと。
ただ、たまに話せるだけで、顔を見れるだけで幸せだったのだと。
けれど、そんな日々は終わりを告げる。
隣国と戦争状態になり、国は敗北。
エルランドはその時に亡くなってしまったらしい。
想い人を失ってしまったニオはある誓いを立てた。
それはエルランドの護衛の騎士に復讐する事だった。
実はその人が死んでしまった時に、傍にいなかった護衛がいる。
ニオはその人がいれば、ひょっとしたらエルランドは助かったかもしれないと考えていたのだ。




