1.はじまりは奴さ
壁と天井がぼんやりと青白く発光している洞窟の通路。
ほんのわずかな光があるとはいえ、2、3m先はもう何も判別できない。
静寂の中、どこかで水滴の落ちる音だけがぴたん、ぴたんと響いている。
「何なんだ。」
周囲を見渡し、考える。
自分は母親の田舎の生家に来ていた。連休に誰も住んでいない屋敷の手入れをしようと泊まり込み、夜寝たはずだ。訳が分からない。
Tシャツ一枚なのはそのままだが、なんで覚えのない洞窟にいるのだ。
思案に暮れ、どれほどの時間が過ぎたのか。
遠くのほうから、金属を引きずるような音がかすかに聞こえてくる。
「ぎりりりり、ぎりりりりり、、、」
その音は次第に、大きくなり、近づいてきていた。
暗闇にじっと目を凝らすが何も見えない。
不気味な何かが来る方向とは逆に向かい、できるだけ音を立てないよう動き出す。
「ゴツン! Ouhu!!」
強く顔を打ち思わずうずくまる。たらりと鼻血がながれ落ちる。
前に見えない壁がある。いや、前が壁だっただけだ。
はじめに向かって、天井、左右の壁と薄うく青白い蛍光色に光っていた。なのに後方の壁だけは暗色であったせいで路が続いていると錯覚したのだ。
ジリジリと耳障りな金属の音がもっと近づいてきている。
自分の鼻血がシミを作ったTジャツを見て、ふと思った。
まずい。この “白いTシャツ” は暗闇で、かなり目立つのではないか。
前方に影が揺らめいている。それは小さく見え、距離にしたら10m程先なのかもしれない。まるで適当な目測だが。手遅れだ。
何か引きずりながら、こちらに向かってきている。
「ぎりりりりりりりり、、、」
5m、4m、、、、3m。
人影の容貌がしだいにあきらかになる。
静寂の中、うずくまったまま、そいつを観察する。
ゴブリンがいた。あるいは、違うのかもしれない。青白い光にわずかに照らされて浮かぶ、大人の半分ほどの背丈の、痩せた、恐ろしい形相をした小鬼がいた。頭に小さな一本角がある。
錆びた身の丈よりも巨大な剣を引きずっていた。
それと目が合ってしまった。
小鬼は剣を振り上げようとしたが、緩慢に振らつく。
こいつ大したことないんじゃないか、と思ったとき、そいつはイラついた表情をしながら見事に、巨大な剣をかかげ、俺のあたまをめがけて物凄い勢いで振り下ろした。
思わず全身に力が入った。
大剣は頭に触れる数cm上まで達していた。うずくまる俺の背面の暗色の壁に深く食い込んで。
ガタガタと震える股間からあたたかい何かが飛翔し勢いよく小鬼に当たっている。下腹部に力をいれうんこを漏らす。途端異臭がただよう。
はじめからパンツなどはいてはいなかった。そして小便は割と長くつづくものだ。
至近距離に背の低いゴブリンの顔はあり、あきれ馬鹿にした、いやそうな顔で俺を見ている。
俺は目をめいっぱい見開くと白目を剥き、糞尿にまみれたTシャツを一瞬で脱ぐと、五指を美しくそらし、手のひらを顔の左右に位置させて、雄叫びをあげる。
「URAraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa~~!!!」
ゴブリンは怯み後ずさる。
逃がすかっ!屈伸を溜めた全力のヘッドバットを顔面に打ちこむ。
ゴブリンは混乱している。
俺は腰を捻じり、ゴブリンのほうにけつを突き出すと、平手で打つ。スパンキング!Spanking!
身軽で華麗に半身でステップを踏みながら、ゴブリンの横を狙い前後斜めに波状移動を繰り返す。
そうしながらけつを平手で打ち捲くる。いい音だ!
ゴブリンはひどく混乱している。
一気に後ろにまわりこむと同時に、片手に持って振り回していた濡れたTシャツをやつの首に巻き付け、その小さな体を背中合わせにのせ、背負う。
全力で握り絞め、力を込めるのは縄状の湿ったTシャツ。暴れ狂う小柄なゴブリン。激しく耐え切れないほどに。俺はカメになり、Tシャツを握りしめ離さない。たまらく嫌な力を、その布紐ごしに感じ続ける。数分間、目に力を籠め瞑る。余計とそいつの痙攣が伝わってくる。気持ち悪い。堪らない。泣けてくる。
やがてそれは沈黙した。どれほどか経ち、ゴブリンの死体をずり落とした。手は固まって開かない。
そのまま意識を失った。




