突然の訪問者
夕方になりオリヴィア親子の家より広いリビング兼台所を持つイーサン夫妻の家にオーブンで焼いた今日仕留めた鳥を持ってオーウェンが訪れた。
夕食を共にイーサン夫婦と過ごすのはオリヴィアが物心ついた頃からの習慣であった。
オーウェンは凝った料理は作れず今は亡き母親も壊滅的と行って良いぐらい料理は出来なかったのだ。
面倒見の良いデミが妊婦のオリヴィアの母親を見かねて夕食を招待した事が家族ぐるみの始まりだと聞いている。
「オーウェンありがとう、今日は久しぶりに新鮮なお肉だね。オリヴィアが昼からソワソワしていたよ。」と焼きたてのパンをバケットに並べながらデミも嬉しそうに声を弾ませる。
「今日取れた他の鳥は今燻製にしているので又出来上がり次第お持ちします」とお礼の言葉に素っ気なく返事したオーウェンはオリヴィアと共に夕食の食器の準備を手伝い始める。
老年期に差し掛かるイーサンは今は狩をしておらず主にオーウェンが狩をして隣人へ分け与えている。そうして北の大地では隣人同士支え合い助け合って生きてきた。
悲しい事にその料理の才能を母親から受け継いだオリヴィアは狩や家畜の世話を出来る範囲で手伝っており今は足手まといにしかならない為黙々と皿の準備を勤しんでいた。
料理が出来上がる頃イーサンが食堂兼リビングにやって来た。
「狩のついでに見つけたのでよかったらどうぞ」とオーウェンはそっと紙に包まれた薬草をイーサンに差し出す。
その薬草はこの近辺には生えておらず狩場の先の険しい場所にしか生えていない。
ついでと行ったがわざわざ足を伸ばしてオーウェンは取りに行ったのだろう。
この薬草は寒い時期にかかる風邪によく効く為イーサンの仕事場の貯蔵庫にはもう残り少なくなっていた。イーサンもそれを知っている為に少なからず驚いた顔をした後「わざわざ申し訳ない、ありがとう。助かります」と感謝の言葉を口にする。
父のこういった優しさを目の当たりにする度にオリヴィアはほっこりと暖かい気持ちに包まれる。
「さ、そろそろ食べるよ」とデミの大きな声を合図に皆んな席を着き祈りの言葉を捧げて食べ始める。
オリヴィアは小柄な身体には似合わずビックリする程の量を食べる。
「どんなけ入るのかこの身体に。魔法でも使ってるのかい?お昼にお菓子もあれだけ食べた筈なのに」デミは呆れた様に声を出すが声は少なからず嬉しそうだ。
「久しぶりの新鮮なお肉もデミおば様のお料理も凄く美味しいんですもの。止まらなくなっちゃう」と無邪気に笑うオリヴィアを見て食卓が和やかな雰囲気に包まれる。
オーウェンやイーサンも母親に似て小さな妖精の様なオリヴィアの身体に吸い込まれる様に消えていく食べ物の様子を毎度面白そうに見ている。小さな風邪を拗らせ元々小さな身体を更に小さくして亡くなったオリヴィアの母親を見て来た最北の住人達にとって元気よく美味しそうに大人の男顔負けに食べるオリヴィアを見ているのは面白いだけでなく安心する意味合いもあるのだ。
日も完全に傾いてそろそろ家に帰ろうかオーウェン親子が腰を上げた時にノックの音がした。
外からは馬の嘶く声がして複数人の人の気配がする。いつもオーウェンが歩く時に鳴らす剣と鞘のぶつかる様な音も微かながらに響いている。此処には滅多に人は訪ねて来ない。
オリヴィアの記憶にある限りでも数える程しか記憶にない。
イーサンの薬は冬の間は足が遠のくが通常は毎週末には馬で半日かかる村まで買い物がてら卸している。先日丁度村に卸しに行ったばかりで此処を訪ねる者に、ましてや武器を携えて訪れる友人にも誰1人として心当たりはない。
どんな時でも寝る時以外は剣を離さないオーウェンは柄に手を添え真っ直ぐにドアを見つめる。
デミは小柄なオリヴィアを抱える様に抱きしめて
イーサンも火搔き棒を手にオーウェンに続く。
「夜分遅くにすみません、イーサン殿はご在宅でしょうか?隣人のオーウェン氏とエヴァリーナ王女についてお尋ねしたいのですが、」とよく通る声で要件が述べられる。ハッとした様に顔を見合わせる大人達を差し置いてオリヴィアは1人混乱する。大人達の様子では何かお互いに通じるものがある様で、1人状況の分かっていないのはオリヴィアだけの様であった。
目を合わせたまま沈黙を貫く大人達の静寂を切り裂くようにもう一度声がかかる。
「申し遅れました、此方はライリー殿下の使いで参りました。お手数ですが扉を開けて頂いても宜しいですか?危害を加えるつもりはありません、ただお話をを伺いしたいのですが」と言葉尻は丁寧でも此方の返答次第では無理に扉をこじ開ける事も厭わないと暗に含めた口調で続けられる言葉に動いたのはオーウェンだった。
柄に手を掛けたままドアに向かって声を上げる。
「申し訳ないですがエヴェリーナ王女は此処には居ません。何かご用ですか?」と返答する父を見てオリヴィアは益々混乱する。オリヴィアの母のエヴェリーナを王女と呼んだ事は今迄一度も聞いた事はない。
にも関わらずごく自然に母に向かって敬称を付けて話す父はエヴェリーナの知らない人を話す様な口ぶりであったからだ。
「扉を開けて頂いても宜しいですか?折り入ってお話したい事と確認したい事があります」此方の言う事など聞く余地も無さそうな声色にため息を吐いたオーウェンはイーサンとデミに目配せをした後ため息をつく様に扉を開ける。
扉の奥から覗いたのは灰色の髪を後ろに撫で付け紺色の上等な服に身を包んだオーウェンより若くオリヴィアより年のいった丁度エヴェリーナと同じ年くらいの男性であった。
「ありがとうございます、私はライリー殿下の使いで参りました。ルドワール王国宰相のルークです。夜分遅くに申し訳ありません」と幾分柔らかくなった声色でオーウェンに対して返答したルークは部屋に中を見渡すと驚いた様に目を見開き言葉を詰まらせた。
何をそんなに驚く事があるのだろうとオリヴィアは不思議に思うがルークの視線が自分に注がれている事に居心地の悪さを感じる。
それに気付いたかの様にデミのオリヴィアを抱える手により一層力が入る。
「、、エヴェリーナ王女。」と声にならない声でそう呟くのをオリヴィアは見逃さなかった。
「オリヴィアは私の娘です。エヴェリーナ王女ではありません。」ルークの視線をオリヴィアから遮るように立ったオーウェンは強く否定する様に言い放つ。
我に返った様にルークは後ろの騎士達に目配せし「部屋に中に立ち入る許可を頂けませんか?私以外の物は外で待機させておきますので」とオーウェンとイーサンに向かって尋ねてくる。
このまま相手が引き下がる筈もなくオーウェンとイーサンが目を合わせてため息を吐いたのを合図にルークはイーサン家に足を踏み入れた。