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レゾンデートル・オン・ザ・ムーン  作者: 伊豆泥男
第1章 神にとっては小さな一歩、人にとっては大きな一歩
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第4話

 作戦はシンプルだ。


 ユダが集めてくれた部品を使い完成したジャミング装置。それを大気圏突入の通信障害の隙に、通信室に設置する。そうして通信障害の時間を、三十分ほど延ばす。おそらく月への着陸も三十分ほど遅れ、船は空で一時待機することになるだろう。


 そして同時に、船のシステムに侵入する。自動操縦のシステムに介入し、搭乗口のみ、途中での指示変更ができないように改竄する。そうすることで、空中で待機している間、本来なら着陸しているはずの時間に、搭乗口が開くはずだ。その隙に、空から飛び降りるのだ。この算段なら、俺たちが船内から消えたとしても、突如ハッチが開いたことによる不幸な事故として処理される可能性が高いだろう。


 作戦は順調に進んでいた。不気味なくらいに。懸念していた部分、ジャミング装置が作動するか、また船が上空で止まってくれるかなども、問題なくクリアできた。何か、それこそ神のような大きな力に助けられているとしか思えなかった。


 予定通り、搭乗口が開く。月の地表が見える。高度は大体五千メートルだろうか。酸素は薄い。マスクがなければ致命的だっただろう。


「じゃあ、行くぞ。お前ら覚悟はいいか」


「……ええ」


「もちろんっスよ!」


 こんな状況でも飄々としているユダはともかく、妹の顔は晴れていなかった。その表情からは、彼女が何を考えているかはわからない。俺に言わるがままに神から逃れようとする彼女は、一体何を思うのか。


 しかし、悩んでいる暇はない。妹の真意は、逃げてからまた聞けばいい。とにかく、生き延びることが最優先だ。俺たちは、神の贄から逃れるのだ。月の神たちの消耗品としての人生から解き放たれるのだ。


 そうして俺たちは飛び降りた。月の空は、地球のそれよりも温度が低い。専用のスーツは用意していたが、寒さはそれをも貫き肌へ届く。しかし耐えられないというほどではない。すべては順調に進んでいた。後は月の地面に激突する寸前に、船の疑似重力場発生装置に手を加えた、重力を反転させる機器が作動し、無事着地できるはずだ。


 五千メートルから落下しながら見下ろす月面は、地球と何ら変わらなかった。緑があり、山があり、海があり、街があった。神がいるからといって、天上の世界じみているわけではい。当然だ。月の神も、源流を辿れば俺たち地球人と同じなのだから。


 地面が近づく。そろそろ機器が作動する。着地地点も調整しなくてはいけない。できるだけ月の神に見つかりにくいところ、行方不明として処理される可能性が高いところに落ちなければならない。


 スカイダイビングよろしく、二人とハンドサインで確認をする。意識ははっきりとしているか、機器はきちんと作動しているかを聞く。どちらも問題はないようだ。よかった。このままいけば、無事に月へと降りられそうだ。


 降りた後どうするかは、正直に言えば、考えていない。神に反旗を翻しテロを起こすか、人格を入れられた神の一人を装い新たな人生を送るか、他にも様々な選択肢が考えられる。しかし俺は、そのどれでもいいと思っている。どんな選択をしたにせよ、自分の頭で考え、自分で選んだ道ならば、それは誇れるものになるだろう。たとえその先に待つのが悲惨な死であろうとも、自ら生きようとした結果ならば、そこに後悔はないだろう――


 と、俺が自由の先に想いを馳せていると、ユダが不意に動いた。



 突然、ユダは懐から小型の銃を取り出し、妹へ向けた。



「――――――――ッ!」


 気がついた時には、すでに弾丸は発射されていた。濁音と半濁音の中間のような破裂音が一瞬響くが、速度にはついてこず大空に置き去りになる。

 幸い一発目は、落下の慣性や地球と月の重力差により明後日の方向へ飛んで行った。妹は弾丸は当たっていない。しかしユダは冷静に、撃った反動で崩れた姿勢を立て直し、再び銃口を向けた。先ほどのずれから軌道を修正するのだろう。俺は急いで妹を守ろうとしたが、二発目は無慈悲に放たれた。


 次なる弾丸は、妹自身には当たらなかったものの、腰の重力反転機器を正確に打ち抜いた。


 重力反転が作動しなくなり、妹の落下速度が増加する。このままでは、妹の加速度は増し、地面に叩きつけられ死んでしまう。それだけは避けなくてはならない。このまま死んでしまえば、妹は何も選ばないまま死ぬことになる。神の贄になるのと何ら変わりない、己の意志の介在しない死だ。そんな形で、妹の人生を終わらせたくはない――


「カグヤ――――ッ!」


 俺は妹の名前を叫び、手を伸ばした。妹も俺を求める。妹の目は、これまでの諦観に満ちたそれとは違った。死を目前にした時の、恐怖と絶望の入り混じった目。今まで彼女が言わなかった、「生きたい」という思いのにじむ目だった。そんなものを見てしまえば、見捨てることなんて絶対にできない。伸ばした手が二度三度空を切る。どうか、届いてくれ――


「タケル兄、さんっ!」


 妹が声をからす。そして、手は届いた。俺は妹を引き寄せ、抱きしめる。彼女の瞳には涙がにじんでいた。


 妹の無事を確認すると、俺は頭上にいるユダを見据えた。その目からは感情は読めない。ユダは追撃はせず、銃を懐にしまった。


 ユダも捨て置けないが、今は早まる落下をどうするかだ。俺が改造した重力反転機器が機能するのは、地球重力下換算で八十キログラムまでだ。俺と妹の二人で落ちると、制限重量を超えてしまい無事では済まない、どちらも死んでしまう可能性も大いにありうる。


 死んでなるものか。そして死なせてなるものか。俺はその一心で、スーツから小型の工具を取り出した。妹の反転機器は打ち抜かれた。しかし今なら、配線をいじれば直るかもしれない。幸いアクシデントに備えて予備のパーツは持っている。そしてユダとは、落下速度が増したことですでにかなり距離が離れている。追撃してくることはないだろう。俺は一縷の望みにかけ、落下しながら修理を始めた。


 これまでにない緊張感の中での作業だ。少しのミスが死に直結する。しかし、失敗するわけにはいかない。俺は絶対に死なない、妹は絶対に死なせない――――


 月面が無慈悲に迫っていた。


 そして

第5話の投稿は、2/14(水)を予定しています。

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