異世界シャワー
「マリグランデの街が陥落したらしい」
その凶報に間抜けな顔で口を半開きにして応じたのはヴェルストリエ王国近衛騎士団筆頭騎士、銀閃のノクタールだ。
王国で随一と謳われた男が普段の冷静な表情を崩し、かつて王国を襲ったドラゴンの襲撃にすら見せることのなかった動揺を露わにしている。
それがどのような意味を持つのか、ノクタールに凶報を告げた同僚の騎士とて理解していた。
張り詰めた空気が二人の間に流れるなか、ノクタールは感情を押し殺すように静かに問うた。
「マリグランデの街は我が国において最も堅牢な街。どこがあの街を落とした? クリスタルドーン教国か? グル=グ=グ異人共同体か? もしやエレナ帝国ではないだろうな?」
「違うんだ、……シャワーが出た」
瞳を閉じて、静かに、そして深く呼吸を行う。
それだけで、ノクタールはマリグランデの街に起った出来事の全てを悟った。
シャワーは嵐や地震と並び災害に認定される恐ろしい化物だ。
例え英雄と称される勇者であってなお、シャワーの前では時として膝を屈してホカホカ温まらざるを得ないだろう。
故にシャワー討伐は国家全ての戦力を投入して行われる。
既に他の騎士、そして兵士にも通達が行われているのだろう。
チラリと窓の外を覗いたノクタールは、見知った兵士達が慌ただしくタオルと湯桶を持ちながら走ってゆくのを確認する。
これからどれだけの人がホカるのか分からない。
恐ろしい化物シャワー。その魔の手によって数多の戦士、そして人々がホカってしまう。 そんな絶望的な未来を幻視したノクタールは、いてもたってもいられず自らの愛剣を手に取る。
「まてノクタール! 一人で行くつもりか!?」
「シャワーを放ってはおけない。奴を野放しにしておくと、どれだけの人がさっぱりするか……」
「軍の編成が終わっていない! もう少し待ってくれ!」
「その間に人々がホカってしまう! 罪もない、人々が!!」
「そう言えば、お前の故郷は……」
同僚の騎士はそれだけでノクタールが抱え込むものの大きさを知り、彼を止めることを諦めた。
かつて存在した街。シャワーの襲撃によって今は温泉街となってしまっているその街こそノクタールの故郷。
目の前で家族がホカる様を見せつけられた彼が、どれほどの想いを持って今まで研鑽を重ねてきたのか、それが痛いほどよく分かった。
「もう、俺は大切だった人たちがほっこりバスローブに身を包んでコンビニで買ったアイスを突きながらドラマを見るような――そんな光景は見たくないんだよ!」
窓を割って外に飛び出すノクタール。
同僚の騎士もそんな彼を止めることなく見送る。
無事ホカらずに帰ってきて……。
叶わないであろうその願いを胸に、同僚の騎士(実はボーイッシュ系美少女)はノクタールを見送るのだった。
……一人の男が走る。
その男こそ銀閃のノクタール! 正義の徒!
行けノクタール! 異世界の平和を守るため!
シャワーを倒して人々の笑顔を取り戻すのだ!!
こうして、一人の勇敢な騎士と異世界シャワーの壮絶な戦いの火蓋が切って落とされようとしていた!!!!!!!!!
ちなみにシャワーを倒すとあれやこれやするとなんかコックを捻るだけでお湯が出る凄いアイテムに変化するのだ!
そのお湯はなんか上手い具合に温度も調整されているし、水源もなんかこう上手い具合にあれがそれなのだ! それがシャワーなのだ!
人々はなんかもう上手い具合にシャワーを日々の生活に役立てている。
老若男女分け隔て無くシャワーを利用している!
みんなシャワーの虜なのだ。凄いのだ!!
異世界は!! 今日も!! 平和だったのだ!!!!!!!!!!