キャンプセットの万能感
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俺は今夜も上代公園へ向かう。
短刀所持の言い訳をするため、バイクにはキャンプ道具一式を積み込んでいる。
これなら万が一職質されてもごまかせるだろうというデリのアイデアだ。
黒魔女と戦い、クロスケから短刀を借り受けてから10日経った。
偵察に放たれたであろう、小動物型黒魔獣を数体仕留めたが、大型魔獣も黒魔女本人も姿を現してはいない。
スピアー杉さんはタミーが敵の出現を感知できるので、敵が現れた時だけ来れば良いはずなのだが、どういう訳か毎晩俺と同じように公園に姿を見せるようになった。
「あの、こんばんは」
「よっ。缶コーヒー飲むか?」
何もない日はベンチに腰掛け、缶コーヒーを飲みながら近況を語り合う程度には親しくなった。
恥ずかしい名前で呼ばれるのにも多少は慣れた。
「お前さんはいつもその格好だよな」
杉さんはすこし照れたように俯きながら答える。
「あの、変身しているところを見られるのは恥ずかしいので、自宅で変身してから来るんです。それに身体能力も上がるのですごく早く走れるんですよ!」
「あの、アームドライダーさんの力はどうやって手に入れたんですか?」
「短刀は友達から借りた。プロテクターとヘルメットは市販品だ」
お互いの正体について言及しないのは暗黙の了解というやつだ。
タミーの奴は、妖精王子が生きていて俺に力を貸していると思っていたようだが、違うと分りずいぶんと落ち込んでいた。
それを慰めるスピアー杉さんを見ていて、彼女が何故自分の得にならない戦いに身を投じているのか合点がいく。
自分のペットのために何かしたいというところか。
俺も猫を飼っている身、その辺りは理解できてしまう。
「あの、あの人、黒魔女は何がしたいんでしょうね?」
「そうだな、推論になるが…」
黒魔女の目的は単に強い力を得ること、その一点らしい。
話を聞けば、妖精の国の秘宝とやらは上代神社の御神体と同じく、力の結晶体。タミー曰く魔法力の集合体のようなものだったらしい。黒魔女は自分の力を高めるためそれを奪った。妖精国を滅ぼしたのは、単に妖精国が小さく住民も少なく脆弱だったからに過ぎない。
この世界、この国は彼女一人の力でどうこうできるサイズではないので、こそこそと活動しているのだろう、と結論付ける。
そもそも近接戦闘になれば、素人の俺に石打たれる程度だったしな。
攻撃さえ通じれば訓練を受けた警官や自衛官が複数名で、対処できるレベルの戦力しかないだろう。
「あの、それでも」
杉さんは、決意に満ちた表情で俺を見上げてくる。
「私たちで何とかしたいです」
今警察に「魔女がいます」などと通報しても悪戯にしか思われない。
俺たちが動かなくても、クロスケの一族やそれに連なるしかるべき機関が動けば事は収束するかもしれない。
俺たちがここで何もしなくても、俺たちの日常には影響なないだろう。
それでも。
「やろう、俺たちで」
でもやっぱりこの格好で話するのはきついな。
「ふふん、お揃いのようね」
姿を現す黒い魔女。
妖精国からの通路を開きやすい、それがこの公園に現れる理由だという。
「たぬ、現れたたぬ」
「タミーは隠れてて!」
素早くベンチの影に隠れるタヌキ妖精。
黒い衣をまとった少女、その傍らには以前戦ったのと同じ騎士型が2体、鹿型猪型が各1体。
仮面は俺が叩き割ったので今日は素顔だ。
やはり軍隊的な戦力を揃えるほど強くはないのだろう。
「よっ。鼻血は治まったようだな。前歯は差し歯か?」
「うるさい!貴様だけは絶対に許さん、殺してやる!」
配下の黒魔獣をけしかけてくる。
「あの、任せてください!」
槍型を手にスピアー杉さんが前に出る。
「シャイニンッフレアー!」
槍から放たれた炎が猪型と鹿型を飲み込みあっさりと消し去る。
以前はあれだけ苦戦していたというのに、変身期間が長くなり、魔法への順応力が上がって戦力が格段に向上したらしい。
「シャイニンッライトニング・バースト!」
向かってくる騎士型一体を刺し貫きそのまま新技で消し去ってしまう。
「アームドライダーさん、お願いっ」
そしてそのまま黒魔女に向かってダッシュする。
初めて会った時とは戦闘力に雲泥の差が。
俺の協力なんていらないレベルだろう、さすが超常能力者だ。
「任せろ」
俺の相手は騎士型一体。鎧に短刀は相性が悪いので、そこらの適当な石を手に取り、大きく振りかぶる。
「潰してやるぜ」
騎士型の斬撃をかわし、石を叩きつける。
狙いは小手、うまく命中しその手から剣が落ちる。
そしてそのまま動きが止まるまで、石で滅多打ちにする。
「消滅しろ、アームド斬撃刀!」
ネーミングはテキトーだ。どうせ今後人前で使うことはあるまい。
短刀を抜くと首筋にめがけて一閃する。騎士型は首と胴の隙間から黒い霧のようなものを噴出し、消滅する。
「たぬ、アームドライダー、スピアーが!」
タミーの悲痛な声を聞き、俺はスピアー杉さんと黒魔女の方に目を向ける。
ピンクの華やかな衣装を黒い煤と泥で汚し、黒魔女の手で首を絞められるスピアー杉さんの姿が目に入る。
いつの間にか黒魔女も鎧のようなものを身にまとっている。さすがに近接戦闘対策はしてきたということか。
「テメェはそこで死んでろ!」
黒魔女が口から衝撃波のようなものを発すると、俺は大きく吹き飛ばされ全身を強く打ち付ける。
「ぐぉ、コミネのプロテクターがなければ死んでいたぜ」
ピリピリとした痛みが全身から伝わる。
何か所か折れたかヒビが入ったかもしれない。
俺はタミーに声をかける。
「タミーよ、すまんが少々時間を稼いでくれ、その隙に俺が……最後の……」
「たぬ、分かった、まかせるたぬ!」
黒魔女にかけてゆくタミー、あれでも魔法を使えるので少しは時間が稼げるはず。
そして俺は自分に残された最後の、そして最大の武器に目を向ける。
衝撃
それが俺の最後の希望だった。