第八十四話 敗者の褒美、勝者の罰
作中時間は現在七月。いや、この寒いのに夏の話が書けるかと。
そんなわけで、寒くてあつい番外編。ささやかなこたつ戦争をお送りします。
『敗者の褒美、勝者の罰』
「ぜったいに負けられない戦いがある」
絶体に、負けたくない戦いがあった。特に、この男だけには。
「よしよし、頑張れよ日本代表」
私の生活の安寧がかかっていた。ついでに意地とかプライドとか、そんなのも多分に。
「ぜったいにっ、負けられないっ、戦いがっ」
「はいはい、負けられないもんな。頑張れよ」
どれだけ足蹴にされようとも。どんなに道を阻まれようとも。
「あなたごときにっ!この場所は渡しませんっ!」
「はいはい。こたつの独り占めはやめような、奈央さん」
撃沈。私の戦いは終わってしまった。しかし、しかしまだ諦めてはいない。
「遥人さんのおばか!こたつさんは私と二人っきりが良いとおっしゃっているんですよ!」
「俺にはギシギシと悲鳴をあげてるようにしか聞こえないなぁ。あと、今奈央さんが蹴ってるのは俺の足じゃなくてこたつさんの足だから」
「こたつさんんんん!死なないで!」
絶体に負けられない戦いがあるのだ。こたつさんを我が物にするのだ。
一月も末日の今日この日は、今年一番の大雪が窓の向こうを純白に染め上げていた。
もちろん私たちも、エアコン様と石油ストーブ様の恩恵を全面的に授かることとなっている。しかし。
寒いのだ。まだまだまだまだ寒いのだ。冬に至る今この季節は、石油ストーブ様もエアコン様も凌駕して私に差し迫っていた。
時刻は午前9時。気温が上がってくるにはまだ早い時間帯だ。そもそも、予定のない休日なのだから昼頃まで寝ていれば良かったのに。
良かったのに、私にそれは許されなかった。昨日の夜だった。我が家の三枚の電気毛布のうち、二つが配線トラブルでこの世を去った。
当然、真央ちゃんに甘々な私と遥人さんは、残った一台を真央ちゃんにあてがったわけだ。
遥人さんの「予備が二三台あるから大丈夫」という嘘っぱちは、遠慮していた真央ちゃんを納得させるのには充分だった。
「しかしですね、実際電気毛布なしはキツすぎると思うんですよ。ぶっちゃけ夜の内に体が冷えきってましたもん」
「俺も同じ立場だってことを忘れんなよ」
いやいや、そもそもこの男が予備の一つや二つくらい、ちゃんと用意しておけば良かったのだ。
「というわけで、あなたは責任をとってこたつさんから出てください」
「だからお前が蹴ってんのソレ、こたつさんの足だからな」
すみませんこたつ先輩!全部この男が悪いんです!私はなーんにも悪くありませんから!
「俺たちが我慢したお陰で、真央さんはすやすやと眠れてるんだ。その成果を糧にして耐えろ」
「嫌です!私も真央ちゃんと同様にすやすやと眠るんです!」
だったら真央ちゃんの隣で寝てこいって?それは駄目です。興奮し過ぎて眠れませんもの。
「だいたい、何でうちのこたつさんはこんなに小さいんですか!三人入るんですよ、三人!」
「元々は俺一人が入れりゃ良かったんだよ!立場をわきまえやがれ居候が!」
「遥人さんこそレディーファーストの精神を少しはわきまえたらどうですか!この逆フェミニスト!」
「あれれ?どこにレディーがいるって?俺には女と雌の境界線をしたたか練り歩く中途半端な生き物しか見えないけどなあ」
「むきいぃぃい!」
舌戦も熱戦なら、こたつの中の四本足の縄張り争いは輪を架けて熾烈である。
私がフィジカルで劣るのをむしろ利用して、遠慮なしに彼の足を蹴り続ける。
もちろん男としてのプライドが多少なりとも残っている遥人さんだ。強い反撃には出れない。
このままなら、私が押し切れる。
「ちぇっ、仕方ないなー」
「ふっふっふ、どうやら私の勝ちのようですね」
「……もういいや。真央さんの隣で寝かせて貰おうっと」
「って待てやああああ!」
この男、いったいどこまで卑劣なのでしょう。この私に対して、真央ちゃんを人質にこたつからの退去を強制するとは!
「くっ、わかりました。ここは私が退いて……」
と、負けを認めると見せかけて真央ちゃんの部屋に外側から鍵をかけてくる作戦です!
戻って来たら再び反撃。そうしたらもう遥人さんの居場所は何処にもありません。完璧です。
こたつに入りたいんですか?そんなに入りたいんですか?じゃあほら、足揉めよ、早く。
とかいろいろやらせちゃうんですから!さて、では真央ちゃんの部屋に……。
「ちょっと待て。何もこたつから出ていけとは言ってないぞ?俺は」
「……はっ?」
まっまっまっまさか!こたつに入りたいんだろ?ああ入りたいんだろ?じゃあほら揉ませろよ早く。とか考えてるんじゃ!
「そっ、その手には乗りませんよっ!」
「あのね奈央さん。妄想は自由だけど物語の方針ぶっこわしかねない危険思想は控えてねマジで」
違うのっ!?もっとすごいのっ!?もしかしてもしかして、あんなことやこんなことを強要されちゃったり!?
「遥人さん……それはちょっと過激過ぎやしないかと思うのですが」
「だから違うわっ!なんで半年以上も一緒にいてそんな人格疑われるような妄想されなきゃならないんだよ俺は!」
いや、でも、ねえ。
「だってこの前遥人さんのベッドの下で見た本には」
「ごめん!いやほんとゴメンマジで!俺が悪かったって!こたつだろっ!?こたつを渡せばいいんだろ、なっ!?」
「いや、慌てすぎですよ。テキトーに言っただけなのに」
痛い沈黙が流れた。私がニヤリと笑ってやると、遥人さんは『このくそあま』と呟いて顔を臥せた。
「それで、私にどうしろって言うんです?」
「……だから、こたつを二人で使おうって話そうとしてたんだよ、俺は」
なんだか不貞腐れているようだった。たまに、彼にも可愛いところがあるんだなと思う。
本当にたまにだし、普段はひねくれ過ぎてて可愛いくもなんともないけど。
「嫌ですよぅ、狭いし」
「大丈夫だって。互いに気を遣い合ってだなあ」
確かに、狭いとはいえ人二人が並んで眠れない幅ではない。むしろ、二人ならばなんとか、といった具合である。
「なるほど、では百歩譲りまして、狭さは我慢しましょう」
「何様だよ……まあいいや、ならそうしようぜ」
そう言って、彼が寝転んだ。私の座るすぐ横に彼の足がにょきっと飛び出して来た。
「けど、遥人さんの足が目の前にあるとか論外です。私の綺麗な足が遥人さんの目の前にさらけ出されるのも、なんだか惜しいですしねえ」
持ち上げて落とす。最初からこんな風に言うつもりだったわけだが、遥人さんも巧くひっかかってくれたものだ。
「だから、遥人さんは早く出てってください。ね?」
「……ほう」
落ち込むか呆れるかいじけるか、そのいずれかであるとばかり思っていた。けれど、彼の反応は私の遥か上を行っていた。
むしろもう、この時点で私は嵌められていたのだ。
「こたつは独り占めしたくて、真央さんのところにいくのは駄目で、二人で協力するのも嫌だ、と」
ほほう、成る程ね。と呟いて、彼はニヤリと口元を吊り上げた。何やら愉快そうな様子である。
「なら、残る手段は一つしかないわな」
むくりと立ち上がった彼は、こたつを半周して私へと迫ってくる。まさか、引き摺り出す気でしょうか?
「そうはさせませんよ!私はこたつさんの二本足を掴んで離しませんからね!」
私はこたつに潜り込み、顔だけ出して反抗の意を口にする。ああ、こたつ温かいなぁ……。
「ああ、結構結構」
というか、何なんでしょうか、この余裕は。私の真横で座り込んだ彼は……まさかっ!
「ならもう、並んで横になるしかないわな」
「ちょっ、待っ」
「お邪魔しまーす、っと」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!
かっ、顔がっ、体がっ、こんなに至近距離に来ちゃってるうううううう!
ムリっ、ムリだよ!何だか体が熱くなって来ちゃうし!ていうかもう、体密着もいいとこだし!
「ほらな、これで解決だろ?」
「ばかああああ!もう私出るううううう!」
「あっはっはっは。こんなキツキツの中で出られるわけないだろ?」
「にゃあああああああ!」
なんでっ、なんでそんなに楽しそうなのおおお!死ぬっ、恥ずかし過ぎて死ぬううううう!
「せめてあっち向かせてくださいよう!」
「ムリムリ。このまま向き合ってるしかないって」
いやあああああああ!そんなに見つめないでええええええ!吐息がかかるとかもう、もう!
「だいたい、そんなに寒いなら最初からこうすればよかったんだよなあ」
「とか何とか言いながら、なんで腰に腕を回してるんですかあ!やっ、そんなにギュッとしないでくださいってば!」
「腰ほっそ」
「えへへ、そうでしょう?って違うわ!」
もうお嫁に行けないいいいい!というかもうお嫁に行きたくない!ってアレ?そうじゃなくて!
そんなに抱き締められたら困ります……キツくて、あったかくて、なんだかすごく幸せで……。
「遥人さん……私、もう……」
「っと、まどろんで来たところでくすぐり地獄ぅ!」
「ってなにを、あっ、やっ、ムリ、ちょっ、もう!」
にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!
死んじゃう!いやリアルに!くすぐったいとかもうそんなんじゃなくて、普通に笑い死ぬんですけどおおおおおおおおおお!
「はい休憩」
「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」
「はい再開」
「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「はいやめー」
………………………。
……これ……死ぬ……。
「最近少し我が儘がすぎる奈央さんに、ちょっとした罰ゲームでした」
「うぅっ、ひどいです、あんまりですっ」
「あれっ、やり過ぎた?」
やり過ぎに決まってますよう!と叫ぶ気力さえもありません。何だか、疲れました。
するとどうでしょう。彼の腕が、ポンポンとリズム良く、優しく背中を叩くのです。
それは本当に、何だか幸せなリズムで。とっても温かい心で。
「おやすみ、奈央さん」
それはもう、離れられそうにないくらい、忘れられそうにないくらい、優しい言葉で。
「……おやすみなさい、遥人さん」
それは、どうしようもないくらい、幸せな時間で。
ある冬の日に勃発した、私と彼の『こたつ戦争』。
勝ったのは多分、私。だって、こんなに幸せなのですから。
番外編『敗者の褒美、勝者の罰』END
こんな一日
そんな日常
息抜きとして、内容的にも製作時間的にも本当に気軽にやれた一話でした。
さあ、頑張ろう。




