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日常賛歌  作者: しろくろ
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第七十七話 まかり通してなんぼ

 はい。というわけで今回も、紫音の離別騒動が続きます。


『第七十七話 まかり通してなんぼ』


 どうやら、彼と彼女はショックを受けているようです。


 私は思うのです。


 曇らぬ空がないのなら、止まない雨もないのだと。


 私は思うのです。


 いつだって、誰かの空を曇らせるのは、雲を運ぶ小さな風で。


 そして、曇ってしまった空を晴らすのも、同じように小さな小さな風なんだって。


 私は知ったのです。


 太陽にはなれなくて、雲にさえもなれなくて。そんな私にも、できることがあるのだと。


 あなたは教えてくれたのです。


 風は、私なのだと。




「……はぁ」


 ため息が漏れるのを聞いた。そんな、雨の季節の終焉を思わせる快晴の日の昼下がりだった。


 気に入らない。本当に。


「遥人さん、なんだか元気がないですよ?」


 テレビをつけて、テーブルにはみんな大好きじゃ○りこのサラダ味。


 いつもの三人で卓を囲んでいた私たちは、快晴の空とは裏腹に妙な空気に包まれていた。


 こんにちは、真央です。率直に言います。気に入りません。


「んー……元気、ないかなぁ?」


「ないですよ!遥人さんがじゃが○こサラダ味を目の前にして手を出さないなんて、そんなの絶対に変です!」


「……査定基準がじゃ○りこかよ」


 いつもよりツッコミに気持ちが乗っていない、そんな彼だった。やはりどう見ても、元気がない。


「まったく……ねえ奈央ちゃん、いつもの遥人さんはもっと元気だよね?」


 ぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼり。


「ぼりっ?」


 ぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼり。


「いやだから、遥人さんに元気がないなぁって」


 ぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼりぼり。


「そうかなぁぼりぼり。遥人さんはいつもあんな感じの根暗野郎だと思うよーぼりぼりぼりぼり」


「……奈央ちゃん、ぼりぼりするのをやめなさい」


 こっちはこっちでお菓子にがっつき過ぎ。つーかぼりぼりうっさいです。げっ歯類かっつーの。


「てか奈央さん、さりげなく人を根暗扱いすんな」


 遥人さんがようやくお菓子に手を出しながら反論するものの、今の彼はどう見ても根暗です。


「根暗を根暗と言って何が悪いんですか、ねえ真央ちゃん」


 いや、私を巻き込むな。知らないから。奈央ちゃんの善悪とか心底興味ないから。


「はいはい、どうせ根暗ですよー俺は」


 ある種の諦めさえも含んだ、そんな台詞だったと思う。吐き捨てるように呟いた彼は、ため息と同時に席を立った。


「遥人さん……?」


 思い詰めた様子の彼を見て、声をかけずにはいられなかった。それが、単に自分の無意味さを実感するだけの結果であっても。


「あ、いや……ちょっと出掛けてくるね」


 得意技の作り笑顔を振り撒いて、遥人は財布すら持たずに逃げるように玄関へと向かった。


 いけない。このまま行かせちゃいけない。



 私の胸の奥の方で、警鐘を鳴らすみたいに心臓がドクドクと速やかに脈打っていた。


「待って!」


 何かに突き動かされたのか。純白の少女は少年を引き留めた。


 玄関。外の世界へと続く扉に手をかけた彼。


 私に、引き留めることができるだろうか。そんな不安が、今さらながら頭をよぎる。


「――なに?」


 彼は笑っていた。曇り切っているはずの心を完璧に覆い隠して、それでも自然で当然のように笑っていた。


 気づいてしまった。


 ―――ああ、なるほど。

 これが、私には越えられない壁なんだ。これがあの人の仮面なんだ。


 つまりそれこぞが、妹が畏れ、姉が毛嫌いした、少年の唯一にして最大最悪の欠陥だった。


「遥人さん、どちらへ?」


 嫌だ。


 嫌だ。


 そんな風に、笑わないで欲しいのに。わかっているんですよ。みんな、あなたが今泣きたいんだってことくらい。


「大丈夫。すぐに帰るから」


 馬鹿みたいだった。すぐに帰るからって、そんな無意味で無意義な言葉を吐いた。


 あなたは今ここに居て、それでも心はここに居ないくせに。


 早く帰って来てよ。今、あなたはどこにいるのですか?


「それじゃ」


「あっ……」


 扉は開かれた。何も言えないまま、二人の繋がりを断ち切るみたいに、彼を外の世界へと誘った。


 そして私は、取り残された。何もできないまま、いつもみたいに取り残された。


 呆然とする私を見てか、我関せずを決めこんでいた奈央ちゃんが気だるそうに玄関に出て来た。


「あれは、ああいう奴なんだよ。真央ちゃん」


 立ち尽くす私の肩をそっと抱いて、奈央ちゃんは私に言い聞かせるように囁いた。


 冷たい目をしていた。そして、それより何倍も、寂しい目を……。


「寂しいなら……辛いのなら、言えばいいのに。結局あの人は、私たちのことなんてちっとも信頼しちゃいないんだよ」


 だから、嫌いなんだ。


 寂しいのも辛いのも、自分自身のくせに。それでも彼女は強がって、吐き捨てるように言った。


 紫音さんのこと、辛いのはなにもあなただけじゃないんですよ。そう、あの人に言ってやりたかった。


 私だって……。そうやって、不安も不満もぶつけてしまいたかった。


 まったく。どんなことでも歯を食いしばって受け止めるのが男だろうに。


 そんでもって、受け止められずにいる私を優しく抱き締めてくれる。それが、本来のあなたの在るべき姿だろうに。


「それが、私の大嫌いで大好きな、あなたの強さだったはずでしょうが」


「……奈央ちゃん?」


 彼氏に対する愛情たっぷりの不満というか注文をする彼女みたいに、奈央はそんなことを言った。


 真央が疑念を抱かないわけがなかった。


「奈央ちゃん、今の発言は何?」


「いっ、いや!なんでもないっ!なんでもないんだよっ、うん!」


「大嫌いで大好きって」


「っ違うから!違うから!私がしたのは性格とか生き様とか人間性の話であって、だからその人が好きだとか、そういうのには直結しないから!」


「……ふうん?」


 なんだか釈然としないものの、奈央ちゃんがあまりにも必死なので納得してあげることにした。


「ああ、何だか突然眠くなってきちゃったなあ!てことで真央ちゃん、私は部屋に行くねっ」


「う、うん」


 奈央ちゃん、何でそんなに焦ってるのかな?汗すごいし。脱水症状通り越して干からびそうだし。


「ねえ、奈央ちゃん」


「へっ?」


 一瞬ビクッとして、それでも平静を装いながら奈央ちゃんは振り返った。目が泳ぎまくってます。


「なっ、なぁに?」


「ううん。ちょっと」


 そう。本当にちょっとだけ。一つ言っておきたいことがあったから。


「元気、出してね」


「っ!?」


 一瞬で顔を真っ赤にした奈央ちゃん。少し目に涙を浮かべているようだった。


 いや、期待はしたけど、期待以上過ぎて正直気持ち悪い。


「うっ、うん!大丈夫、奈央ちゃんがそう言ってくれたら私はいつでも元気になれるからっ!」


「あぁ、そう?」


「そうだよ!だいたい、私が考え過ぎだったんだよね。たかが紫音さんのことくらいで」


 や、奈央ちゃん。それはちょっと開き直り過ぎ。織崎さんの件は確かにこのアパートにとって大問題だからね?


「……まぁ、私は織崎さんが消えても構わないんだけどね。ただ、遥人さんの元気がなくなるのは大大大問題なの」


「真央ちゃん、それのが言い過ぎだよ多分」


「だからね、奈央ちゃん」


 密かに落ち込んでいた奈央を一声で蘇らせた真央は、まるで強くて格好良い女の子みたいに決定的な一言を放った。


 そう。それは現実をねじ曲げて、通らない我が儘を我が儘と自認して、それでも無理矢理まかり通そうという、そんな決意。


「だから、私たちで変えよう。あの人がいなくなるなんて、そんなつまらない未来。それを変えよう」


「真央ちゃん……」


「遥人さんは、私たちの笑顔のためならいつも簡単に無茶をやるでしょ?だからね、今度は私が無茶するの。遥人さんのために」


 臆すこともせず、怯むこともせず、真央は高らかにそう宣言してみせた。


「第一、ライバルが減るのは私の心身の向上の上であまりよろしくありません」


 織崎紫音を一番嫌っているはずの彼女は、誰もが言えなかった我が儘を言ってのけた。


 『いなくなって欲しくない』って、そんな当たり前な我が儘を、迷うことなく言ってのけたのだ。


 遥人も奈央も、本当はただそれだけだった。紫音にいなくなって欲しくない。それだけだった。


 でも、それがまかり通らない我が儘だってわかっていたから。だから悩んで沈んで、ついには諦めた。


 しかし、真央だけは違った。『強い女の子』を目指す乙女の前には、そんな当たり前は通用しなかった。


「私は、遥人さんのためならなんだってやる。そう決めたの」


 草壁冬介は言った。遥人という少年は、理想が高いのだと。


 望むところです。ならば今回は、私があの人を笑顔にしてみせる。


 強い意志だった。そしてここには、その意志を最大限に汲み取り尊重してくれる存在がいる。


「真央ちゃんがそこまで言うなら……うん。私も一肌脱ぐよ」


 ……決して遥人さんのためではないけど。と、念を押すようにボソッと呟いた奈央。


 苦笑いしながらも、真央はそれを頼もしく思いながら頷いた。


「決まりだね」


 双子の姉妹は、その可愛らしい容姿をこれでもかというほど不敵な笑顔に染め上げて、笑った。


「目的は、織崎紫音の慰留」


「そして、手段は選ばない」


 ニヤリと口元をつり上げて、どこか楽しげな姉妹が先程彼が出て言った扉を開いた。


 とりあえずは、秋隆(どれいと読む)に協力させよう。


 無言のうちに全ての意志を共有して、二人は歩みを始めた。


 無茶とか、不可能とか、そんな風に言われるであろうその道。それでも、歩みを始めた者がいる。


 はてさて。いったいこの騒動はどんな結末を迎えるのやら。だんだん、雲行きが怪しくなって来たようであります。


 ただ、そう。


 そこに『離れたくない少女』と『離したくない少年』がいるなら。


 それだけで、運命は変わるのかもしれない。


 誰かが、そんな空想をまことしやかに語ったのだとか。




 こんな一日

 そんな日常




 いや、ごめんなさい。この一連の話は作者の想像を越えて長引いてしまいそうな気配です。


 今回はシリアスといいますか、ぶっちゃけ内容の薄い話ではありますが、まぁ通らねばならない道としてご理解下さい。


 次回は早くても5月下旬になると思われます。ささやかな応援を宜しくお願い致します。


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