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日常賛歌  作者: しろくろ
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第七十四話 消失の日々、日々の消失(前)

 きっと、それは、夢のような日々で。




 とある雨の季節の真っ只中、今日も今日とて降りしきる雨。その雨音が余計に引き立ててしまったのは、彼と彼女の間に流れる沈黙そのものだった。


 こんにちは、遥人です。そういえばいい加減『お決まりのパターン』と化したであろうこの冒頭の挨拶ですが、みんなはちゃんと返してくれてるのかな?


 あれ?みんな声が小さいんじゃない?恥ずかしながらないでさ、ほら。じゃあみんなで一緒に言おうか。


 はいっ、せーの!


「こんにちはー……」


 って、やっぱり俺一人かよ!?みんなもしかして、いつも挨拶返したりしてないのっ?それは結構ショックなんだけど。


 ……ま、慣れてるんだけどね。返ってこないおはようも、いつも手遅れになるさよならも。


「……しっかし、慣れてるとはいえですよ?なんかこう、あなたの声を忘れそうになるくらいしばらく聞いてない俺としては、そろそろこんにちはくらい返して欲しいかなって」


 わりかし切羽詰まった様子でまくしたてる俺を目の前にしても、それでも彼女は声を発そうとはしない。


 俺がさっきこの部屋に来たときから、ずっとこの有り様なのだ。声を出さない、つまり空気を揺らすことを放棄した彼女が取る行動は、いわゆる『くちぱく』だけなのである。


「ねえ、くちぱくするくらいなら素直に喋りましょうよ?俺も久々に声を聞きたいしさ……紫音さん」


 ここまで恥ずかしいことを言わせたからには、いい加減に彼女の心も動いただろうか。


 美麗なる緑髪の彼女は、そこでようやく鉄仮面の表情を崩した。どこか必死で、どこか悲しげ。


 そんな様子で彼女、織崎紫音は俺に訴えかけるようにして口を開いた。


「     」


「だから、なんで口パク?」


 どんだけ頑ななんだよぉぉお!俺か、俺が悪いのかこれは!?つーかその無駄に必死なくちぱくはなんだよ!


 もしかして。いや、もしかしなくても舐められてるのか?それは良くない。アパートの管理人と住民の関係からして、このままでは非常によろしくない。


「あのね、紫音さん。ちょっとお話が……って、紫音さん?」


 俺が一度しっかりと怒らないと。そう思って少し強めの口調で彼女の名前を呼んだときだ。


 ビクッと体を震えさせた紫音さんは、膝に置いた手をぎゅっと握って俯いた。


 その後すぐに、彼女は外に広がる雨模様にも似た様子でポタポタと雫を流したのだ。


 ……泣いてる、のか?



「……っ……ひっく……」


 少しも声を漏らさなかった彼女の喉が、留まりきれないほどに震えて僅かな音を鳴らした。


「ちょっ、紫音さん!?」


 俺には何が起こっているのか理解できなくて、ただただその濡れた頬に触れてやることしか出来なかった。


 それでも少しだけ落ち着きを取り戻した紫音さん。ほっと一息ついた俺に何かを伝えようとした彼女は、当然の如く口を開いた。


「      」


 なのに、彼女の思いが空気を振動させることはなかった。ただ、ガラクタの様に口を動かしただけ。それだけ。


 けど、お陰様で俺はようやく事態の深刻さを理解するに至ったのだ。


 伝えられなかった思い。それが悲しいのか悔しいのか、紫音さんは再び瞳に大粒の涙を溜めた。


 得体の知れないながらもある種の確信を持って、俺はそっと彼女の喉元に手を触れた。


 同時に、溢れた涙が頬を伝い喉元にそえた俺の手を濡らす。見るに耐えない彼女の表情。そのせいか、俺の言葉にも何処か鎖を巻かれたような。


 彼女の苦しみに気づいてしまった。だから。


 ―――だから、言葉が重い。鎖が俺を離さないかのように、冷たくて重い。


「紫音さん……貴女って人は」


 彼女の喉が、力無い嗚咽を漏らした。音の無い、空虚の嗚咽。


「―――声が、出ないんですね?」


 ゆっくりと頷いた彼女を抱き締めて、俺はそっと頭を撫でてやるのだった。





「織崎さんの声が消失?イヤだなぁ遥人さん。そんなことあるわけないじゃないですかー」


 ひねくれ者の彼が話し出した奇妙ないきさつに、月島奈央の反応は意外にも上々。


 それもそのはず。遥人が語った話を端から冗談であると決めつけていた奈央の心情は、なんとも能天気で楽天的なものだったから。


 うーん、今日の遥人さんはなんだか変なことを言いますねぇ。……けど、これはもしかしてかまって欲しいってこと?


 意外と可愛いところがあるじゃないですか、あの人も。それなら、たまには私がたっぷりじっくりかまってあげちゃおうかな♪


 などと、珍しくポジティブな考えを持って奈央は遥人の後に続いた。後悔の念にさいなまれるのは、もう少し後の話。


「とまぁ、紫音さんの部屋に来たわけですが」


「楽しみですね、声が出ないってどんな感じなんでしょうか?」


 もうなんか、こいつ軽くピクニック気分じゃね?などと、ようやく奈央の能天気さに気づいた遥人。


 こいつを会わせるのは果たして正解なのか否か……なかなか判断に迷うところではあるのだが。


 そうは言っても、状況が状況なのだ。自分一人の頭ではどうしたって解決できそうにはない。


 ならば、奈央さんの鋭いツッコミから垣間見る意外な頭のキレと然り気無く見せてくれる気立ての良さを買って、ここは彼女に頼ることにしよう。


「紫音さーん、戻りましたよー」


 そうと決まれば早速奈央さんをぶつけてみよう。と即決して俺は織崎家の扉を開け放った。


 外にぽたぽたと雨音が響いているのなら、彼女の部屋に響いていたのはしくしくと啜り泣く声だった。


「    !」


 枕に顔を埋めてひたすら泣きはらしていた紫音さんは、先ほどと変わらぬ無音の声で『ようやく帰って来てくれたんですね!』と言っているらしかった。


「ほら紫音さん、泣かないでって。俺が使えそうなのを連れて来たから」


「使えそうなのってどういう扱いですか。失礼な」


 ぽんぽんと紫音さんの背中を優しく叩いてやる。次第に嗚咽は収まっていき、やがて真っ赤な瞳から涙が流れるのも止まった。


「   ?」


 奈央さんを見据えた真っ赤な瞳が何かを呟いた。それはやっぱりどうして俺には聞こえなかったし、その様子から見るに奈央さんにも聞こえていないらしかった。


「へっ?すみません織崎さん、今なんて?」


 奈央さんのある意味期待外れな反応に、紫音さんは一瞬悲しそうに俯く。しかし、すぐに諦めたように彼女はふるふると首を振った。


「……遥人さん。これは、どういうことですか?」


「見たまんま。今朝起きたときから原因不明の肉声無音化現象らしい」


 あんぐりと口を開けて愕然とする奈央さんに、最早さっきまでのようにこの話を冗談と判断することは出来なかった。


「こんなことって……」


 それでもまだ信じきれない奈央さん。いや、この現実を信じたくない奈央さんは、おもむろに紫音さんに近づくと彼女の口の前に掌をかざした。


「奈央さん、何を?」


「黙ってください。……織崎さん、ちょっと試したいことがあるので『セクハラヒナミ』と五回ほど唱えてみてくれませんか?」


「どんな呪文!?テメエどさくさに紛れて遊んでるだけなんじゃ」


「しっ!セクハラヒナミさんは少し静かにしててください!」


 奈央さんの妙に真剣な表情に何かを感じた紫音さんは、おとなしく言われたようにセクハラヒナミと五回ほど唱えた。


「       」


 きっ、聞こえなくて良かった!紫音さんにあんな言葉を連呼されたら俺は普通に傷付くもん!


 しかし、奈央さんは何をしたのか。紫音さんの口の動きが止まった後、しばらく何かを考え込む様に目を閉じた。


「……なるほど。これはおかしいですねぇ、絶対に」


 一つ頷いた奈央さんは、不安そうに目を伏せる紫音さんを優しく撫でると、俺が期待した『意外に頭のキレる女』の表情でこちらに向き直った。


「何か解った?」


「はい。想像以上に不可解ですよ、コレは」


 その言葉に俺は背筋を伸ばした。なにやら大切な話になると悟った紫音さんも姿勢を正す。


「まず始めに、事実は遥人さんの認識と少し違っています。紫音さんは声が出ないから空気を揺らしていないのではなく、『空気を確かに振動させていながら音声が発生しない』という状態のようです」


 それは不可解だな、と返答するのには少しだけ時間を要した。ちょっとこれ、話が難しいよ俺には。


「つまり、あなたの使った『声が消失』という表現がむしろ正しい。私の掌には確かに織崎さんが正しく発声している吐息がかかっていました。それなのに音が発生しない」


 紫音さんが大きく頷いた。それは多分、彼女本人の認識としても『声が出ない』と言うよりか『出した声が消えてしまう』と言える状態だったから。


「それはアレか、そんなに不思議なことなのか?」


「当たり前です。最初に織崎さんを見たとき、私は『すぐに病院に』と思いましたが、この場合は勝手が違って来ますね」


 言ってしまえば、これは最早化学者を連れて来るべき状況。それは何となく俺にもわかっていて、そのせいか初めから病院に行こうとは考えていなかった。


「じゃあ、俺たちはどうすればいいんだ?」


「……それは、私にもちょっと。こんなことを解決できるなんて、いっそもう本宮さんくらい突き抜けた人じゃないと……」


 そうは言っても、これが本宮日和の分野でないことは誰もがわかっていた。ただ、それくらいの人間でなければという事実が重くのしかかる。


 そんな重苦しい雰囲気に飲まれて、解決の糸口を掴めるかもと期待していた紫音さんも肩を落とす。


「すみません……私も何とかしてあげたいんですが」


 紫音さんがふるふると首を振る。結果として余計に空気が重くなったものの、奈央さんのお陰で一歩前進したのは事実だから。


「    」


 『……ありがとう。精一杯やってくれただけで、私は十分です』と、口の動きでなんとなく言いたいことがわかった。


 だけど、しょんぼりと俯く奈央さんにそれが伝わるわけがない。それはお互いにとって、すごく悲しいことだった。


 そんな痛々しい姿を見た俺は、じっとしていられなかった。奈央さんに比べたら笑ってしまうほど無力なくせに、俺は何かを成そうとした。


 せめて、その不安をすこしでも和らげたくて。俺は考えて……とりあえずの打開策を発見した。


「紫音さん。とりあえず携帯を使おう。文字なら言葉の穴を埋められる」


 本当に、とりあえず過ぎて情けないのだけど。それでも紫音さんは『その手があった』とばかりに喜んでくれる。


 伝えたいのに伝えられないこと。それはどうにも不安なことなんだと、彼女を見ていて痛感する。


「紫音さん、俺が必ずなんとかするから。言いたいことをちゃんと言えるように戻してあげるから」


 苦し紛れの言葉だった。あてがあるわけでもないのに、俺はそんな約束をしてしまう。本当に、馬鹿だ。


 不意に、紫音さんが携帯に何かを打ち込み始めた。俺はとりあえず本宮のところに……などと考え初めていたのだが、それを引き留めるように紫音さんは携帯の画面をかざしてみせた。


『遥人さんの言葉で、心当たりを発見しました』


 メール作成画面。宛先はもちろん氷名御遥人であるが、二人がメール交換をすることはあまりない。


 ちょうど今みたいに、伝えたいことがあればそれを自ら伝えに行くから。電波なんていらなくて、それが彼女なこの距離が好きで。


「それは本当かっ!?心当たりって」


 コクリと頷いた紫音に、遥人と奈央は抱きあって喜んだ。紫音が『ちょっと二人とも近づき過ぎ』と言いたかったのは秘密。


「は、遥人さんお手柄ですよ!……でもどうして、遥人さんの言葉に何かありましたっけ?」


 遥人と手を握りあってはしゃぐ奈央が、ささやかな疑問を提示した。紫音はそれに答えることはなく、静かに目を閉じてあることを思い出していた。


 三日前のあのこと。そして、いつ言われたかは覚えていないが、確かに記憶している店主の言葉だ。


『伝えたいことがあるなら、伝えなさい。言いたいことがあるなら、ちゃんと言いなさい。そうでなくては、全部手遅れになるかもしれないから。だって、この世界に永遠は存在しないのだもの。確実な明日なんて、誰も持っていないのだもの』


 遥人が言った。言いたいことをちゃんと言えるように。それを聞いた途端に、思わせ振りな店主の言葉が思い起こされたのだ。


 本宮日和に並ぶ『突き抜けた人』が必要とされるなら、今この状況の原因を知っているのは彼女しかいないだろう。


 喫茶店ノワール、その店主である黒さん。彼女ならば、きっと。


『私のバイト先の店長ならきっと、全部知っているはずです』


 そう素早く打ち込んだ紫音が携帯をかざすと、一人は怪訝な顔をして画面を凝視し、一人ははっと気づいた様に紫音と目を合わせた。


「店長?店長ってそれ、喫茶店のオーナーさんだろ?そんな人がいったい何を」


 首を傾げる遥人を差し置いて、奈央は紫音と目を合わせアイコンタクトをとった。そう、奈央は店主を知っているのだ。


 だから、必然的的にこう考える。確かに、あの店長さんならば、と。


 一度会えばその独特の雰囲気を体に覚えさせられるような、そんな店主。忘れるわけも、みくびるわけもなかった。


「そうと決まれば、話は早いですね」


 未だ納得のいかない俺の肩を、奈央さんが二度ほど叩いた。リストラ時の肩叩きみたいだなぁと思ったことは、本当にどうでもいい。


 俺が奈央さんの方に向き直ったとき、彼女はなんとも清々しい様子で微笑んでいた。そして、親指をクイッと振って、吐き捨てる様に言い放つのだ。


「では、さっさと行ってもらいましょうか。遥人さん」


「って、俺だけ?」


 当然です!と強く言った奈央さんは、以下の様に続けた。


「今回の織崎さんは形こそ違えど病人ですよ?ですから、ここは遥人さんが行って解決方法を聞いてくるべきです」


「む、そうかなぁ」


 最もらしく言ってくれているのだが、どうしても紫音さんを直接連れて行く方が効率的に思えるのは俺だけだろうか。


『やっぱり私もついて行った方が良いんじゃないでしょうか?』


 と、紫音さんも携帯画面を通じて同じ様に進言するのだが、ここはやはり奈央さんに何か考えがあるようだった。


「でも、ですよ?いくらあの店長さんが優秀だといっても、確実に事態を打開してくれる保証はないじゃないですか」


 奈央さんの言い分は正しいのだが、そこを疑ってしまっては本末転倒な気がしなくもない。


 しかし、その店長さんとやらの力を疑う点では俺も同じ。そう考えるなら、紫音さんはここに残って他にもいろんなことを試してもらう方が良いとも言える。


『でも、店長は遥人さんと会ったことがありません。そうなると案内役として誰か必要になるはずです』


 紫音さんが口頭では絶対にやらないような長文の発言をするのだが、何故かその頬はほのかに赤く染まっている。


「それなら秋隆を使って良いですよ。確か前に一度店に寄ったことがあると話していたので」


 秋隆さんに自由はないのか、もう従うことが快感なのかはわからないが、とりあえず案内役には問題がないようだ。


 それに、秋隆さんならば車も出してもらえるはず。つくづく利用価値が高いのは、彼にとって良い事なのかどうか。


「    !」


 そんなわけで方針が決まりそうな場面に来て、何故か紫音さんが膨れっ面でプイッとそっぽを向いてしまう。


「あれれ?織崎さんは何が不満なんですか?」


 そう言いつつ、奈央さんは紫音さんの携帯を奪い取り、手慣れた様子でとある文章を入力してみせた。


『遥人さんと離れたくないんですぅ って喋れたら良かったのに、残念ですね』


 それを見た紫音は、携帯を引ったくり感情任せに思い切り遠くへ投げてしまう。これでもかというくらいにニヤニヤと笑みを浮かべる奈央は上機嫌。


 耳まで真っ赤な紫音はぶすっといかにも不機嫌な様子で奈央を睨んでいる。


 それが何気に遥人好みの表情であるとは、紫音も奈央もわかっていない。


「ちょっと待て、今のやり取りは何だよ!俺はのけ者ですか?」


「そんなことないですよ。今携帯を拾って来ますからそれを見れば……って織崎さんちょっとタイム!」


 奈央が笑顔で言い終える前に、紫音はついにマウントポジションを取りこ憎たらしい桃色に襲いかかる。


「織崎さっ、やっ、その、ほんとごめんなさいっ、私が調子こきました、ほんと、反省してますからっ!」


 ぽかぽかとぶつけられる柔らかそうな拳を逐一防ぎながら、奈央はそれでも腹を抱えて笑いたい衝動に駆られていた。


 ああもう、真っ赤になっちゃって可愛いなぁ。などと悦に入っているほど奈央が余裕だとは、紫音もさすがに気づかない。


「おーい奈央さん。紫音さんが可愛いのはわかるけど、あんまやり過ぎて真央さんから『近寄らないでよ浮気者』とか言われないようにな」


 さりげなく遥人が奈央の余裕を見抜いていた様だが、紫音は『紫音さんが可愛いのはわかるけど』のフレーズに夢中でそれどころではない。


(しっかし、やる気ねえだろこいつら)


 遥人がじゃれあう二人を眺めながらため息を吐いたのだが、二匹の猫の追いかけっこが終わることはなかった。




 方針は決定された。遥人が買い置きしておいたイチゴミルクで二匹の猫もとい奈央と紫音を掌握すると、ようやく追いかけっこは終結。


 最終的には『実は織崎さんに試してみたいことがある』との奈央さんの発言により、遥人が秋隆を伴って喫茶店を訪れるということで方針が定められた。


 何だか寂しそうな紫音を奈央がなでなでして慰めている、そんな光景を見届けると遥人はついに喫茶店ノワールに向けて足を踏み出した。


「それじゃ、お願いしますね秋隆さん」


「まかせてくれ。喫茶店ノワールまでだな?」


 突き詰めていけばあの店には嫌な思い出のある秋隆なのだが、愛しの姉妹の姉直々の頼みとあらば断るわけにもいかない。


「それに、織崎さんには借りがあるからな。私が手伝わないわけにもいくまいよ」


 真に織崎藤森の協定を重んじるならば、ここは無理やりにでも奈央を引っ張って喫茶店に行き、遥人と紫音を二人にしてやるべきなのだが。


(しかしそれだと、真央様に何を言われるかわかったものじゃないからなぁ)


 常日頃、遥人を巡って争っている二人に板挟み状態の秋隆。それが彼の運命なのだから、おそらく気苦労はこれからも続くだろう。


「そういえば、奈央様はいったい何を試そうとしているんだい?」


 遥人から事情を説明してもらった時点で、打つ手なしと判断した秋隆。それなのに奈央がまだ何かを試そうとしていると聞き、それが気になって仕方ないのである。


「……さあねぇ。でもあの二人、妙に仲がいいから。案外もう二人の間では別の解決策が見えてたりして」


 前からずっとそうだ。紫音さんが奈央さんを痛く気に入って連れまわすうちに、二人は遥人が軽い嫉妬を覚える程に仲良くなっていった。


 紫音さんは根本的に奈央さんの持つ強さが好きで、お節介な奈央さんは紫音さんのどこかほっとけない雰囲気が気になって。


 多分そんな流れで、二人は仲良くなった。だから遥人は思うのだ。


 声を失った紫音さんが最も気を楽にして接することができるのは、奈央さんなんじゃないかと。


 もっと言えば、今の紫音さんを救えるのは自分でも『店長さん』でもなくて、今回やけに精力的に動いている月島奈央という女の子なのではないかと。


「ま、単なる期待ですけどね。そうだったらいいなって思うだけで」


 自分自身、あまりにも根拠のないことを言っているのはわかっているけど。


 そんな思いを抱えながら、遥人は窓の外の景色を眺めている。


 隣で車の運転に励む秋隆は、少し考えるような素振りを見せてからはっとしたように言う。


「よく考えると、その期待が叶った場合君や私の行動は果てしなく無意味になってしまうぞ?」


 秋隆は虚しそうにその真実をつきつけるが、遥人は外の景色から目を離さないまま呟く様に答えた。


「それでいいんですよ。俺のような奴が必要なくなる展開なら、それが一番望ましい」


 ときどき妙に悲しいことを言う少年に少しの不安を感じながらも、秋隆は小さく頷くことしかできなかった。





前後編式にするつもりはなかったんですが……おかげでいろいろ肝心なとこは次回へ先伸ばしです。


感想をわりといただけたので早く更新したかったのですが、そうはうまくいかないみたいでして。しかしながら、モチベーションが上がったのは確かです。


では次回、物語としてある程度大きな動きを予定していますので、お楽しみに。(予定はあくまで予定)

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