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日常賛歌  作者: しろくろ
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第七十一話 きみが、ほんとうに

いやぁ、見事に月間連載化してますね。あっはっは。


とりあえず、今回は前話と同じ時間軸で展開されていることをあらかじめご了承ください。


 いらない物は何?

 嫌いなことは何?

 怖いことは何?

 許せないことは?

 わからないことは?

 認めたくないことは?

 話せずにいることは?

 話したくないことは?

 護りたいものは?

 掴みたいものは?

 離せないものは?

 欲しいものは?

 好きなものは?

 愛しいものは?

 知りたいことは?

 知りたくないことは?

 知るべきことは?

 


 ―――君が、本当に知らねばならないことは、何?




「……ええ、はい……チャーシューめんを……そう、今すぐに……はい、じゃあそれで……お願いします」


 ぱたん、とやけに小気味の良い音をたてて、握られた二つ折りの携帯電話が閉じられた。


「ふう……慣れないねぇ、こういうはいてくな機会はよォ」


 疲れた様にため息を吐いた男は、握られた携帯電話を忌々し気に見つめる。


 どうも、音声が聞こえ難くて仕方ない。そう、自分には不釣り合いな文明の利器に文句をつけてみる。


 しかしまぁ、何だろうな、こいつは。瞬く間に世の中に普及して、いつの間にか文明人の生活には無くてはならない存在へと昇華してやがる。


 当たり前の様にポケットを一つ占領して、当たり前の如く維持費を払わせて。


 やはり何か、気に入らない。そういう当たり前は、嫌いなのだ。


 それでも、手放せない自分のことは棚に上げて、何となく思いついたいちゃもんを姑の如くねちねちと携帯電話に浴びせてみる。


 しかし、答えない。何を聞いても、何一つも答えない。失礼な奴だ。


 本当にもう、昼飯にラーメンの出前取るときくらいしか必要ないもんな、こいつ。


 いや、便利なんだけどね。要するに、俺が死にそうなくらい暇なだけ。ただそれだけ。


「ラーメンは……まだだよな、さすがに」


 腹が減った。気力も体力も、最早ゼロを大きく下回った状態である。何か考えるのも、疲れた。


「一服するか」


 そう呟くと、握っていた携帯電話をズボンのポケットに戻す。そして、その携帯電話に押し出される形で定位置を胸ポケットへと変えた煙草を取り出す。


「おまえも災難だよなぁ。こんなポンコツ機械に長年の定位置を取られちまったんだからよ」


 そう煙草に話しかけてみるのだが、やはり答えはない。こんなとき、湧いてくる虚無感はどうすればいいのか。


「まったく、どいつもこいつも」


 慣れた手つきで煙草を一本取り出すと、窓を開け放ち顔を出す。春風が暖かくて、少しだけ頬を緩める。

 ふわふわと浮き上がる煙を虚ろな瞳で眺めながら、彼は少しだけ思考という作業を行った。


 それは、ふと生じた違和感に関しての、客観的な自己分析。


「俺は、イライラしてるのかもしれない」


 はっ、と気づいた様な仕草を交えて呟く。確かに、客観的に見ると今の彼はどうもイライラしているらしかった。


「しかもアレだ、なぁんか落ち着かないんだな、これが」


 確かに、随分落ち着きのない様にも見えた。ズボンのポケットを、しきりに気にしているのだ。


 イライラの原因、落ち着かない理由。その全てが詰まったズボンの右ポケットに手を突っ込む。


 瞬間、彼は先ほどまでと同じように顔を強張らせた。気づいたのだ、自分の不安定たる原因に。


「……ちっ、だから買いたくなかったんだよ、こんなチビ電話」


 不貞腐れた様子でそう吐き捨てると、ポケットの中の文明の利器を購入したいきさつに思いを巡らせる。


『草壁、おまえはそれでも社会人なのか?』


『何故携帯くらい持っていない』


『迷惑だ、買え、今すぐに。金は貸してやるから』


 いろいろと、思い出してきた。まさかあの堅物に、携帯くらい持て等と説教されるとは思わなかった。


 藤森秋隆。彼の堅物ぶりと融通の利かないことは自他共に認めるところ。そんな友人。


 しかし、頭の良い男。職務を全うするために必要とあらば、それを積極的に取り入れることもある。


「だからって……よりによってあいつに言われるたあ、不愉快極まりないな」


 そして、乗せられてあっさりと購入してしまった自分はそっと棚の上へ。


 都合の良い男、草壁冬介。それが、彼の名。そして、これは彼の苦しみ。


『先生、携帯を買われたそうですね。私の電話番号を書いておきます。

 連絡が来るのを楽しみにしてます。久しぶりに、声も聞きたいから。

 お手紙は、これが最後になるかもしれませんね。次は、会いに行きます』


 差出人、『月路鶲』と書かれた一通の手紙。これこそが、草壁冬介の不安定たる原因である。


「電話しろってか……電話しろってか?あああああくそっ、だから嫌なんだよ、携帯なんて。面倒事が増えるだけなんだからよ」


 鮮明に脳内に蘇る苛立ちを隠しきれず、近くの壁を秋隆に見立てて蹴り続けてみる。


 ……足が痛い。


「仕方ねえ……今夜あたり電話してやるか……」


 恥ずかしいのか、照れてるのか、このことを考えるおかげに落ち着かない。


 まったく、教え子に振り回されるなんて、俺も老いたもんだ。そう思い、盛大にため息を吐いた。


 そしてそこまでで、草壁は思考を停止した。待ちわびた香ばしい香りが、ドアの向こうから漂って来たから。


「ようやく届いたか、ったく、遅ぇよ」


 愚痴を漏らしながらも、口元は緩む。しきりに音を立てていたお腹も、いっそう大きく鳴り始める。


 チャーシューめん、俺はおまえを待ってたぜ。ずっとな!


 待ちきれず、こちらから勢い良くドアを開ける。そこには、いつものノッポな店員が出前様の箱を携えて立っている……はずだったのだが。


「!?」


 いない……だと?しかし、この匂いとさっきの足音は確かに……。


 おもむろに、視線を落とす。いつものノッポ店員を見る斜め上の角度から、身長150センチメートルに満たない少女を見る斜め下の角度。


 ……いたよ。


 なんか、いたよ。


「草壁先生、出前のラーメンを届けに来ました」


 艶やかな黒髪は腰に届くほど長く、何やら含みのあるものの可愛らしい笑顔を絶やさない。


 この顔は、見たことがある。そもそも自分が受け持っているクラスの生徒だし、さすがに忘れはしない。


「おう、何でおまえが出前してんだ?月島……妹」


「真央です。忘れないでください。そして奈央ちゃんと同列に扱う様な呼び方は止めてください」


「あー、悪い悪い」


 いや、忘れてたわけじゃねえぞ?うちのクラスの転入生、月島真央だろ?ちゃんと覚えてるって、うん。


 相変わらずの護ってオーラ全開。そして相変わらずの姉いじめ。どうしても高校二年生に見えない少幼女、月島真央。


 話しによれば、遥人の遠い親戚だとか。そのせいか、常に遥人にくっついてる姿を記憶している。


 その光景もやはり、高校生の兄と小学生の妹にしか見えないのだが。とにかく、彼女は俺の受け持つクラスの生徒、月島真央(公称満16歳)である。


「それはそうと、どうしておまえがラーメンを?」


 名前を忘れていたことをそっとはぐらかして、草壁は少し身を屈め彼女と目線を合わせながら問うた。


 すると、やはりどこか屈託的なものを含みつつも可愛らしい笑顔で答えてくれる。


 うわぁ、去年までの小学校教諭時代に戻ったみたいだよこれ。絶対高校生じゃないよこの娘。


「ええと、ちょうど先生に会いに行こうと思っていたら、偶然出前のお兄さんと遭遇したので」


「なるほどな。で、支払いは?」


「いつも通りツケにしときます。いい加減払えよ、と言っていました」


 いやぁ、聞こえない聞こえない。そう目を逸らすのだが、真央の純粋な瞳を目の前にちょっとした罪悪感を覚えた。


「ま、入れよ。俺に用事があるんだろ?」


 普段なら面倒くさいので追い返すところだが、彼女がラーメンを運んで来てくれたのと、後で遥人にチクられると面倒なのとで話を聞いてやることにした。


「じゃあ、失礼します」


 真央は少しほっとした様に胸を撫で下ろすと、そそくさと数学研究室の扉をくぐる。


 存外、草壁が話を聞いてくれそうなことに浮かれるのだが、一人きりだと何か不安である。


「そういえば、一人で来るのは違和感あるな。今昼休みだし、いつもは屋上で飯食ってる時間だろ?」


 真央は、人の名前を忘れていた癖にそんなことを知っている草壁に驚いた。というか、なんか引いた。


「お弁当を食べ終えてから来たんです。一人なのは、これからする話が私個人のことなので」


「ほぅ」


 というか、この先生はもう既に意識の九割をラーメンに持ってかれてるように見えるのだけど。


 いつもの担任としての態度からして、ちゃんと話を聞いてもらえるのかと、真央は不安に駆られる。


 しかし、そこは腐っても教師、草壁冬介。ちゃんと意識の三割は真央に向いているのである。


(結局三割じゃん……って、突っ込み要因の奈央ちゃんを連れてくれば良かったなぁ……)


 いらんところで早くも後悔し始めた真央だが、一呼吸おくと、意を決して話を始める。ちょっとだけ……いや、ものすごく恥ずかしい話を。


「あっ、あの、私先生に聞きたいことがあるんです」


「聞きたいこと?俺に?」


 小さく頷く真央の頬は何故か茜色。それだけでもう、だいたいわかったようなわからないような。


 とりあえず草壁は、話を続ける様に促す。もじもじど恥ずかしげな仕草をする真央だが、それでもしっかりと要件を伝えようと試みる。


「教えて欲しいんです。遥人さんのことを」


 案の定、か。遥人のこととなるとばつが悪いのか、厄介そうに頭をかく草壁。それでもやはり、切り返しは早い。


「遥人について……ねぇ。それは俺が、小学生時代ののあいつの担任だったから聞いているのか?」


 真央は、大きく頷く。そして、思いの丈を言葉として紡ぐ。


「私は遥人さんのことを、あの人のもっと本質的な部分を知らなければなりません。遥人さんの起源は恐らく先生にあると思ったから、私はここに来たんです」


 座っていた椅子から身を乗り出して詰め寄る真央。その剣幕に押されながらも、草壁は冷静さを失わない。


「何故おまえはあいつのことを知らなければならないんだ?」


「……えっ?」


 真央が、目を丸くして驚く。そして、一歩後退る。その様子に疑問を抱きつつも、草壁はじっと返答を待った。


「……それは……私が、遥人さんの理想に少しでも近づきたいから。遥人さんに認められる女になりたいから、です」


 顔を真っ赤に染めて俯いてはいるものの、言葉と意志は草壁の想像以上にはっきりとしていた。


(……なるほどな。この娘、遥人に惚れてるわけだ。悲しいことに)


 強い思いと決意。それを真央から感じ取ったからこそ、草壁は答えた。彼女を応援する意味を込めて、了承の意志を。


「先に言っとくが、俺はあいつの起源であっても根幹ではない。奴の根幹たる存在は、別にいる」


「……根幹?」


 真央が首を傾げる。大きすぎる言葉の意味の差異を計りかねているらしい。しかし、草壁は構わず続ける。


「それでも、俺に話を聞こうってんなら」


「聞きたいです!聞かせてください!」


 真央の必死さに、草壁は少しだけ笑った。良い意味で、面白い女の子に出逢えたことに気づいたから。


「それなら、俺がとっておきの話をしてやるよ」


 そう言いながら、自然とあの手紙のことを思い出す。氷名御遥人の根幹たる少女が寄越した、あの手紙。


『会いに行きます』と、そう綴られていた。それが本当ならば……。


「と、とっておきの話ですか!?教えてください、いったいどんな」


 真央が、またもや身を乗り出す。すぐ近くま寄ってきた彼女の姿をまじまじと見た草壁が、やはり遥人にはもったいないな、などと思ったとかなんとか。


 一つ咳払いをした草壁は、そこでいつもの様にニヤリと口元をつり上げた。何とも、楽しそうに見える。


「こんな話でどうだ?例えばそう、『氷名御遥人の初恋の話』とかな」


「は、はつ!?」


 分かりやすく動揺する真央だが、強い恋心は決断力を増進させるらしかった。


 数瞬のうちに全てを知る覚悟を決めて、真央は草壁の目をしかと見据えた。


 愛することとは、求めること。


 求めることとは、戦うこと。


 そんなフレーズが、ふと真央の頭の中には浮かんでいた。求めるなら、戦わなくてはならないのだ、と。


「聞かせてください。今すぐに」


 最初は面倒がっていた草壁さえ、彼女の決意に触れて気持ちを昂らせていた。


 ―――こんな面白いことも、そうそうないよな。


 再びニヤリと口元をつり上げて、草壁は笑った。そして今、一つの過去を紡ぐ。


「あれは、あいつがまだ小学生だった頃――――」


 昼休み。二人の『密会』を知るよしもない遥人は、ちょうど奈央を追って屋上に駆けて行った頃だろう。


 真央がこの話を聞き終えたとき、既に一つの歯車が動き出していたことなど、当然の如く誰も知りはしない。


 もちろん、一人の例外、『裏方』の彼女を除いてはだが―――。




 こんな一日

 そんな日常





もしもわざわざ更新を待っている人がいたら、本当にごめんなさい。一ヶ月以上放置でした。


さて、真央と草壁の話の内容が語られるのは多分数話の後になるでしょう。


それまで書き続けられたならですが……んー…



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