第七十話 お弁当とそれぞれの思惑
「おっひっる〜、おっひっる〜♪やってきましたよ、お弁当の時間が!」
「そんなに嬉しいもんかねぇ」
「嬉しいですよぅ。朝の十二星座占いでベストスリーに入ってるときくらい嬉しいのです!」
「……そら良かったね」
ベストスリーってことは、確率的には四日に一度味わえるくらいの喜びだ。
(微妙過ぎるなァ)
この世の終わりならぬ、この世の始まりの如く喜びを露にしている彼女、本宮日和を前にいまいちテンションが上がらない。
こんにちは、遥人です。御覧のように、ただいま学校のお昼休みが到来したところなのです。
そして、この時間になると毎日ご機嫌な本宮。それでも、なにやら今日はいつにも増して笑顔である。
「あー、腹減ったぁぁあ。おい遥人、飯だぞメシ!」
「わかってらい。落ち着けよ二人とも」
少し遅れてこちらにやってきたのは、地響きの如く腹を鳴らす男、桐原疾風である。
こちらも、妙にテンションが高いような……。
「氷名御さん、これを見てください!」
「ん?」
ご機嫌過ぎて少し怖いくらいの本宮が、目を輝かせてよだれを垂らしている。
はしたねーなオイ。よだれを拭け、よだれを。
半ば呆れながら振り向くと、ちょうど彼女が自前の弁当の蓋を開けるところだった。
「じゃーん!二人とも、これが何だかわかりますか?」
「……うん、まぁ」
「オムライスだな、普通に」
「そうなんですよ!オムライスなんですよ!」
疾風と俺は、どちらともなく顔を見合わせた。そして、同時に首を傾げる。
(だから、何?)
(や、俺が聞きたい)
「すごいでしょう?お弁当の中にオムライスですよ!?画期的ですよこれは!」
どのへんが?
余程そう言いたかった俺たちだが、間違って彼女の逆鱗に触れたりしたらえらいことなので自粛する。
そんな周りの目などお構い無しに、本宮は楽しそうにオムライスにスプーンを突き立てた。
真っ二つに割られたオムライスの中には……。
「や、焼きうどんだと?」
「……画期的だな」
つーかそれオムライスじゃねえだろ。オムウドンとかだよソレ。
てかあれ?オムって何?卵焼きのことをオムって言うのか?
じゃあ何?ポ○モンのオム○ターってあれ、卵焼きの星?卵焼き界のスターみたいな?
「遥人、本宮の術中にはまってんぞ」
「はっ、いつの間に!」
むぅ。さすが本宮、俺の思考をここまでかき乱してくれるとは……。
というかそもそも上機嫌の理由がこれってどうなんだろう?まぁ、本宮相手に一般論を展開するのは間違ってるだろうけど。
「で、疾風。お前がご機嫌な理由は?」
お前がニコニコしてると不愉快な上に気持ち悪いという負の連鎖が完成してしまう。とまではまだ言わないでおく。
「理由、聞きたいか?あっはっは実はだなぁ」
うわ、何だろうこの自信に満ちた顔は。先ほどの連鎖にさらに『イライラする』が加わりそうだ。
不愉快、気持ち悪い、イライラするの三連鎖が完成しました。これがぷよ○よだったら嬉しいのに。
「今日の弁当はなんと茜ちゃんの手作りなのだァ!」
「おい、今すぐそれを棄てろ!絶対にアコニチン的なものが混入されてるから!」
「トリカブトの毒ですか。桐原さんの彼女は過激派なんですねぇ」
違う本宮、過激派ってか病んでるの彼女は!小夜ちゃんが言うには、最近は常に疾風を亡き者にしようと企んでるらしいから!
「大袈裟だなぁ遥人。いくら最近の茜ちゃんの口癖が『二人で死ねばずぅっと一緒に居られるよねっ☆』とか『少しでも疑わしい行動があったら、いつでも私が葬ってあげるからねっ☆』とかだからってそんなまさか毒殺だなんて」
「思いっきり思いきったことしそうだろソレ!もう愛情が一週して何か別の狂気じみたものになってんだろ!」
「何だよお前、まさか嫉妬か?」
「警告だわアホ!」
何だよその勝ち誇った顔は。もういいよ、死ねよもうこの際だから。
「さて、ではいただきまーすっと」
弁当箱の蓋をゆっくりと開けた疾風。一見、おいしそうな料理が詰められている。
……ちょっとだけ、羨ましいかもしれない。おいしそうだよな、普通に。
「まずは卵焼きをいただこうかね。……うんうん、これはうまいねぇ」
ちっ、普通の料理だったか。茜ちゃんも甘いよな、ここいらで葬ってくれちゃえばいいのに。こんな野郎なんざさ。
「ちゃんとお礼しろよな、茜ちゃんに。生かしてくれてありがとうって」
「確かに、ちゃんとお礼しないとばちがあたりそ……あれ?」
疾風の顎から首筋にスゥっと線を引くように、赤い液体が流れ落ちた。すぐ後に、彼の口からは鮮烈な赤が飛び出す。
「は、疾風!?」
「ぐぅっ……なんで……血がっ……止まんな……」
ばたり。やけにすき通った音がして、疾風は床に力無く倒れ込んだ。
すぐに本宮が、疾風の弁当の一部を口に含む。そして、彼女はあまりの衝撃に声をあげた。
「これは……アコニチン!」
「何だって!?茜ちゃん、まさか本当に疾風を……」
「これは大変です!すぐに保健室に運びましょう!」
本宮の行動は適切かつ迅速。疾風の体を片手で軽々脇に抱えると、ウサインボルトもびっくりの速さで保健室にとんでいった。
あたりは、一瞬にして静まりかえる。そこにはただ、大量の血と食べ掛けの弁当が残っているだけだった。
「……いや、どこから突っ込んだらいいんだよコレ」
とりあえず、当たり前のように毒入り弁当を口に含むな!そして大の男を簡単に小脇に抱えるな!
もう『明らかに不可能なはず』とかやぼなツッコミはしないけど、それでも少しは自重しやがれ!
「ま、あいつに何を言っても仕方ないか。……飯食おうっと」
ため息一つであらゆる不条理を忘れ、一人で優雅な昼休みを送るべくゆっくりと席についた。
「あ、おいしそうなお弁当ですねぇ」
「……そして本宮。極めつけにものの数秒で人の背後に戻って来るんじゃねえ!」
一瞬ゾッとしたぞ。もはや一種のホラーじゃねえかよコイツ。てか人の弁当見てよだれを垂らすなっ!
「疾風がどうなったかは聞かないことにしとくとして……弁当は分けてはやらないぞ?」
そう言った瞬間、本宮は大量のよだれとともに滝のような涙を流した。……すげえ放水量だ。
「いいじゃないですか少しくらいー。いつもと違う可愛らしいお弁当だから、余計に欲しくなりますよ」
「駄目だ。これは俺の」
「むぅ……」
本宮にはわからないだろうが、この『いつもと違う可愛らしい弁当』は俺が楽しみにしていたものなのだ。
少しも分けてやる気はない。なんたってこの弁当は……。
「見たところ、それは奈央さんの作ったお弁当ですね?」
「って、一瞬で見抜かれたよ。本当に化け物かおまえは」
確かに、俺が作ったものでないことは一目瞭然だけど。それでも、奈央さんが作った弁当だなんてバレるのはちょっと恥ずかしい。
「……へえ、奈央さんも可愛いところあるんですね」
「そうでもないよ」
だってこれは……。お弁当のいきさつについて説明しようとしたそのとき、教室のドアが勢い良く開かれた。
おっ、来た来た。予想よりも、少し遅かったけど。
「氷名御遥人っ!!出てこいコノヤローっ!!」
突然響いた怒声に、教室で弁当を食べていた生徒たちが一斉に声のした方に振り向く。
「やぁ奈央さん、何か用?」
現れた少女、月島奈央は俺の問いに答えることなく桃色の髪を揺らしてこちらに歩み寄って来る。
唖然とする一同をよそに、奈央は口元をひきつらせて遥人の前に立つ。
一瞬の静寂。この空気の中、遥人だけは楽しそうにニコニコと微笑んでいる。場違いそのものな姿だ。
「こんの外道畜生っ!!よくもそんなニコニコと笑ってられますね!」
奈央が力いっぱいの怒声をぶつけた相手は、やっぱり遥人である。その遥人はといえば、依然笑顔のままだ。
「どうしたの?奈央さん、君は屋上で真央さんと弁当を食べていたはずだろ?」
のらりくらりと、まるで自分が当事者であることに気づかないように答える。その姿、まさに道化師か。
しかしながら、奈央がここまで怒っているのにはわけがあるのだ。
『お昼だけは二人で落ち着いて過ごしたい』と、みんなの輪を避けて屋上で弁当を食べている姉妹だが、その姉をわざわざ教室に呼び戻すくらいである。
どうしてそこまで怒っているのかといえば……。
「このポンコツ男っ!私はダイエット中だからお肉は食べないとあれほど言ったでしょうが!」
そう叫んだ途端に、もう一度教室に痛い沈黙が流れ始めた。それを破ったのは、日和の一言。
「……お肉って、いったいどんなケンカをしてるんですか二人とも」
教室の生徒一同、大きく頷く。遥人はといえば、無関係を装うように明後日の方向を向いてしまった。
そんな状況のせいか、顔を赤くしてプリプリと怒る奈央に視線が集中する。
やっぱりこの娘は、怒ってる顔といじめられてるときの顔が抜群に可愛いなぁと、遥人が密かに思っていたり。
「聞いてください本宮さん!このクソ男、私に作ったお弁当にお肉を入れたんですよ!?」
「は、はぁ。遥人さんが、奈央さんに作ったお弁当にですか」
「そうなんですよ!私はダイエット中だから、極力お肉とかは食べたくならないように見せないでって頼んでおいたのに!」
「はぁ。あらかじめ頼んでおいたんですか」
「ええ、ですからこれは、明らかに故意的な嫌がらせです!酷い男です!」
珍しく聞き手に回る日和に、ありったけ愚痴を吐き出す奈央。余計な情報を吐き出していたことには、気づいていないようだ。
奈央が、目を逸らして何やら笑いを堪えている遥人に向かってビシッと指をさした。
「絶対許しません!私は遥人さんのお弁当を物凄く楽しみに……いえ、少しだけ楽しみにしてたのに!酷い裏切りです!」
微妙に本音を垂れ流していることに、途中でようやく気づいたらしかった。怒りで赤くなっていた顔が、恥ずかしさからかさらに赤くなった。
「何を言ってるのさ。俺は奈央さんがダイエット中なのをすっかり忘れていただけだよ」
「嘘ですぅ!そのにやけ方は明らかに嘘を吐いてるに決まってます!」
しらばっくれている遥人だが、奈央の予想通り過ぎる反応に爆笑を堪えるのが精一杯である。
「そもそも、遥人さんが『最近太った?』とか言いやがったせいで私はもう二週間もお肉を食べられないんですよ!」
「そんなの、気にしなけりゃいいじゃん」
頬を膨らませる奈央。完全に開き直る遥人。空いた口が塞がらない日和と生徒一同。
「気になるに決まってるじゃないですか!どうせあなたのような平々凡々男は、痩せてる女の子の方が好みなんでしょう!」
「そうだけど、え?俺の好みに合わせ……え?」
「ああぁぁぁぁあ!い、今のは嘘です、冗談です!別にあなたの好みにあわせたいとかそんなんじゃなくて!」
もう、いろいろと暴露し過ぎだろこの娘。そう思った日和だが、湯気が出そうなほど顔を赤く染めた奈央を前にかける言葉が見つからないでいる。
「うぅ……ほんとに、嘘なんですからね?本宮さんからも何か言ってやってくださいよぅ」
何か言えったって……。明らかに無理な救援要請に戸惑う日和だが、彼女は自分の言いたいことを優先することで状況を打開した。
「というか、お二人はお弁当を作り合いしてたんですね」
少し疲れ気味な様子で放たれた日和の言葉は、戸惑う奈央を追い詰めるのに十分すぎるものだった。
「……あっ、いや……その」
焦点が定まらない奈央の目を、逃がしはしないとばかりに見つめる日和。説明責任が問われる形だ。
答えることが出来ずに困り果てる奈央をよそに、その説明責任を我関せずの態度を貫いていた遥人が果たした。
「それがさ、奈央さんが突然『遥人さんのお弁当を作ってやるから、私のお弁当を作りやがれってんです』とか言って、俺に作り合いっこを強要するわけよ」
ため息を吐きながらそう説明した遥人。本人はまんざらでもないようだが、多少強要された部分があったのは何となく理解できる。
てか、この娘はいったい何をしてるんだ。日和はそう思わずにはいられなかった。
彼女はお弁当を作ってあげたかったのか、彼に作って欲しかったのか。おそらく両方だろうが、やり方が素直じゃないにも程がある。
「ほほぅ。で、奈央さんの言い分は?」
日和が裁判官にでもなったかのように奈央に真意を問い詰める。
「ちち違うんです!この男は嘘を吐いてるんです!」
身振り手振り、とにかく全力で遥人の説明を否定する奈央。あまりの必死さに、本物の裁判じみた緊張感が生まるくらいだ。
「おいおい、俺は嘘なんか吐いて」
「黙ってください!そんな嘘は通用しませんよ!真実はこうです」
奈央が演劇部さえもどん引きする激しい実演を交えて『自称ことの真相』を語り始める。
「奈央さん、僕は君にお弁当を作ってもらうのが夢だったんだ!」
手を組んで妙な演技を見せる奈央。遥人が口元をひきつらせながらもそれをじっと見ている。
「ただとは言わない。僕が君のお弁当を作るよ。だから僕にお弁当を作ってくれないか?」
「そんな……でも私、そんな美味しいものなんて作れないし」
「味なんてどうでもいい。君の料理が食べたいんだ!」
「そこまで言われたら、仕方ないですねぇ♪」
と、一人二役で奮闘した奈央。一通りの演技を終えると、乱れた呼吸を整えながら日和に向き直る。
「と、こんなやり取りがあったわけです」
「嘘つけ!誰だよそいつ!なんで一人称が僕なんだよ!」
「気っ持ち悪いですよねーほんと」
「おいコラ脳内ピンク、あんま調子に乗るなよ!」
「の、脳内ピンクとは何ですか!私は髪が桃色なだけですよ!」
「どう見ても脳内も真っピンクだろうが!だいたい、お前が『作ってくれなきゃ学校行かない』とか言い始めるから!」
ついに二人の口論に発展してしまった。止めなければならないほどヒートアップしているのだが、日和が動く気配がない。
「どう見てもラブラブじゃないですか……」
二人の様子を見て多少なりとも不愉快な思いをしている日和である。まぁ確かに、どう見てもアレである。
「そんなこと言ってませんよ!だいたい、私はあなたの分を嫌々作ったんですから」
「嫌々なのに手作りコロッケに手作り春巻きが入ってるような」
日和がすかさず突っ込むが、都合の悪いことは聞こえないフリの奈央には通用しない。
するとそこに、日和と遥人にとっての助け船が現れた。無論、奈央にとっては邪魔以外の何者でもないのだが。
「失礼。月島奈央さんはいらっしゃるかな?」
教室の扉を開き入ってきたのは、用務員として学校に通う藤森秋隆だ。
「あ、秋隆っ!」
「どうしたんですか?秋隆さん」
助けを求めるように、すがるような視線を投げ掛ける奈央。しかし、それは簡単に裏切られることとなった。
「今日は珍しく奈央様が朝の5時から起きて、何やらお弁当作りに勤しんでいたようでしたので。寝不足で体調を崩していないか心配になったのですよ」
「……ふぅん、5時に起きてお弁当をねぇ」
「あ、秋隆ぁぁぁ!」
ついには泣き出しそうな奈央を見て、全く状況を把握していない秋隆は戸惑いを隠せない。
「な、奈央様!?やはり体調が悪いのですか?」
何気に空気を読むのが下手な男。それが秋隆の正体の一つであることは、みんなだいたい察してはいるのだが。
奈央の真っ赤な頬を一筋の滴が伝ったところで、ついに秋隆は自分の失敗を悟った。
「遥人さんの……遥人さんのばかぁぁぁぁあ!!」
そう叫んだと思うと、息をつく間もなく奈央は走り出した。唖然とする生徒たちの間をすり抜け、教室から出ていく。
「なんで俺!?てか、ちょっと待てって!」
反射的に彼女を追おうと走り出した遥人だが、日和の放った一言に一瞬足を止めた。
「氷名御さん、これを!」
そう言って日和が投げたのは、食べ掛けの遥人のお弁当。もちろん、素早く蓋を閉めてある。
「さんきゅ本宮。行ってくるわ」
「ええ、ご武運を」
お弁当を受け取り、振り返ることなく走り出した遥人。取り残された日和と秋隆は、騒々しい昼休みに憂鬱を覚えため息を吐いたという。
「あれ?……真央ちゃん、いないんだ……」
一心不乱に逃げてきた奈央がたどり着いたのは、姉妹が二人だけでお昼ご飯を楽しんでいた屋上。
そこには既に真央の姿はなく、穏やかな春風と食べ掛けの奈央のお弁当だけが残されていた。
「どこに行ったんだろ……真央ちゃん」
息を整えながら辺りを見渡すが、そこにはやはり妹の姿はない。せっかく、ここに逃げてきたのに。
奈央がお弁当を手に取り、いつもの場所に座ったそのときだった。屋上の扉が勢い良く開く。
「奈央さん!……ってごめん、食事中すか」
遥人だった。右手に弁当箱を握り締めて、息を切らしている少年。恥ずかしさから、それを直視できないでいる少女。
「……お、遅いですよ」
「遅いって……あんなに速く逃げたくせに」
ゆっくりと奈央に歩み寄った遥人は、彼女の隣、いつもは真央の指定席である場所に腰を下ろした。
しかし、なかなかこちらを向こうとしない奈央との間には、長い沈黙が訪れた。
それを打破しようと、彼は彼女の頭を撫でる。春風が頬を撫でるように、優しく、そっと。
「お嬢さん。お暇でしたら、一緒にお弁当でも食べませんかね?」
冗談めかした風に、遥人が問いかける。すると、ゆっくりながら赤みを帯びた頬がこちらに向き直る。
「どうしても、一緒に食べたいって言うなら」
「なら、どうしても」
「なら、仕方ないです。一緒に食べてあげますよ」
彼は笑う。彼女は俯く。いただきます、と互いに呟いた後、二人は沈黙を破ることなく箸を動かした。
二人が弁当を食べ終わる頃だ。ずっと何かを言いたそうにしていた奈央が、ついにその口を開いた。
「あの……遥人さん?」
「ん?」
絶えず動いていた遥人の箸が、ここでようやく一時の休息を与えられた。
「お弁当……その、どうでしたかっ?」
まだ目を合わせられずにいる奈央だが、上目遣いにチラチラと様子を窺う姿が妙に微笑ましい。
遥人は少しだけ迷って、それから迷いのない言葉を彼女に送った。
「最高にうまいよ。俺にとってはね」
「あっ……うっ?」
「うん、うまい」
お湯を欲したわけではないのだが、とりあえず彼女は沸騰した。彼女の頭上に上がり消えていく湯気を見送ると、遥人は続けた。
「俺のために頑張って作ってくれたものだから、俺にとっては最高に美味しいものだよ」
「本当ですか?」
「俺は、そんなに嘘は吐かないよ」
誤魔化すことはしょっちゅうだけど、と心の中だけで付け加えておく。
「遥人さんのも、予想以上には美味しかったですよ」
必死に遥人の目を見つめて、何とか言葉を紡ぎ出した。少しだけ、熱が落ち着いたようだ。
「やけに素直だな」
「そんなこともあります」
「ダイエットはいいの?」
「もういいです。だって」
だって、必要無くなったから。そう言おうとして、彼女は止めた。この言葉は、自分の内だけにとどめておこうと決めたから。
「じゃあ、そろそろ」
「もう少しだ……いえ、そろそろですね」
「うん」
「では」
いただきました。
こんな一日
そんな日常
七十話。私の憧れのあるなろう小説は、確か全七十話でした。文字数で言えば天と地ほどの差があるけど、話数ではついにおいついてしまったわけだ。
……困ったなぁ。いったい七十までの間、何をしていたのだろうか。ちょっと恥ずかしい気さえするような。あのレベルに到達するのは無理だとしても。
真央主体の話を書くはずが、結果的に真央が弾かれることに。ってことで、次回は今回の話の続きみたいになるかもしれません。
てか割りと久々な更新ですね。妙に長いの書きましたから、体裁は保てたか?
とりあえず、これを読んでくれた方は引き続き応援お願い致します。