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日常賛歌  作者: しろくろ
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第七話 ちょっとだけ素直な日

「遥人さん」


「ん、どしたの?真央さん」


「本を借りに来たんですけどー」


「ああ、勝手に取ってっていいよ」


 今日もどうやら真央さんは読書日和。外は快晴、気温は灼熱、体温は上昇中。


 洗濯物は干したばかりなのにすでに乾きつつある。俺はというと、もはや害虫一匹駆除する気力もない状態である。


「んー、暑い」


「夏はそんな言葉を皆が意味もなく連呼しますよね。そんな言葉を発する暇があるなら涼し

い話の一つでもしてくれればいいのに」


 うん、それは俺への当て付けか?


「ほんとだよねー真央ちゃん。何が『んー、暑い』ですか。あんたの存在の方が暑苦しいってんですよ」


 うん、それは俺への当て付け以外のなにものでもないな。


「てかいつからそこにいやがった、奈央さん」


 あまりに唐突な登場に一瞬寒気がしたよ。


「遥人さんが真央ちゃんの気持ちも考えずに暑いとかほざいてる時からですよ」


 なんでその一言でここまでボロクソ言われなきゃいけない?


「てかあんたが部屋に入って来たせいでなおさら暑いんだが」


「うるさいです!そんなこと言って私を追い出して真央ちゃんと二人っきりになるつもりでしょう!」


「いやマジで暑いから。てか二人っきりだから何?」


「それは……あんなことやこんなことをするつもりじゃないかと」


「この前なんか朝から二人っきりだったけどね」


「は!?」


「二人で買い物に行ったんですよねー」


「楽しかったよね。また行こうか?」


「そうですね。また本買ってくださいよ」


「……二人で…買い物……?」


 やばい、奈央さんからドス黒いオーラが噴出し始めた。


「遥人さん。ながーい眠りにつくのと真央ちゃんに近づくのを自粛するの、どっちがいいですか?」


 それはどっちが懸命な判断でしょうか、みたいな感じだな。まぁつまりそれを脅迫って言うんだけどな。


「……えー、自粛する方向で」


 怖いんだから仕方ない。笑ってるのに後ろに死神が見えるからね。死神がこっちゃこーいとか言ってるからね。


「わかればいいんですよ。ねぇ、真央ちゃん」


「………」


 露骨に不満そうな顔をした真央さん。


「えっ?…真央ちゃん?」


 静かなる怒りを示す真央さん。


「えっ、あっ……その」


 ゴミを見るような目をした真央さん。冷や汗だくだくの奈央さんと死神。


「奈央ちゃん」


「はっ、はいっ!」


 奈央さん、ビビり過ぎて声が裏返ってるよ。主に真央さんの後ろに憤怒の表情を浮かべた仏様が見えるせいだろうけど。あ、死神が浄化された。


「勝手に決めないで。私は遥人さんといたいの」


「えっ、そんな……」


 何気に嬉しいことを言ってくれたが、奈央さんにとっては死刑宣告も同然だ。


「奈央ちゃん、男は狼なんだよ!?そんなこと言ったら……」


「奈央ちゃん、帰れ」


 いちいち声のトーンが上がらないのが逆に怖い。あと毎回口調は意図的に変えてるんだろうか。


「帰れって……てかなにその冷たい眼差しは!?私は害虫とかじゃないよ、真央ちゃん!」


「暑いしちょうどいいじゃん」


「暑いしか言えないグズは黙ってください!」


「……ふーん。そこまで言うならいっそ、おれが思いきり冷たい言葉をかけてやろうか?」


「…遥人さん、なんか目がなんかマジなんですけど!?真央ちゃん、その目はほんとやめ

て!!」


 必死に傾いた形勢を立て直そうとする奈央さん。しかし、こうなってしまうと俺のいじめ癖がとまらないわけで。


「奈央さん、なんで真央さんが俺のところに来るかわかる?」


「はい?」


「あんたが鬱陶しいからだよ。アホみてーに妹にへばりつきやがって。その暑苦しさどうにかならないの?」


「二人のその冷たい眼差しはどうにかなんねぇんでしょうか?」


「あー、暑い暑い、早く冬が来ねえかなぁ。そうしたらコレも消えてくれるのに」


「人をコレとか言わないでください!てかそんな冷たい表情できたんですか!?」


「黙れ発熱物質。地球と真央さんに迷惑だ。消えろ。もう、頼むから」


 いや、多少だよ?多少、暑さでなんとなくイライラしてるってのは認めるけど。ちょっと言い過ぎな気はするけど。


「……うっ……わかりましたよ、消えますよっ」


 そう言って部屋を飛びだして行った奈央さん。やばいな……これはちょっと。


「あれ、やりすぎたか?」


 微妙に泣いてた気が…。


「遥人さん、本運ぶの手伝ってください」


 この子まったく気にしてねぇや。まぁ泣かせたのは俺だしなぁ。




「じゃあ、そこに置いといてください」


「はいよ、これでいいな」


 ここは真央さんの部屋、相変わらずシンプルである。


「また二人っきりですね、遥人さん」


「ん……まぁそうだな」


「したいですか?あんなことやこんなこと」


「いぃっ!?」


 何コレ、誘惑してるのか?


「今なら奈央ちゃんも来ないでしょうしー」


「えぇ、あぁ…いぃ?」


 ダメだ。頭がまともに動かない。


 混乱中、混乱中……。


「ふふっ、冗談ですよ」


 なんだ、冗談か。良かった……んだよな?ただ、あんまりここに長居すると良からぬことになると思う。


「じゃ、俺は戻るから」


 そう言ってさっさと逃げおおせようとした俺を、真央さんが改まった声で引き留めた。


「遥人さん」


「ん、なに?」


「奈央ちゃん、ちゃんと慰めに行ってあげてくださいね」


 正直、意外だった。真央さんが奈央さんを少しうざがってるのは本当だ。それに、さっきまでまったく気にしてるように見えなかった。


 しかし今は……優しそうな目をしている。やっぱり、嫌いじゃないんだな。




 とりあえず、奈央さんを慰めるために彼女の部屋の前まで来た。そもそも俺があんな言い方をしたのは普通に悪い。ちゃんと謝っておく必要がある。


「奈央さん、開けるよ」


 ドアを開けた先にいたのは、目を腫れさせた奈央さん。結構本気で泣いてたらしい。やばい、罪悪感が。


「なにしに来たんですか」


 それでも強がるあたり、流石と言うべきか。


「いや、ちょっと言い過ぎたから、謝ろうと思って」


「別にいいですよ、気にしてませんから」


 頬を膨らませて目を逸らしながら言う奈央さん。そんな姿が妙に可愛いのは彼女の性格故か。


「誤解されたら嫌だからさ。俺、奈央さんのこと嫌いじゃないし」


「別に、遥人さんが私をどう思おうと関係ないですから」


 相当いじけてるようだ。ひと押し必要だな。


「てかむしろ好きだよ。俺は奈央さんのこと」


「好き?」


 何を言っているのか理解できないという表情だ。


「うん。すごく真央さんを大切にしてるとことかね。少し行き過ぎではあるけど」


「そんなの、ただうざがられてるだけじゃないですか」


「そんなことないよ。真央さんはああ言ってるけどさ。実際、そこまで自分を大切にされたら嬉しいにものだよ」


「ほんと……ですか?」


「ほんとだよ」


「じゃあ、なんで…」


「ん?」


「なんで真央ちゃんはあんなに可愛がるのに、私はあんななんですか」


 あれ、もしかして……俺にかまって欲しかっただけなのか?


「いや、俺は基本的に甘えられるのが好きなんだ。だから真央さんには優しくする」


「でも奈央さんは全然甘えてこないしね。そんなに優しくされても嫌なのかなぁって」


「確かにそうですけど。てか、優しくされて嫌な女の子なんていませんよ。相手がだれであろうと」


 相手がだれであろうとってのは余計だ。


「ふーん、そんなもんか」


「そんなもんです」


「じゃあ、今度から奈央さんも甘えてこいよ」


「は?嫌ですよ」


 それでもかまってくれってか?まったく、世話のやける子だよ。




 今日は珍しくちょっとだけ素直な姉妹。



 そんな一日

 こんな日常



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