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日常賛歌  作者: しろくろ
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第四十話 あの日の雨は

 手と手を合わせる。何かを願い、何かを誓う。それは儀式。新たな年を迎えるための、過ぎたる年と決別するための儀式。


 こんにちは、真央です。今日は元旦ということで、近場の神社に初詣に来てます。


 今ちょうど儀式を終えた私の隣には、相も変わらず奈央ちゃんがいます。何を願っているんでしょう。


 まぁ、おおかた私の幸せでも願ってるのでしょう。迷惑です。私のことはいいから、勝手に早く誰よりも幸せになってくれれば良いのに。


 だから私も奈央ちゃんの幸せを願っておきました。これでおあいこでしょう。


 でもきっと、奈央ちゃんの方が幸せになります。私の願いの方が強いから。


 しかし、あれは何なのでしょうか。今日の私たちのメンバーはとても奇抜です。


 普段ならば私、奈央ちゃんとくればもちろんそこには遥人さんもいるはずなのです。


 でも、今日はいません。一人でお留守番してます、その変わりに今日はこの人がいます。


「……レトルトカレーが、たくさん食べたい」


「織崎さん、願いを声に出すのはやめましょう?しかも、そんなどうでも良い願い」


 私たちと横一線に並び願う彼女。目を閉じて祈りを捧げる姿が妙に絵になっていてむかつく。


「神様への頼み事はこんなもので良いんです。本当に叶えたいものは、自分の手で叶えますから」


「殊勝な心がけですが、そんなことを言われたら私を含めてここにいる全ての人々が立場を失いますよ」


 自分の手では叶わなかったからお願いするんだ、とは言えない。なんだか惨めになるから。


「それより、遥人さんはどうして来れないんですか?」


 その前にどうしてあなたがついてきたんですか、と聞きたい。どうせ『気分です』とか言って流されるのは明白だけど。


「面倒だから行かないって言われました。どうしたんでしょうねー」


 面倒故に初詣に行かないのはどうかと思う。でも、どうせあの人のことだ。何かを隠している可能性が高い。


「単に、織崎さんが移っただけじゃない?」


「人を感染症みたいに扱わないでください」


 奈央ちゃんナイス。確かに、最近別人の様にはつらつしている織崎さんから引きこもりが移った、と考えれば妙に納得できる。


「しかたないなぁ。私が遥人さんの変わりに願いましょう」


 そういうことで、再び手を合わせて願い事タイムに入る私。遥人さんなら、どんなことを願うだろう。


「どうせ、私たちの幸せを願うんでしょう。あの人、ばかだし」


 やっぱりわかってるね、奈央ちゃんは。でもごめんなさい。あなたもそんなばかの一人だと思います。


「……みんなばかなんですね。それぞれが自分の幸せを願えば良いのに」


 なら、あなたが今願い事を変更しようとしているのは何でだ。明らかに彼の幸せを願うつもりでしょう。


 みんな、ばかばっかり。遥人さんが移ったんだろうか?


 そんな、珍しい三人組のお話。なんだかんだで、みんな楽しそうでしたとさ。




 一方、こちはら遥人。真央の予想通り、家から離れどこかに向かっているようです。……共同墓地?


 こんにちは、遥人です。今、両親の墓参りに向かっています。あんまり言いたくないから、みんなには内緒にしたけど。


 うちの両親が死んでから五ヶ月くらい経ちました。その間にちょっと、心境の変化がありまして。


 実は、これが初めての墓参りだったりします。


 そんなわけで、墓地の場所はうろ覚え状態。近辺を歩き周り、ようやくその場所にたどり着いた。しかし、そこには先客がいた。


「あらら、なんと先客がいました。冴えない中年のおっさんです」


「おまえ両親と同じところに眠らせてやろうか?」


 わが氷名御家の墓前で手を合わせていた中年男性が、前に会ったときとなんら変わらない対応をしてくれた。


「第一話以来の登場、おめでとうございます。甲斐さん。しかしもう、誰もあなたのことは覚えていないでしょうね」


「おまえのことだって覚えてねーよ」


 覚えているだろうか?親父の親友にして、奈央真央姉妹と紫音さんをアパートに迎えた張本人。


 第一話以降、紫音さんの入居時にかすかに名前が出た程度の出番しかもらっていない男。それが甲斐さんだ。


「もしかして、ちょくちょく墓参りに来てました?」


「当たり前だろうが。どっかのあほ息子は一度たりとも墓参りに来ないみたいだからな」


 確かに、当たり前か。甲斐さんからしてみれば、突然死んでしまった親友の墓である。息子でありながら一度も来なかった俺が異常なんだ。


「どうして、今更来ようと思った?」


 俺は持参したお供え物を墓石の前に置きながら答えた。


「どうして今まで来なかったか、ではなく?」


 ライターを使って線香に火を灯し供える。ゆっくりと手を合わせて目を閉じた。


「来ないんじゃないかとは思ってたよ。あの葬式の日からな」


 なんだか気になる言いまわしをするな。両親に今まで来れなかったことを謝るのは後にしよう。


「葬式の日?俺なんか言いましたっけ?」


 俺の質問に甲斐さんは、持っていたタバコに火を点けながら答えた。ライターの調子が悪いらしい。


「……梅雨明け直前の、どしゃ降りの雨が降った日だったな」


「ええ。昼間なのに外がやけに暗くて。なんか嫌な気分になりましたよ」


 俺が囲いに座ったのを見て、同じように隣に腰を下ろす。タバコ臭い。


「あの日、葬式の後。俺は一人雨に打たれていたおまえが泣いてるのだと思った」


 何か声をかけようと遥人を探した甲斐。みつけたのは、どしゃ降りの雨の中虚ろな瞳で天を仰ぐ少年だった。


「でも、おまえは泣いてなかったんだろう?だから……」


「だから、墓参りにも来なかった。俺は両親が死んでしまったということを、心のどこかで認めたくないって思ってたから」


 泣くのを拒んだんだ。泣いてしまったらきっと、認めてしまうから。


 墓参りだってそうだ。ただ、自分が一人になったってことを認めたくなかった。


「墓参りに来てないって気づいたときにさ、やっぱりおまえは泣けなかったんだって気づいた」


 だから、甲斐が不思議に思ったのは別のこと。遥人が今になってどうして、ここに来る気になったのか。


「あのね、甲斐さん。……俺気づけたんですよ。一人じゃないって」


 だから、両親の死を認めてもきっと、生きて行ける。そう思わせる存在がいくつもできたから。


「だから、ここで決別しようって。そう思って……」


 あの日泣けなかった俺は、今なら泣ける。全部受け入れて、また立ち上がれる。また笑える。


「そうかよ。じゃあ、俺は帰るぜ」


 タバコを地面に押し付け消火すると、その吸殻を墓前に投げ捨てた。そして、すでに同じところに落ちていたもう一つの吸殻を拾う。


「次来たときに拾う」


 そう、墓に眠る両親に向けて呟いた。この人は毎回こうやって、次も来ることを約束してるんだろう。


「あぁ、遥人。帰る前に一つ。おまえを変えたものはいったいなんだ?」


「新しい家族」


 迷わずに答えた。俺の中ではもう、整理のついたこと。だからここに来た。


 甲斐さんは笑った。嬉しそうに笑った。それで気づいた。俺はずっと、一人じゃなかったんだと。


 姉妹がやって来る前から、俺のことを思ってくれている人がいたんだ。不器用過ぎて、なかなか気づけないけど。


「それを家族だって言うなら、上っ面だけの関係で満足すんじゃねーぞ」


 この人、まさか俺を監視してた?どうしてそんなことがわかるんだろう。


「わかってますよ。甲斐さん、たまにはうちに来てくださいよ」


「あぁ、考えとくよ」


 そう言うと、俺に背を向けて歩き始めた。振り向かずに手を挙げて別れを告げる。


 気を遣ってくれたな。俺が、泣けるように。


 墓前に立つ。さっきできなかったこと。今までできなかったことを、今やるんだ。


「父さん、母さん。ごめんね、今まで来れなくて」


 あの雨の日から、ずっと果たせなかったこと。俺が歩み出すために、しなくてはならないこと。


「俺、もう一人じゃないみたいだから。俺、大切な人ができたからさ」


 視界が霞む。溜め込んで来た思いが、溢れだす。俺が言ったことだ。泣きたいときは、泣けって。


「だから……。今までありがとう。今までごめん。俺は幸せだったから」


 嗚咽。歯をくいしばる必要はない。ただ、溢れてゆくだけ。


 あの日から降っていた雨は止んで、代わりに涙の雨が降った。頬をつたる温かさ、やっと知ることができたから。


「だから―――さよなら」


 元旦の夕暮れ時。響いた嗚咽は、誰も知らない。



 こんな一日

 そんな日常




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