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日常賛歌  作者: しろくろ
35/91

第三十五話 きみが笑顔であるために

『日和の作戦〜壷売りの女』


「あなた、近いうちに死ぬから」


 わけのわからないまま死亡を予言された遥人は、戸惑ったというよりも逆に冷静になっていた。


 目の前にいる黒装束の女。そのあまりの怪しさに、ありえないほどの速さで頭が冷えて行くのを感じた。


「は?大丈夫ですか?」


 その見下しまくった物言いに、日和は見えないように口元をひきつらせた。


 氷名御さん。後で、覚えとけよ♪そう、いつも通り妙に高いテンションで警告したのだが、当然口に出せるわけもなく。


「あれ?もしかしてあなた、私を怪しい人だと思ってます?」


「変な人だなぁと思ってます。ええ、かなり、とっても」


 反射的に手元にあった壷を投げつけそうになる日和であったが、ここで彼の意識を彼方にすっ飛ばしてしまうのもまずい。


 脳内で遥人を壷で殴打する光景をイメージすることにより、なんとか怒りを抑えた日和。


「まぁお二人さん。まだコンサートの開始まで、随分時間がありますよね。どうですか?話だけでも聞いていきません?」


 そう言ってにこりと笑って見せた。とは言っても、遥人には口元がつり上がったのが見えただけである。


 そんな姿が余計に不気味さを感じさせて、遥人はここでようやく真剣な表情になった。


「あれ?お姉さんなんで、俺たちの行き先を知ってるのかな?」


 今度は遥人が口元をひきつらせる番。横で無言を貫いていた紫音も、恐怖心にかられたのか遥人の腕を掴んだ。


「……何者?」


「ふふっ、ただの壷売りですよ。でも、何でも知ってる不思議な女の子でもあります」


 こうなれば最早完全に日和のペース。二人は自分たちの予定が知られている事実を重く受け止め、ブルーシートの上に座った。


「あら。話、聞く気になったんですね」


「何でも知ってるんだろ?なら、もしかして俺は本当に死んだり?」


 まぁ、当然の反応だろう。普通、ただの見知らぬ壷売りが自分たちの予定を知っているはずがない。


 それを知っていた以上、なにやら神秘的な力の持ち主ではないかとかすかに疑うのもしかたない。


「ええ、死にます。……と、言いたいところですが、残念ながら高い確率で死に至ることはないでしょう。」


「おいこら、残念ってなんだ残念って」


「……残念」


「紫音さーん。なぁに残念って呟いてんのかな?俺か?俺が死ねってか?」


 変装しながらも普段に近い会話をする日和。先ほどの奈央があれほど近づいてもばれなかったのだ。滅多なことでは失敗すまい。


 そう確信しているからこそ、積極的な行動がとれる。むしろ、普段と同じ心構えでも問題ないだろう。


「死にはしませんけど、大変な苦しみが訪れるのは確かです。あなたが、今までのように無理をし続ける限り」


 実は、日和には一つ、遥人に伝えておきたいことがあった。それがこの場において、なんとも伝え易いことであったのは幸い。


「……無理、してるんですか?いつも気楽そうに笑ってますけど」


「いや失礼だなオイ」


 しかし、端から見れば遥人という少年の様子はそんなものである。とても、無理をし過ぎているようには見えない。


「しかし、俺がいつ無理をしましたかね?心当たりがないんですけど」


 そう言った遥人を見て、日和は気づかれぬようにため息をついた。本当に、この男は。


「いつ?違いますね、『いつも』ですよ。いつだってあなたは、無理して笑っているでしょう?」


 辛いとき、あなたは泣いたのか。悲しいとき、あなたは笑ってやしなかったか。寂しいとき、元気に振る舞ってやいなかったか。


 それが、日和の不安。いろんな気持ちを笑顔で誤魔化す、自分と同じクセのある少年。


 その末路は、もしかするととても悲しいものかもしれない。だから、ここで指摘しておく必要がある。


「そっか。……あなたがそう言うなら、無理をしてるのかもしれませんね、俺は」


「あれれ?私みたいな怪しい人を、随分と信頼してくれているみたいですね」


「………またですか」


「痛い痛い痛い!紫音さんつねらないでください!違うから、別にこのお姉さんにはなんの感情も持ってないから!」


「……それなら、どうして。この人、初対面ですよ?」


 紫音が不思議に思うのも当然。今の日和といえば、それはもう胡散臭いを絵に描いたような姿なのだ。


 それを全面的に信じてしまっている遥人。警戒心とかが存在しないのかなんなのか。


「だってお姉さん。なんでも知ってるんでしょう?」


「ええ。でも、それを簡単に信じるなって言いたいんだと思いますよ?そちらの方は」


「………なんでも知ってるだなんて、有り得るわけがないでしょう」


 日和自身、遥人がここまで安易に自分を信じていることに疑問を感じた。そんなんじゃ、壷買わされちゃうではないか。


「いやね、俺の知り合いにもいるんですよ。本当になんでも知ってるやつ。お姉さんと同じくらい胡散臭いやつですけどね」


「は、はぁ。そうなんですか?」


 それってもしかして、いやもしかしなくても私のことですよね。ごめんなさい、同一人物です。


 そして普段の私はこんなイロモノキャラじゃありません。少なくとも、自分ではそう思ってます。


「そいつがね、なんだかんだでいつも、俺のためを思っていろいろ教えてくれるんです。だから、お姉さんもそうなのかなって」


「……どうせ私は、何も知りませんよ。ヒッキーですから。世間と隔離されてますから」


「紫音さーん!いちいち俺の言葉をマイナスに捉えるのはやめましょうって!」


 そんなやり取りをする二人を見つめながら、内心でこの人ばかだなーと思ってしまった日和。


 普段の私だって、何かを教えたら必ず対価を求めるではないか。


 ましてやこの壷売りさんは、あなたの知り合いでもなんでもないんですよ?無償の好意など受けられるはずがない。


「では、あなたにはこの壷を買っていただきます」


「って、信用した瞬間それですか!?」


「……ほーら、やっぱり。昼間から家の外に出てるアウトドア派にろくな人間はいませんよ」


「いやその理屈はおかしいですからね。世の中の十分の九くらいの人は信用できなくなっちゃうからね」


「まあまあ、話を聞けばわかりますよ。だからちょっとそちらの方には黙っていてもらってくださいね」


「……そうはいきませ」


「紫音さん、待て!」


「私は犬じゃありませ」


「じゃあお話を始めますので、お静かに」


「………」


 二度もあと一歩のところで言葉を遮られた紫音は、ついにいじけてしまったらしくそっぽを向いた。


「さて。ではまず、何から話しましょう?」


「とりあえず壷を買わなければならない理由から」


 むしろそこが一番の疑問だと言わんばかりに問いつめる遥人。


 壷を買うことで生まれる利点がみつからない以上、当然の流れか。


「あぁ、それは簡単な理由ですよ。この壷にはですね、持ち主の負担となるものを消してしまう力があるんです」


 それがたとえ運命でも、現象でも、存在でも。そう付け加えた日和に、遥人はすぐに聞き返す。


「負担って、たとえばどんな?」


「それも簡単。要するに、あなたに無理をすることを強いるもの全てです」


 あなたが無理して笑う原因、あなたに一方的な奉仕を強いる何か。


「あるでしょう?そういうモノが」


 その言葉を聞いて、暫く考え込む姿勢を見せた遥人。代わりにそれに反応したのは、紫音だった。


 それもそのはず。この言葉の意味、そして意図は、どことなく紫音を指すものだったから。


 私が彼の、負担になっている?紫音のなかで、いろんな光景が走馬灯のように巡った。


 あのとき私は、かれに〜してもらった。あのときも、〜してもらったし、〜してもらったときもあった。


 そこで、気づいてしまった。日和の言う通り遥人が無理をしているのなら、原因はきっと……。


「あ、いたいた。俺に負担かけてるやつ」


「………!」


 考えこんでいた遥人が、ここで言葉を発した。その瞬間、紫音は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


「俺の場合、それは運命でも現象でもありません。存在、つまり人です」


 その言葉には、絶讚盗聴中の姉妹も耳を傾けた。彼女たちも、紫音と同じ不安にかられていたのだ。


 ただ、そこに一人だけ、全く意に介していない男がいた。


「俺があいつに負担かけてるのなんて、今更だしなぁ」


 それに、あいつだって俺に、同じくらいの負担をかけてやがるんだからな、と。


「あのね、お姉さん。聞いてくださいよ。まず俺の家にはね、突然やってきた居候姉妹がいるんですよ。それがまた厄介な奴らでね」


 疲れたような口調で愚痴を言い始めた遥人。その先を聞くのが怖くなって、トランシーバーのスイッチを切ろうとする真央。


 しかし、その手を奈央が止めた。同じようにこの先を聞くのが怖いはずの奈央が。


「真央ちゃん……聞こう」


「でもっ!……怖い。聞きたく、ない」


「うん、怖いよ。私も怖い。でも、聞こう」


 静かに頷いた真央。その頭を優しく撫でた奈央は、再びトランシーバーに耳を傾けた。


「ほんとに迷惑なやつらでね。姉はシスコンだし、妹は腹黒気質だし」


「あららぁ、それは大変ですね。でも……だったらどうして、そんなに楽しそうに話すんですか?」


 そう言いながら、日和は笑った。愚痴を言ってるはずの遥人の顔が、とても幸せそうだったから。


「だって、可愛いんですもん。姉の方は素直じゃないけどすげー気が利くし、妹の方はなんだかんだで純粋だから、つい甘やかしちゃうんです」


 トランシーバーの向こうで半泣きの姉妹が抱き合って喜んでいたこては、この状況では疾風しかしらない。


「あ、あとね。これはうちのアパートの住民の話なんですけどね」


 自分の話が出ずにほっとして気を抜いていた紫音が、その言葉にぴんと背筋を伸ばした。


「すげーめんどくさがりやで、すげーダメ人間なんですけどね。ほんとは誰よりも、頑張れる人なんです」


 その瞬間、遥人と目があった。目を逸らして俯いた紫音は、拳をぎゅっと握りしめて唇を噛んだ。


「あれ?結局俺、別に全然無理なんかさせられてないや」


「ふふっ、そうみたいですね」


 自分の話が出なかったことに、ほっとしたような残念なような複雑な気分の日和。


 幸せそうににこっと笑った遥人を見て、自分の作戦も失敗に終わったことを悟った。


 それなのに、気づけば笑い返していた自分。全く、奈央さんのことを言えた立場じゃない。


「……あの。それでもやっぱり、私はあなたの負担になって」


 まだ不安から解放されていない紫音。その言葉を遮ったのは、遥人だった。


「お姉さん」


「はい?」


「やっぱり俺、その壷要りません」


 そこには、強い決意が見てとれた。こんなやり取りの中で、彼は彼なりに何かに気づいたらしい。


「いいんですか?あなたに負担をかける存在、残らず消してくれますよ?」


「いいんです。確かに、俺に負担をかけるやつはいるし、正直結構無理をすることもあるかもしれないけど」


「この機会を逃したら、次は無いんですよ?」


「……そういえば、一人忘れてました」


「え?」


「最初に話したでしょう?お姉さんみたいに胡散臭くて、なんでも知ってるやつのこと」


「そいつもね、やけに俺に負担かけるんですよ。脅迫はするはパフェ奢らせるわ脅迫はするはで。でもね」


「で……も?」



 これから放たれるであろう言葉を先読みしてしまい、この時点ですでに涙ぐんでいた日和。


「そんなやつだって、消えてほしくはない。俺に負担かけるのと同じくらい、影で俺を支えてくれてるやつだから」


 なんて優しい、なんて温かい笑顔なんだろう。なんて、嬉しい言葉なんだろう。どうしよう、涙が……止まらな……。


「みんな、厄介なやつらだけどね。だけどそれでも、そいつらと一緒にいたいから。そのための負担ならばむしろ、甘んじて受けましょう」


「……管理人さん」


 微妙に顔を赤らめて、腕にしがみついてくる紫音さん。そして、よく見るとなぜか、壷売りのお姉さんが泣いていた。


「えーと……じゃあ、俺たちはそろそろ行きますね」


「はいっ……楽しんできてください」


 なんだか有難い言葉を頂戴したわけだが、ほんとになんで号泣してるんだろうこの人は。


「よしよし。うまく時間も潰れたし、行こうか。紫音さん」


「……はい」


 すでに俺の腕にしがみついた形に定着した紫音さん。このまま歩くと本物のカップルみたいで恥ずかしいんだけど。


「………ありがとう」


「紫音さん。なんか言いました?」


「……いえ。さぁ、行きましょう」


「うん」


 そしてまた、歩き出す。さっきよりもずっと、心も体も距離を縮めて。




「はぁ。まったく、本宮さん。あなたもですか」


 グスグスと鼻を垂らして大泣きしながら帰って来た日和。それを迎え入れた真央は、かなり呆れていた。


「まったく、奈央ちゃんも本宮さんも。何で二人して、最終的に口説き落とされてくるんですか」


「うう……」


「……ぐすっ」


「し、か、も。本宮さんに至っては、二人の距離を縮めるのに一役買ってしまう始末。おまけに泣かされて帰ってくる有り様」


「あれはもう、反則ですよぉ。二人だって半泣きだったじゃないですか……ぐすっ」


 本宮部隊、壊滅的打撃。崩壊寸前。日和、奈央の二名が敗れるという危機的状況に、流石の真央も半ば諦めてきている。


 しかし、ここに一人。まだ諦めていない男がいた。


「じゃあ、行ってくるぞ」


「桐原さん、その格好は」


「あぁ。俺の怒り、ストレートにぶつけてきてやるよ」


 まだまだ、厄介事は片つきそうにない。




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