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日常賛歌  作者: しろくろ
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第三十四話 ぼくとあなたの苦行巡り

 街。歩く二人、紡ぐ時間。一日限りの甘い夢を見る人々。


 冬。寒空の下、励む者たち。誰かの幸せ壊れてしまえ。まぁ、そんなところ。



「目標は現在、会場に向かう街路を歩行中。物凄く幸せそうです。足並み揃えて歩いちゃってます。憎たらしいです。どうぞ」


「目標を確認。あれもうただのカップルじゃねぇか。殴って良いよね?どうぞ」


「とりあえず、このまま黙って見ている訳にはいきませんよね。何か仕掛けましょうよ。どうぞー」


「そうは言ってもこの状況でどうすれば……本宮さん、何か考えはないんですか?どうぞ」


 街中を足並み揃えて仲良く歩く男女二人組、もといカップルが溢れかえるクリスマス。


 その空気とは壁一枚隔てたところを行く日和、疾風、奈央真央の四人組。


 人通りが多いのを利用して、目標にバレない様に四方から観察を続ける。


「考えというか、重要なのは目標に自分が知り合いであると気づかれないことです」


「まぁそうだな。つまり、正体を隠しながらなら何をしても大丈夫ってわけか」


「そういうことです。そこで、ですね……」





「で、何で私がトップバッター何ですか?」


 半ば呆れつつそう問いかけたのは奈央。桃色髪を長い金髪のウィッグで隠し、目にはカラーコンタクトなんかが入っちゃっている。


「それはほら。いくら変装済みとはいえ、まずはどの程度効果があるのか確かめないと不安でしょう?」


「つまりそれ実験台ってことじゃないですか!」


 悪びれる様子もなく微笑む日和。喰ってかかる奈央。それを横から見ていた疾風は頭を抱えていた。


 アホ過ぎらぁ。そう思わずにはいられなかった。


 日和の提案した変装作戦は、まぁおもしろそうだからということで実行に移された。


 疾風自身、悪くない手段だと思い乗り気だったのだが。それはしかし、最低限の精度があっての話である。


「ウィッグとカラーコンタクト着けたくらいで、いつも一緒に生活してるやつの顔がわからなくなるわけねぇだろ」


 限りなく正論を述べたはずの疾風だったが、直後に日和と真央から『空気読めよ』と言わんばかりの視線が飛んできた。


「そんなことないですよ。全然わからないよね、奈央ちゃん」


「いや、それを私自身に聞かれても……」


「全っ然、わかりませんよ!すっぽんが月になったみたいな変化です」


「そうかなぁ……ってかそれさりげなく普段の私をけなしてますよね?」


 こいつら、奈央ちゃんで遊ぶ気満々だよ。敵は見方の中にいたよ。どうすんだこれ。


「そんなに心配なら、これも着けましょう」


 そう言って真央が差し出したのは……スイカ?何に使うんだろうか、わりと小ぶりだけど。


「え?これをどうやって……」


 そう呟いた奈央。その瞬間、口元を吊り上げてにやついた二人の悪魔。おいおいまさか……。




「さーさー、れっつごーです」


「もうこの際ヤケです。あの二人にも私の不幸を伝染させて来てやります」


「その意気だよ、奈央ちゃん。頑張れ!」


 先程の小ぶりなスイカ×2を、あー、その……胸部に携えた奈央ちゃんは、二人の悪魔にそそのかされ目標に突撃して行った。


 ……もう、勝手にしてくれ。半ばというより全面的に諦めつつ、事の行方を見守る。


 一方、奈央は悩んでいた。息巻いて突撃を決意したものの、いったいどんなふうに仕掛けていけば良いのかさっぱりわからない。


 とにかく、二人をちょっと気まずい感じにすれば良いんだよね。それなら、案外原始的な方法が効果的かもしれない。


『奈央の作戦〜ティッシュ配りの女』


 長い金髪に碧眼。胸には二つのスイカを携えるという痛々しい変装により姿を変えた奈央。


 しかしそれも、端から見ればナイスバディの美人さんだったりするのだから恐ろしい。


 彼女は今、目標が歩いて来るであろう道の先でティッシュ配りをしている。それが、奈央の作戦。


 変装のおかげか、道行く男たちの視線もうまい具合に集中している。これなら、うまくいくかもしれない。


「ちょっと、何をヘラヘラしてんのよ!」


 見知らぬカップルにティッシュを渡した際に、男の方が思わずニヤけた。


それを見て怒りだす彼女さん。


 こんな具合に、自分ができる最大限のスマイルで次々とカップルを引っかけていく奈央。


 しかし、自分にそんなに魅力があるとは思えない。どうしてここまでうまくいくのだろうか?


 その疑問は次に来たカップルの目線によって解けた。あぁ、はいはいそうですか。所詮胸ですか、と。


 いいの?これスイカだけど、それでいいの?つまり何?いつもの私と胸にスイカ入れたアホな私なら、後者を選ぶってこと?


 そんな知りたくなかった現実をつきつめられた奈央。普段の彼女の体に凹凸が皆無である以上、どうすることもできない。


「あっ。………来た」


 そんなこんなで落ち込んでいる奈央の前を、目標のカップルが通過しようとしている。


 遥人さん。ここでニヤけるようなことがあれば、ただじゃおきませんからね。と、かなり自分勝手なことを考えつつ、奈央はティッシュを差し出した。


「どうぞ……って、わぁととっ!」


 その瞬間、別の通行人の肩がぶつかりバランスを崩す。あぁこれ、ちょっとまずい!


 どさっ。急なことで立て直しが効かず、地面に向かって一直線だった奈央。それを、ティッシュを受け取りかけていた遥人が体で止めた。


「っと。大丈夫ですか?」


 見事遥人の胸にダイブしてしまった奈央は、真っ赤になった顔をすぐさま上げて……直後、目を逸らすように俯いて答えた。


「だだだ大丈夫です!その、すみません……」


 恥ずかしい。こけたこともそうだけど、それ以上に体が触れ合う距離で目が合ってしまったことが恥ずかしい。


 どうせ真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて俯いた奈央だが、一応他人っぽく謝罪をする際にもう一度遥人と目を合わせた。


「うん、今日は人通りも多いから気をつけて」


 後悔した。そんな風に優しく話す彼の、私には滅多に見せない温かい笑顔を見てしまったから。


「あ……ティッシュを」


 最早意味があるのか微妙なティッシュ配りの作業。とてもじゃないけど、もう彼の顔を見れない。


「ん、ありがと。じゃあね」


 そう言って通り過ぎて言った彼。きっと、最後の瞬間もニコッと笑いかけてくれたのだろう。


 負けたな、そう思った。考えてみれば、元々彼相手には通用しなそうな作戦だったけど。今回は全面的に私の負けだろう。


 しかしながら、変装作戦のトップバッターとして失敗こそしたものの形を作って見せた奈央。


 ある種の達成感を覚えつつ日和たちのもとに戻ったのだが、そこには何故かニヤニヤと笑う二人。真央と日和である。


「いやぁ奈央さん。お疲れ様です」


「狙いはなかなか良かったよ、奈央ちゃん」


「そ、そうかな。えへへっ」


 この二人にしてはやけに素直なねぎらいの言葉。普段ならば逆に警戒を強めるべきと判断する奈央も、上機嫌でそれを受けとめた。


「でも、結局失敗しちゃった。ごめんね」


 そう言ってはにかむ奈央だが、そこでようやく二人の態度に疑問を抱いた。なんだか、嫌な予感が……。


「失敗?いやいやそんな、完璧に狙い通りでしょう?」


「は?」


「いやほんとに、あぁやって抱きつかれたらそりゃあ戸惑うもんねー」


「女性方からしたら、微妙にイラッときますもんね」


「え……あー。まぁ、そんなところだよね」


 なんか、微妙に私の作戦の方向性を勘違いしてるみたいだけど。結果オーライってことでいいのかな?


「良い策でしたよね。目的を遂行しつつ、ちゃっかり遥人さんの胸に飛び込んできてやった、と」


「はいぃ!?」


「むしろそれが狙いだったんだよね、奈央ちゃん?」


「それ勘違いだよっていうか真央ちゃんこわい」


 さっきまで笑顔でいた真央だったが、途端に殺気満点のダークスマイルに変貌。


「……あのね、奈央ちゃん」


「は、はい!」


 大好きな妹に満面の笑みを向けられている奈央。しかし何故だろうか、冷や汗が止まらない。


「私はね、二人の雰囲気を壊してきてって言ったの。なにも、織崎さんととって代わってこいとは言ってないよね?」


「はいっ、おっしゃる通りです!」


 日和すらも一歩たじろぐ笑顔という名の圧力に圧されながら、それを無駄に高いテンションでやり過ごそうと必死な奈央。


 そこには一つの結界が生まれ、疾風などはその存在すら希薄なまま近づけないでいる。


「誰がさぁ、誰が誰が誰が誰が、己の秘めたる欲望を実現させてこいって言いましたかねぇ」


 すぐ横に立っている街路樹をどすどすと殴りつけながら恨みのこもった口調で話す真央。


 奈央はといえば、あの街路樹の立場が自分に移行してこないよう願うばかりである。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。しかしお言葉ですが、私にあの野郎とあんなことしたいという欲望はいっさいがっさいまったくもってございません!」


 頭を地べたに擦り付けんばかりの勢いで謝りつつも、そこはきっちり反論してみせた奈央。しかし、それがまずかった。


「………黙れ」


 呟くような小声にも関わらず、その声はしっかりと奈央の耳へと届いた。途端、全身が硬直する。


「今奈央ちゃんがやったのはですね、きんつば買ってこいって言われて売り切れだったから、自分だけ水羊羹を買ってきたようなものなんですよ」


「いやわかんねぇよ」


 結界の向こうから反射的に突っ込みを入れる疾風。そして、意を得たりと言わんばかりの表情の日和。


「わかってください。そんな状況で水羊羹を貪る奈央ちゃんの姿と、それを見つめる私をイメージすればわかるはずです」


「うん、とりあえず腹が減ってるってことはわかった」


 そんなやり取りのなか、そろそろ奈央の頭を踏みつけ初めそうな真央を止めたのは日和の一言。


「あれ?なんか遥人さんたち、口論を初めましたよ」


「え?まさかあれで、なにか勘に障ったんですか?」


 信じられないといった様子の真央。それは奈央とて同じだった。まさか、あの程度で効果が?


「えーと、どれどれ……」


 疾風が耳を傾ける姿勢を取ったのに習って奈央と真央も沈黙。するとやはり、あまり機嫌の良くなさそうな紫音の声が聞こえてきた。


「あの、紫音さん?」


「………」


「しーおーんーさぁん!」


「……何ですか」


「なんか、なんっか怒ってません?」


「………別に、ただ」


「ただ?」


「ただ、ああいうのが好きなんだなぁ、と」


 どういうのだよ。そう突っ込もうとした遥人だったが、紫音から放たれる重苦しい空気がそれを許さない。


 しばらく続く沈黙。自分に発言権がない以上、紫音さんの方から何か言うのを待つしかない。


「………確かに、おっきかったですけどね」


 今、なんか言った。ボソッとなんか言った。聞き返したいんだけど、そうすると果てしなく面倒な答えが返ってくる気が。


「あの、何の話……」


 勇気を出して聞き返してみたはいいが、紫音さんに普段の無表情のまま睨まれてしまった。怖い。


「ずいぶん優しいんですね。面識もないティッシュ配りさんに」


 そこまで言われてようやくわかった。また、面倒な誤解をされたらしい。そしてこの場合、おっきいってのは……。


「いや別に、ティッシュ配りさんが可愛かったから気を使ったわけじゃあないんですけど」


 また、睨まれた。そして紫音さんは、あまりにも冷たい瞳で俺を見下しながら言った。


「なら、胸がおっきかったからですね。なんかもうセクハラですね」


「いや、ちょっと待てくださいって!あれなんか、おっきいにはおっきかったですけどすげー固かったですよ?なんかいっそスイカっぽかったような……」


「スイカ胸に入れてる女の子がいるわけないでしょう」


「でもほんとにっ!」


 このままだと『胸にやられて女の子に優しくし初めた変態』ってな認識で固定されてしまう。


 それだけはなんとしても避けねばなるまいと必死な遥人。しかし、紫音の切り返しは無情にして鉄壁であった。


「そんなに言い切れるほど、胸の感触を気にしてたんですね。あの状況で」


「そんなこと言われたら反論のしようがないじゃないですか!ほんとにあの女の子はスイカだったんですよ!」


「あーはいはい。いいですよもう、何も言わなくて。わかってますから」


「何が?何がわかったの?俺には紫音さんの思考回路がまったく理解できないんですけどぉぉぉ!!」


 ……あれ?なんかこれ、効果絶大じゃない? 二人の会話を聞いていた奈央は、何とも意外な結果を目の当たりにした。


「これは、こっちに流れがきてますね」


「よしよし。奈央ちゃん、なんだか随分効果が出たみたいだから許す!」


「有り難きお言葉!」


「いつまで武士気取りやってんの。しかし、案外脆いんだなぁ」


 それぞれの感想を漏らす四人。そして日和がさらなる攻勢をかけるべく、怪しい黒装束を纏った。


「ここで一気に雰囲気を壊してしまいましょう。ということで、私が行きます」


 ここで大本命の日和が登場。気合いも十分なところを見ると、ただじゃあ終わらないだろう。


 黒装束を纏い顔を覆った日和の変装は、とりあえずバレないだろう。なにかやってくれることは間違いなさそうだ。


 彼女が人混みの中に消えていったのを確かめると、奈央は再びトランシーバーに耳を傾けた。



「おーい、紫音さーん!」


「………」


「聞こえますかー!耳、神経通ってますかー!」


「………」


 誤解を解こうと必死な遥人だが、対する紫音と言えばほぼ無反応。それでも、引き下がらないのが遥人であろう。


 普通に話してもダメ。聞く耳を持たないというかそもそも、興味を示さない。ならば……。


「あ。ほら、紫音さん。あんなところにレトルトカレー屋さん」


「………」


 反応、しないだと!?紫音さんの好物、レトルトカレーだぞ!?まさか、『レトルトカレー屋さん』の不自然さに気づかれたか?


「あ、ほら紫音さん。あれ、冷食屋さんじゃ」


「……!!」


 はっ、反応したっ!?冷凍食品屋さんに興味を示したぞこの人!最近は冷食がマイブームなのかな。


「あ、あっちにはケーキ屋さんが!」


「どこですかっ!」


 っしゃ!ついに言葉を発したぞこの人。やっぱりケーキはみんな大好きなんだな。もうひと押しだ。


「そして紫音さん。あっちには怪しい壺売り……壺売り?」


 路上の隅にブルーシートを敷いて壷を売る、明らかに普通じゃあない黒装束の女。


「ちょっとちょっと。そこのあなた」


「え?俺ですか?」


 うわぁ。なんか声かけられちゃったよ。逃げた方が良いのかなぁ。


「そう。あなたですよ。あなた、近いうちに死ぬから」


「は?」


 まったく、厄介事が次々と……。

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