第三十一話 前夜、叶えたい願い
「サンタっているじゃないですか」
『こたつでみかんの皮を剥く』という冬の定番の様でそうでもなかったりする動作をしながら、月島奈央は呟いた。
「あぁ、あのヒゲのおっさんな」
そう答えた遥人だが、彼の脳内にはヒゲオヤジではなくサンタ服の紫音が浮かんでいた。
「栗、そんなにおいしいんですか?」
あまりに可愛らしいサンタを思い出しにやついてしまった遥人に、微妙に引きながら聞いたのは真央。
同じくこたつで、こちらはお茶をすすっている。
「んー、この栗うまい」
こたつにみかんの常識を完全にスルーして栗を剥いている遥人。
ある友人曰く、『日常会話の受け答えからひねくれているやつもなかなかいねーよ』とのことだ。
「で、サンタですけど」
危うく栗の方に話題がすり変わりそうなところで、奈央はなおもヒゲオヤジにこだわった。
「何?あのこそ泥スタイルの老人にそんなに興味があるのか?」
実際にはこたつにみかんのなんたるかを、この栗を貪るひねくれ者に小一時間程かけて説明したいのだけど。
そう思った奈央だが、そこはぐっとこらえて再びヒゲの話に。
「あの人って、良い子のところにしかこないっていうじゃないですか?」
「まぁ正確に言うと、経済的に苦しいお家のお子さんのところにもこないんだよなぁ」
何でサンタというわりと夢のある題材で会話しているのに、いちいちシビアな返答を頂くのだろう。
「昨年来てくれなかったからさ、それから一年はいろいろ我慢して良い子にしてるわけだよ。なのにさ、また今年もお母さんは言うんだぜ?良い子にしていないから、って」
「……経験者ですか?」
「いや、うちは毎年来たよ」
プレゼント入れの靴下の中に靴下入ってた年もあったけどな。
夢があるんだかないんだかわかんねぇ。
「で、何が言いたいの?」
「いや、サンタさんから見た子供の善悪の定義って何かなぁ、と思って」
「うちには一回も来なかったもんねぇ」
奈央さんの素朴なんだか意味深なんだか微妙な疑問に、それまで話を静かに聞いていた真央さんが反応した。
「そんなに悪いことしてなかったのにね。私は」
「真央ちゃん、なんで『私は』って限定したの?」
サンタが来ないのが寂しいのか、どこか元気のない真央さん。しかし、そんな時でさえもこの言い様だ。
「奈央ちゃんは私に有害だったから。サンタさんもせっかくこそ泥スタイルなんだから、これ持ってってくれれば良かったのにね」
「有害!?あと、これって言うのやめようよ……」
そして最後に『ね』ってつけるのは何故だろう?俺に同意を求めてるのか?
「善悪の定義ねぇ」
それより、この二人サンタの正体知らないんか?つまり、大人の階段を一段すっ飛ばしてるということじゃないか。
「なぁ、サンタって何だと思ってる?」
「えっと……人?」
あんたそりゃねえよ。まず人かどうか疑われるサンタとか悲惨すぎるよ。
「奈央ちゃん。人間はトナカイで空飛んだりしないよ。だからあれは死神だよ」
やけにロマンチックだな、真央さん。いや、普通そこはせいぜい幽霊って言っとくとこだけどさ。
プレゼント置きに来るやつがでっかい鎌を常備してる必要ないしね。
「あのなぁ、サンタってのは人間だけど、そんな遠い存在じゃないんだぞ?」
とりあえずサンタ談義をするならば、まずは真実を知ってもらわないと話にならない。
そもそも、その正体を知ったら奈央さんの疑問も同時に消えるだろうし。
「遥人さん、あれの正体を知ってるんですか!?」
「死神じゃなかったんですか……?」
なんかものすごく子供っぽくて可愛いなぁ。でもごめん真央さん。その発想は可愛くないわ。
「サンタってのはな、自分の親……」
言いかけて思った。この話、二人にして良いのか?親のこととか、どことなくタブーな気がする。
あーもう。こんなところでも、二人のことを何も知らないということがネックになるよ。
「サンタってのはな、その……サンタの国から来るんだよ」
何言ってんのおおおお!?俺いったい何言っちゃってんだよ!
明らかにおかしいだろ!さっき遠い存在じゃないって言ったばっかじゃん!
「サンタの国……」
ちょっ。真央さん、そんな目を輝かさないで!なんか罪悪感が!てか、こんなメルヘンな真実で良いのか?死神はどうした?
「あれ?さっき身近な存在だ、みたいなこと言いませんでした?」
やっぱそこは気にしますか、奈央さんよ。妹を見習ってもっと純真な心を持とうよ。
いや真央さんもよく純真とはかけ離れたこと言うけどさ。でもなんだかんだこんな時は純真なんだよね。
「あー、あれだ。サンタさんはいつもみんなの心の中にいます、みたいな感じだ。」
だから俺は何を言ってるんだろう。これで実は二人とも正体知ってました、ってなったら軽く死ねるよ。
「ひねくれてると思ったら、ずいぶんメルヘンな思考回路も持ってるんですね」
それを言うな!俺だってサンタの国とか口走りたくなかったよ!
「で、結局どうして私のところにはこないんですか?」
真央さん、よっぽどサンタに来て欲しいんだな。その純粋な瞳が俺の罪悪感を増幅させてるとは知らないだろう。
「サンタも人間だしね。いくつか存在を認知できてない家もあるよ」
なんでそこは妙に現実的なんだよ!トナカイで空飛ぶわサンタの国とかいうわけわかんないところに住んでるやつに今さら『人間だしね』っておかしいだろ!
もう自分の発言に自分でつっこむのは嫌だ。どうしようもなく虚しい。
「なら、今年は来ますね。ここはちゃんと認知されてるんでしょう?」
「……そうだね」
来ねえよ。うちは両親もいないし。てかそれ以前におまえら子供なのか?
いや、ガキっちゃガキだけど。あと真央さんは見た目も十分幼いけど。
「本当ですか!?じゃあ早く靴下用意しないと!」
真央さん喜びすぎ……。やばいよね。これは今さら夢を壊すわけにはいかないよね。
「今日、何日だっけ?」
「十二月二十四日ですね」
当日じゃん。しかも、もう夕方だし。何か用意する時間すらない。
さてさて、どうしたもんかな。
で、夜。
「真央ちゃん寝ましたよ。ベッドに靴下ぶら下げて」
「奈央さんは寝ないの?早く寝ないとサンタさん来ないぞ」
まぁ寝てもこないけどね。残念ながら、今から欲しいものを知っても用意できないから。
「遥人さん、いつまで妄想してるんですか?」
「は?」
なんだその人をばかにしたような顔は。
「真央ちゃんはともかく、私は知ってますよ。サンタの正体くらい」
あ、そう。そりゃばかにされるわけだ。いい年してサンタの国とか言ってる痛い男だもんな。
「知っててなんで、あんな質問したんだ?」
良い子のところにしかサンタは来ない。そんなの、正体が親ならただの子供騙しだとわかるだろう。
「真央ちゃんね、ずっと楽しみにしてたんですよ。サンタ。小さいころから、毎年毎年」
でも、その期待は裏切られ続けたのか。何度も何度も。それでも真央さんは信じるんだね。昔と変わらない気持ちで、今も。
「うちの親は……いえ。うちの一族そのものが、子供のささやかな夢なんて少しも考えない人たちばかりだったから」
「え?」
「夢なんて、簡単に潰されてしまう。だけどそれでも、真央ちゃんは夢を見続けたんですよ」
聞き間違いじゃない。今奈央さんが話しているのは、二人の過去。
絶対に話そうとしなかった、二人の過去。それを彼女は、自ら語ったのだ。
「そんな真央ちゃんを見てたら、納得できなくて。良い子にしていれば、なんて曖昧な決まり文句じゃ、納得できなくて」
本当に知りたかったのは、大好きな妹の願いが叶う方法だった。これ以上、クリスマスの朝の悲しそうな顔を見たくなかった。
「なぁ、真央さんは何が欲しいか言ってたか?」
「え?……紙に書いて靴下の中に入れてたみたいだけど……」
「よし」
そう言って立ち上がった遥人は、すぐに真央の部屋に向かった。
「遥人さん!?今さらそれを見たってどうしようもないでしょう!」
「もしかしたら用意できるものかもしれないだろ」
その目には強い意志が宿っているように見える。願いを叶えてみせるという、強い決意。
「そんなに楽しみにしてて、また裏切られたらどう思う?俺の嘘で勝手に期待させといてさ」
きっと、悲しむよ。悲しみは慣れていくものでもあるけど、どんどん深くなっていくものでもあるから。
「でも、たとえ遥人さんがプレゼントを用意してもそれは嘘じゃないですか」
「嘘だって良い。真央さんの悲しそうな顔を見るより何万倍もマシだ」
そして、遥人はそっと真央の部屋のドアを開けた。どこか楽しげな寝顔の真央が見える。
そうだ、私は何を勘違いしていたんだろう。私はただ、大好きな妹を幸せにしたいだけだ。
そのためには、自分の幸せだって捨てる覚悟もした。真央ちゃんの幸せが私の幸せなのだから、それは成り立たないけど。
無理とかできないとか、そういうのは捨てよう。なんだってしてみせる。真央ちゃんのためなら。
さぁ、どんなものでも良い。必ず用意してみせる。だから遥人さん。早くその紙を開いて。
ベッドにぶら下がった靴下から一枚の紙を取り出した遥人。それを開いた途端に、彼は笑った。
『こんな日々が、いつまでも続きますように』
そう書かれた紙を見て、思わず私も笑ってしまった。
「それはサンタに頼むことじゃないだろ」
そう言いながら遥人は、眠っている真央の頭を撫でた。そして、優しく呟いた。
「だから、その願いは俺が叶えるよ。サンタじゃないけど、いいよな?」
そのどこまでも優しく温かい笑顔に、不覚にも目を奪われてしまった。
真央ちゃんの笑顔もいいけど、これもなかなか……いやいやいや。
「残念でした。それは私が叶えますよ」
ちょっとした宣戦布告に、遥人さんは苦笑いしながら言った。
「じゃあ、奈央さんの願いは?」
「え?」
「なんかあるだろ?欲しいもの」
そんな気遣いにちょっとドキッとした私。今夜はどうかしてる。
欲しいものかぁ。別にないかな。だって
「もう、もらってる……」
こんな幸せだと思える日々を、私はもうもらっているから。
「は?」
でも、そんなこと言うのはやっぱり恥ずかしいよね。
「いえ、前にサボテンもらったでしょう?私はそれで十分です」
まぁ、あれはプレゼントというよりは『警告』なんだろうけど。
「でも」
「いりません!その分を真央ちゃんのために使ってください」
私はこれ以上何もいらないから。私なんかには充分すぎるくらいのものを、もうもらったから。
「わかったよ。まったく、ほんと真央さんしか見えてないよなぁ」
「なにか不満ですか?」
「いや。ただ、もう少し俺も見てくれよ」
そんなことを口走るものだから、一瞬で真っ赤になってしまった。
なにそれ、まるで口説き文句みたいじゃない。どうせ無意識で言ってるんだろうけど。
「ん、なんで赤くなってんの?」
「なんでもないですっ!それより、明日は織崎さんとデートでしょう。早く寝たらどうですか」
「んー、奈央の寝顔見てからね」
「なっ、何を言ってるんですか!?早く寝てください!」
あれ?なんか今呼び方が違ったような……。いや、気にしないようにしよう。今夜はちょっとどうかしてるし、早く寝た方が良さそうだ。
しかし、それから数時間。未だに顔が赤いわ熱いわでなかなか寝つけない奈央であった。
こんな一日。
続け日常。