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日常賛歌  作者: しろくろ
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第三話 知ってること、知らないこと

 知ってること、知らないこと。ゆらゆら揺れる真偽の定義。ふらふら揺らぐ信義と正義。


 知らないだけでいつでも不安。知らないことが何より不満。無知を無恥でいられぬ誰か。価値も朽ちると認めぬ誰か。


 それでもただ、『知らない』ことは『怖い』から。




 アパートにおかしな姉妹がやって来た!いや、そんな喜ばしいことではないんだけど。むしろ、悲しき夏の珍事か。


 名前を聞いてもわからない、おうちを聞いてもわからない。という困ったちゃんな歌があるのは、みんなご存じだろう。


 しかし、この姉妹の場合はそれよか性質が悪い。名前くらいは答えてくれるものの、それ以外の内情は一切明かそうとしない有り様なのだ。


 突然人の家に押し掛けてきて、自分たちの素性も明かさないとはこれ如何に?まったく、勘弁してくれ。


「だからぁ、詳しいことは貴方のお父さんがちゃーんと認知してますから、改めて言う必要なんて無いんですって!」


「だからその親父はもうこの世にいなくて、ことの当事者になった俺は何も知らないってんだよ!」


 つーかこの姉は何故にこんな喧嘩腰なんだ?俺なんか悪いことしたか?


 ……いや、いいことしかしてねえよ俺。家無き子を家にあけで話を聞いてあげてるもの。


「だから、貴方は黙って私たちを幸せにすればいいんですよ!」


「おいソレ、もうほとんどプロポーズだよ!何だよ幸せにすればって。どうせならもっと可愛く頼めねえのかよ」


 このヒト科の針鼠みたいな姉じゃ、到底無理だろうけど。頼み方によっちゃ俺だって、前向きに考えないこともないのだが。


 そんなことを考えていると、暫く無言だった真央さんが俺の前に歩み出る。


「はい、私がやります!」


 そして、姉とは真逆の人懐っこい笑顔を見せる。うん、この姉妹には小動物と障害物くらいの差があるわな。


「遥人さん、『私だけを』幸せにしてくださいねっ」


 語尾にハートマークでも付くんじゃないかってくらいの、可愛らしいお願いだった。こっちの妹は素直で可愛いなぁ。


「てか真央ちゃん、私だけをって何!?そこは『私たちを』だよね!?」


「ううん。奈央ちゃんはいいや」


「いっ、いいやって、いいやって……」


 ここで然り気無く妹の裏切りが発覚した模様。この妹、さっきは純粋で淀みない笑顔だったのに、今はドス黒いブラックホールになってら。


「よし任せな。真央さんの方は俺が責任を持って幸せにするから」


 頭を撫でてやると、頬を赤らめながら嬉しそうにはにかんだ。うん、この娘は可愛いや。よくできた妹がいるみたいで気分がいい。


「ちょっとお!気安く真央ちゃんに触らないでくださいっ、汚らわしい!」


 こっちは激しく可愛いくねぇえ!少しは妹を見習えよっ!


 だいたい汚らわしいてなんだよ汚らわしいって。普通に生きてたらなかなか言われねえよ、そんなん。


「真央さん。お姉ちゃんと俺、どっちに付くのが利口かわかるね?」


 なんか、悪の組織の組員みたいな台詞でちょっと楽しい。さて真央さんはどっちを選ぶのだろう?


「……私、がんばって二人を裏で操れる人間になります!」


「いや、そんな腹黒い頑張りはいらない!」


「そして、この家の家主になります!」


「どんな野望!?まだ海賊王とかの方が清々しいレベルだよそれ!」


「……真央ちゃん、お姉ちゃんは、真央ちゃんがどんなになっても、ずっと味方だからね……」


 ちょっ、奈央さん!?泣くな泣くな!


 仕方ないだろうが。人は日々変わって行くんだよ。良い方向であれ、悪い方向であれ。


 ……しかし、この姉妹はこういうパワーバランスだったのか。なんか、知って損したような気が。


 けど、変に過去や素性を気にするより、こうやって性格や関係を知って行った方がよほど建設的なのかもしれない。


 いろいろ気になる部分はあるけど、とりあえず素性を探るのは止めにしておこう。


 まずは好みや性格を掴むことが優先。どんな道を歩んできたかより、どんな道を歩んで行くかの方が大切だもん。


 これから共同生活を始める相手のことを何一つ知らないなんて、そんなの不安だし、何より絶対に距離は縮まらない。


 でも、相手が知られたくないことを無理やり詮索するのは、間違ってる。そんなことしなくても、分かり合える方法はきっとある。


 だから、俺が知ることはこんなことでいいんだ。今は、まだ。


「よし、今から二人にいくつかの質問をしよう。答えられる範囲で、正直に答えるように!」


「「はーい」」


 うん、返事は非常に良いんだよな。……とても素性を一切明かさない奴らとは思えないくらいに。


「別に構いませんけど、なんで急にそんなことを?」


「単純な話、不安の解消だよ。これに尽きるわ」


「ふうん。なら、余計不安になるような返答してやりますね」


 このアホ姉、どこぞの悪代官も顔負け名前負けの嫌な笑い方をしやがる。越後屋を呼ぶか。


「いや、『正直に』だからな?」


 なんでもいいけど、こいつら遠慮だとか気遣いだとか全くないよな。とてもいきなり押し掛けてきた居候とは思えないくらいに。


 気に食わないけど、こっちとしてはむしろ好都合なのかな。ざっくり答えてくれるのは有り難いや。


「それじゃ質問1。好きな食べ物は?」


 いきなりの底抜けに間抜けで気抜けな質問に、奈央さんがぽかんと口を開けている。無理もないか。


「いやっ、そんなんで良いんですか!?」


「なんだ、スリーサイズでも聞いて欲しかったか」


 俺の見立てによると上から……いや、あれは急転直下のナイアガラだ。凹凸がねえ。


「やーね真央ちゃん。これが噂のセクハラよ」


「お巡りさーん」


「おい冗談だろ、通報は止めろ!真央さんは受話器を置きなさい!」


 油断も隙もなかった。確実に着実に電話機に110が入力されていくのは物凄い恐怖だ。


「というか、聞かなくても良いんですか?ここに来たいきさつとか、私たちの素性とか」


「あと『ぐふふ、今日は何色の下着穿いてるの?』とか」


「待てっ、最後の真央さんのはおかしいだろ!悪いが俺は一般人であって、断じてぐふふとか笑う変態さんではないぞ!」


 さっきのスリーサイズ発言と直後の身体凝視がまずかったらしい。真央さんが微笑みながら俺を見下しているのがわかる。


「あらあらー、自覚がないとか重症ですねぇ」


「真央さん、君はもしかして性根がそんなんなの?」


 だとしたら不安とかそんな生易しいレベルじゃないぞ!さっきから嬉々として暴言吐いてるもん!


「どうでしょうねー。因みに私は甘いものが好きですね。特に大福とかきんつばとか」


 軽くスルーされた。好きな食べ物は和菓子ということらしいが、それよか今は彼女の腹の暗黒について小一時間話したい所だ。


 この娘は下手したらあんまんかもしれないのだ。その心は、外は真っ白く中身は黒いでしょう。


「何だか話してたら食べたくなってきますね。あまーいきんつばとか、緑茶とセットで」


 ぽかぽかの笑顔に恍惚の瞳。そこには欠片の邪気もなく、ただ一面の純白が広がるようだった。


 さっきの黒々しさは俺の杞憂だったのか?……それならそれでいいのだが。


「あれれ、奈央ちゃん何をしてるの?早くきんつば買ってこいよ」


 前言撤回。そして始めよう全面警戒。俺は重要なことを失念していたようだ。


 あんまんは、やたらに甘いのだ。そして、温かくもある。トラップとしての要素はその餡の如く詰まっている。


「ごごごめん真央ちゃん!すぐに行くからお姉ちゃんを嫌いにならないで!」


「待て待て、パシらせるなら後にしてくれ。一応奈央さんにも答えてもらわなくちゃならないんだから」


 双子なんだし好みも一緒やろ。とはいきそうにもないこの二人。状況からすれば奈央さんは辛党でも不思議はない。


「うぅっ、妙に気を遣わなくていいですよう。どうせ私は……」


 何いじけてんだこいつ。いやしかし、こういう仕草が意外と可愛かったり。


 これはアレだな。ついついイジめたくなるようなタイプだ。


「奈央さんの好きなの食べ物は……ああ、カエル以外でね?」


「然り気無く私に『カエルが好物の人』みたいな前提条件を加えたっ!?」


「すごいです遥人さん!見直しました」


 壮絶に突っ込まれた後、真央さんから羨望の眼差しをいただいた。こんなことで見直すのは視点が狂ってるとしか……。


「あの、まさか遥人さんも性根がそんなんだったりします?」


「うん、だいたいこんなもん」


「うわっ、微妙に最低人間ですね」


 あっさりと最低人間扱いされた。否定はしないしできないのが辛いところだ。


 ただ、今のは単にイジめてみたかっただけなんだけどね。


「それと、私は洋菓子派です。甘党に対して辛党なんて安直な考えは捨てた方が身のためですよ」


 心中の予想外したくらいで大変な言われようだ。そもそも勝手に人の思考を読み取らないで欲しい。


「ああそう、洋菓子好きなんだ。……洋菓子は奈央さんのこと嫌いだけどな」


「今ぼそっと酷い発言しましたねっ!?やっぱり最低人間じゃないですか!」


 うーん、今のは無意識で言っちゃたなぁ。否定のしようがないわ。するつもりもないけど。


 さて、次行こう次。これ以上騒がれると面倒だし、さっさとすっきり話題を変えていこうじゃないか。


「よーし、次の質問。お二人の趣味は何でしょう?」


 この当り障りのない質問ですよ。こういう楽な質問を続けて、徐々に警戒を解いていくのが狙なわけ。


 なかなかに周到だろ?はっきり言って面倒くさいけど、隠してた恥ずかしい一面が見られるかもしれないし。


「私の趣味は真央ちゃんの写真しゅっ……いえあの、写真撮影とかですかね!」


 なんか今、一瞬さらけ出した物があったような……妹の写真集作りとかは流石に普通じゃないよな?


 妹大好きなのは見てればわかるけど、これはシ●コンに片足浸かっちゃってんじゃないの?


「ぷにぷにして気持ち良さそうですねえ」


「いやシリコンじゃねえよ……ってか真央さん、あんなの聞いて平気なの?」


 もし俺が真央さんの立場だったら、一瞬で奈央さんを見限るレベルだけど。


 やっぱり姉妹愛ってもんがあるのかね。一人っ子の俺にはわからないのが、ちょっと寂しい。


「いえ、対価は払ってもらいますしね。労働で」


 思いっきり等価交換だった。姉妹愛とはいったい何だったのか。


 つーか早いな!もう油断して恥ずかしい一面をさらけ出したよこのアホ姉。


 発覚した痛々しい趣味自体には突っ込まないように心掛ける。そんなディープな世界には関わりたくもないし。


 しかし、この作戦が成功っぽいことは十分にわかった。この調子で行ってみようじゃないか。


「それじゃ、真央さんの趣味を教えてくれる?」


「ええと……はい、人で遊ぶことです!」


「うん、なんかもう、薄々気づいてた」


 人『で』っておい……。別ベクトルのあまり聞きたくない事実が二つですよ。しかもやけにはっきりと言い切りやがった。


「俺は、お前らの将来が果てしなく心配だよ」


「ほっ、ほっといてください!楽しければ別に良いじゃないですか!」


「そうですよ、すごく楽しいんですから」


 顔を赤らめている奈央さんが可愛らしいのは、この際置いておこう。それより含み笑いを浮かべる真央さんが素で怖い。



「よ、よし!次だ次っ!」


 あんまり知りたくなかったことばっかだったけど、気にしない方向で質問を続けることにした。大人の対応ってやつさ、えへん。


「それでさ、おまえらそもそも金あんの?」


「……またいきなりシビアな」


「亡者です、金の亡者!」


 いや、ある意味当然というか、本来なら一番先に話さなきゃならない最重要事項だろ。金無しで生きていけると思うなよ。


 ただ、何故か我が家には妙に金があるんだよな。だからといって小遣いを沢山もらえたわけじゃないんだけど。


 父さんと母さんが亡くなった後、口座の管理をしてくれる甲斐さんが不思議なことを言うのだ。


『心配するな。てめえの親父はそもそも稼いでたし、今後も定期的に金が振り込まれるアテがある』


 二人の保険金を抜きにしても、そんな貯蓄と謎のアテがあるらしい。いったい親父の仕事はなんだったんだろう?


 結局死ぬまで『たたの会社員さ!』とかいう人を舐めてるとしか思えない嘘を通されたままだ。まさか、息子に言えないようなヤバい仕事なのか?


「えっ、そもそもお金出してくれないんですか?」


「……いや、どんなそもそもだ。世の中舐めとんのか小娘」


 そんな筈はない!みたいな顔しとりますよ、このアホ姉は。世間というものを一度省みろと。


「貴方のお父上が『うちにおいでよ』とか言ったんですもん。お金はなんとでもなるものだとばかり」


「なんだその『おいでよ動物の森』みたいなノリ!ああでも、あの父さんなら普通に言ってそうで怖え!」


 そう考えれば、奈央さんの癖に正論発言だった。心苦しいが、これは正直父さんが悪いとしか言えない。


 言いたかないけど、何かを為そうとしたなら途中で息絶えることさえ、それは『無責任なこと』なのだ。


「けど、確かに私たちも楽観的過ぎました。ほんと、恥ずかしながらですが」


「いや、真央さんが恥じるべきことなんか一つもないよ」


 恥じるべきなのは、無責任な父さんと他力本願が極まってる奈央さんだと切に思う。


 でも、父さん。姉妹をここに導いたのはあんただもんな。……保険金、こいつらの生活費に当てていいんだろ?


「もういい。この話はこれっきりにしよう」


 奈央さん辺りは一刻も早くこの話題を脱したいようだしな。俺だってあんま真剣に金の話なんかしたくないし。


「そうしましょうそうしましょう!それじゃさっさと次の質問へGOです!」


 ……奈央さん、ほんとにこの話題嫌だったんだな。水を得た魚の如く増長してやがる。


「んー、今日はとりあえずこのくらいにしとくか。後は追々ってことでさ」


 足りない部分はもう、普通に生活してく中で知ることができたら。そんな日々が送れたら、それは幸せな毎日なんだろうと思う。


「そういえば、遥人さんはどうなんですか?」


 不意に、真央さんが問うた。俺のことを知ろうとする姿勢は嬉しいけど、同時になんだか恥ずかしくて。


「……俺?」


「そうですよ。遥人さん、名前聞いてきたときも自分は名乗らなかったじゃないですか」


 そうだけど、俺はあんまり得意じゃないんだよね。自分のことを話すの。


 けど、二人とともに過ごすものとして、この物語の語り部として。


 ちゃんと言っておかなくちゃなんないとこもあるのかね。ああでも、やっぱ恥ずかしいなぁ。


「―――二人と同じく、甘い物は好きだな。和洋問わずにどっちも。趣味は読書とかじゃないかな、多分」


「自分のことなのにその曖昧さはいったい……なんかもう少しひねった返答してくださいよ」


 ひねった返答って、俺ははあんたらほど人に言い難い趣味なんか持ってねえし、基本的には至って普通の男の子だからな。


 ある意味それが軽度のコンプレックスではあるのだけど。自我の薄さとか、意味や意義とか。


 考えるほど後ろ向きに全力疾走するのも、俺の特徴的な悪い癖だったり。


 もうこのくらいでいいだろ、今日は。終いだ終い。


 なんて思っていたのに、最後に真央さんから余計な一言が飛び出してしまうわけで。


「しっかりしてください。この小説、一応コメディなんですからね」


「いや、それは言わない約束だろっ!?」


 主に作者のために。ジャンル指定しくじったかな、なんて言わなくてもいいんだけど。


 まあそんなわけで。


 こんな一日

 そんな日常



 日常賛歌




 既に一つの分岐点。いつだって、後悔するのは忘れた頃で。


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