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日常賛歌  作者: しろくろ
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第二十七話 サンタさんの誘導作戦

 いつ雪が降ってもおかしくない。そんな寒さの中、遥人はアパート二階の一室に向かっていた。


 雪、降るのかな。そんなことを考えていると、いつも感じることがある。


 自分もつまらない人間になったんだなぁって。そう感じる。


 昔はその白い不思議降下物に心を踊らせていた自分も、今やそれを忌むようになった。


 雪なんか降ったら交通は不便になるし、雪かきとか面倒だ。


 そんな現実的な思考ができるようになってしまった自分は、本当につまらない奴だ。


 いつものようにそんな結論に辿り着いたとき、遥人はドアの前にいた。


 このドアの向こうにいるあの人は、ちゃんと生きているだろうか?


 この寒さの中、『面倒』の一言で暖もとらずに生活してる可能性が高い。


 それが心配で来てみたのだけれど。


(こんなこと心配されんのはあの人くらいのもんだろうな)


 イメージ的には布団の中に一日中篭ってそうな。だとするとチャイムを押しても無反応かも。


「紫音さーん。起きてますかー?」


 さすがに自分の声なら反応くらいしてくれるだろう。そう思い呼びかけた。


 しばらくして、紫音さんの足音。ドアの前まで来て止まった。


「……誰ですか」


 ドア越しに聞いた声は気のせいかものすごく冷たいものだった。


「遥人ですよー」


 距離的には全然近いのに何故か遠くに向かって話すような喋り方になってしまった。


「……そんな人、知りません」


「えっ、紫音さん?」


 まさかの返答に戸惑う俺に、冷たいというよりなんだか拗ねているような声で対応する紫音さん。


「人を長い間ほったらかしにしておくような人は知りません」


 いや、これ普通に拗ねてるんじゃないか?


「長い間って、この前一緒に買い物に行ったばっかりじゃないですか」


 今や習慣ともなっている紫音さんとの食料品の買い出し。


 一昨日も一緒にスーパーに行ったばかりだ。


「話数的にはもう7話もほったらかしです」


「話数ってなんですか!?てか多分それは俺のせいじゃない!」


 作者のせいだろ。明らかにさ。


「前だって長い間ほったらかしだった……」


 普段無表情なためなかなか拗ねている様子が想像できない。


 それでも、彼女が拗ねているという事実が可愛らしくて笑ってしまう。


 いや、笑っている場合じゃないんだけど。そろそろ本格的に寒いし。


「中に入れて下さいよ。カゼひきますってこれ」


 言った直後にタイミングよくくしゃみをしてしまったのが効いたのか、しばらくして紫音さんはドアを開けてくれた。


「えっ、サンタ?」


 ドアの向こうにいた紫音さんは、何故かサンタ服を纏っていた。


 下がミニスカ状態のため寒くないのか疑問だったのだが、部屋がしっかり暖められていたので問題ないらしい。


 てかなんでサンタ?俺の不思議な物を見る眼差しもスルーして、彼女はこたつの方へ歩いて行った。


 俺もそれについて行こうとして、何かを踏んだ。


 日めくりカレンダー。それも今日の日付のページ。なんで?


 疑問に思い床を見渡すと、こたつへの道を辿るように日めくりカレンダーのページが何枚も落ちている。


 よく見ると、徐々に日にちが進むように並んでいるみたいだ。


 それを拾いながらこたつに向かうと、最後にあったページは12月25日。クリスマスである。


 それに重ねるように置いてある一枚のチラシ。


『オーケストラ クリスマスコンサート』


 その題名には見覚えがある。俺はポケットから二枚のチケットを取り出した。


 そこには同じくクリスマスコンサートの文字。チラシのものと一緒だ。


 このチケット、今朝ポストを開けると何故か入っていたもので気味が悪かったのだが。


 そして部屋にいきなり流れ出したクリスマスソング。オーケストラ風にアレンジされたものだ。


「紫音さん、これ……」


「…………さぁ、なんでしょうね」


 こたつにあたる紫音さんは、知らないふりをしたいんだろうが完全に目が泳いでいた。


「オーケストラ、好きなんですか?」


 ため息をつきながら聞いた俺に、紫音さんはかなりあからさまな返答をした。


「好きですよ。特にクリスマスに見に行くのは」


 目を合わせないでそう言った紫音さん。


 顔を真っ赤にしたサンタ服の彼女は、落ち着かない様子であたふたしていた。


 その可愛らしさときたら破壊力抜群なわけで、彼女の狙いがなんとなくわかってしまった。


 誘えってことか?


 つーか準備良すぎだろ。これ朝チケットをポストに入れた時点から計画されてたんか。


 でも、紫音さんとコンサート。なかなか悪くないクリスマスではある。


 うん、いっそのこと誘っちゃえ。


「紫音さん、クリスマスは暇ですか?」


「私は常時暇です!」


 即答。珍しく語気を強く言った紫音さん。いや、それは胸張って言うことじゃないからね?

 こんな手の込んだことをする気力があるなら、この人はきっと引く手あまただろう。


 コンサートくらい、放っておいても誰かが誘ってくれるのに。


 俺なんかじゃなくて、もっと紫音さんを大切に思う誰かがさ。


「じゃあクリスマス、一緒にコンサートね」


「……はい」


 まるで噛み締めるように承諾した紫音さん。相変わらずの無表情で喜んでいるのかわからないけど。


「あとさ、その格好。靴下でも吊るしておけばプレゼントでもしてくれるの?」


 からかい半分で言ってみた言葉に、彼女はきょとんとした。


 そして、やがて答えた。見ている俺の方が赤くなってしまいそうな、キレイな笑顔で。


「お望みとあらば、期待に答えてみせますよ」


 なら、期待しよう。そして、俺も彼女に楽しいクリスマスをプレゼントしてみせよう。


 そしたらきっと、楽しいクリスマスになる。そう思うから。


「あ……雪」


 紫音さんの呟きに外を見ると、そこにはひらひらと雪が降っていた。


 キレイだと、そう思えた。


 さっきまでは煩わしいと思っていた雪を、今はキレイだと思える自分。


 それが嬉しくて、いつまでも外を眺めていたいと思った。


 暖房の効いた部屋。俺の心配とは裏腹に、ちゃんとこたつまで出してある。


 俺は紫音さんの正面に座り、今度は紫音さんを見た。


 もういつもの無表情に戻ってしまっている。ちょっと残念だけど、これはこれで落ち着くような。


 役目を果たしたクリスマスソングはいつの間にか止まり、辺りを静寂がつつんでいた。



 うん。きっと、紫音さんと過ごすクリスマスは楽しいだろう。


 でも、俺にとってはこんな一日だってすごく楽しいんだ。


 そうだな。サンタさんには、こんな日々が続くようにお願いしよう。


 七夕のお願いみたいでちょっと的外れな気もするけど、今年のサンタは叶えてくれそうだ。


 俺の目の前に座る、可愛らしいサンタなら。靴下は、きっといらない。




 こんな一日。

 そんな日常。

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