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日常賛歌  作者: しろくろ
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第二十三話 猫舌?気合いで飲めよ気合いで

 次第に冷え込む外気に合わせる様に温度を奪われていくコーヒーが二つ。


 それでもまだ口をつけるには熱いはずなのに、奈央は不用意に口をつけてしまった。


「あつっ」


 ちょっとドジを踏んでしまって微妙に恥ずかしい奈央は、どうも気になってしまい正面に座る男を見た。

 遥人さんのお友達。出会ってはいけないはずだったのに。


 本当にどうすればいいんだろう?戸惑う奈央とその存在に疑問をもつ疾風の間には、暫く沈黙が続いていた。


 その沈黙に耐えかねて熱いコーヒーに口をつけてしまった奈央だが、それは相手も同じだったらしい。


 先ほどの奈央の失敗を見ているにも関わらず、疾風はコーヒーに口をつけた。


 そして、気合いで全て飲み尽くした。うあ、口の中の感覚がなくなったよ。


 しかし基本的にプラス思考な疾風は、この奇行の勢いでその沈黙を破りに向かった。

 空になったカップを勢い良くテーブルに置き、正面に座る謎の女に声を発した。


「「あのっ」」


 声が……被ったっ!!


 再び流れる沈黙。気まずい、気まずすぎる。


「あのっ、えっと……なんですか?」


 謎の女の子は戸惑いながらも俺に言葉の続きを促した。ここは、単純にいこうと思う。


「とりあえず君、だれ?」


 女の子はその質問に仰け反った。そして頭を抱えてうなだれた。


 まずいこと聞いたか?いやしかし、この質問にはどうしても答えてもらわねばならない。


 気まぐれでやって来た親友の家には何故か可愛い女の子がいました。


 うん、なんだそりゃ。意味わからんし、場合によっては野郎を全力でぶん殴らねばならない。


 不敵に口元を吊り上げて笑った疾風は、黙って質問の答えを待った。


 一方、奈央は。


(どうしよう……何て答えればいいの?この状況を回避できる返答なんてあるのかなぁ。)


 余りにピンポイントすぎる質問に、本気で悩んでいた。


 冷め始めたコーヒーをちまちま飲みながら時間を稼ぎ、奈央は三つの方法を思いついた。


 第一案。実は私、遥人さんの親戚でして……。


 第二案。あれ?ここは私の家ですけど。


 第三案。恋人ですよ、コイビト。まったく、野暮なこと聞かないでくださいよぉ。


 一番それっぽいのは第一案かな?でもそれはそれで後々厄介だし……。


 この際第三案で……?いやいや、この際ってどの際!?それはムリ!なんか選んだら負けっぽい!


 てか第二案は絶対成功しないしなぁ。後はもう、遥人さんが帰って来るのを待つしかない?


 でも、遥人さんが帰って来るなら真央ちゃんも一緒だし……。そんな状態では、遥人さんでも巧く回避はできない?


 迷った末に奈央が選んだのは強行手段。


「あっ!ごめんなさい、すぐに片付けます」


 コーヒーカップを不注意を装って倒すと、それを片付けるために台所に下がった。


「ねえ、ちょっといい?」


「はい?」


 去り際に声をかけられた奈央は、動揺を隠して振り向いた。


「今、何時?」


「え?……3時28分ですけど……」


「そっか、ありがとう」


 なんとも不思議な質問だった。彼の位置なら正面に時計が見えるはずなのに。


 しかし奈央は、そこまで気に止めることなく台所に去って行った。



「へぇ、随分この家にいるんだ」


 疾風は納得したように、ぼそっと呟いた。それは奈央が知られまいと隠していたこと。それを、疾風は気づいた。


 この部屋には時計が二つある。ちょうど先ほどの奈央と疾風と同じ位置関係の時計。


 一つは疾風の正面。時間が正確な時計。もう一つは奈央の正面。こちはら時間を正確には示していない時計。


 しかし奈央は、時間を聞かれ真っ先に振り返り時間の正確な時計を見た。


 自分の正面の時計には一切目をくれずに。それが、疾風を確信させた。


 彼女はこの家に住み慣れている。そうでなければ、あんな時計の見方はできない。


「いったいどうなってんだ?遥人よぉ」


 素直に呟いた疾風の耳に、玄関のドアが勢い良く開く音が聞こえた。


「疾風っ!」


 どうやらやっと、帰って来たらしい。この家の主、遥人が。


「遥人さん!」


 台所で時間を稼いでいた奈央が、遥人の帰還に心底喜んだ。


 すがるように自分に抱きついてきた奈央さんの頭を優しく撫でると、遥人は呆れたように言った。


「もう、わかっちまったよな?疾風」


「ああ、今さっきな。説明してくれんだろ?」


 まさか気づかれているとは思わなかった奈央さんがびっくりしている。


「説明……聞きたいか?」


 答えがわかりきっているのか、言いながら疾風の正面に座った遥人。


「是非」


 奈央も遥人の横に座り、準備万端。溜め息を一つつくと、遥人はゆっくり話を始めた。


「これはもう夏休みの話なんだけど……」




 一方、真央。


 出会い。何かを変えて行くもの。何かを奪って行くもの。何かを与えて行くもの。


 この出会いは私から、何を奪って行くのだろう?



 逃げなきゃ。


 自分を窮地から救った男に対して、真央は怯えていた。


 なぜなら、その男は繋ぐのだ。二度と戻りたくないあの日々と真央を、再び繋いでしまう。


 逃げなきゃ!


 そして真央は走り出した。自分の心臓の音が大きく聞こえる。まるで警笛のように。


 必死で走る真央だったがしかし、ここは狭い一本道。やがて追って来た男に腕を掴まれた。


「離して!やだ、私は……帰りたくない!」


 あの日々には二度と、帰りたくない。だから真央は、必死に訴えた。


「離して……離してよ、秋隆っ!」


 その男、藤森秋隆(ふじもりあきたか)は相変わらず険しい表情のまま、意外にも手を離してみせた。


 懇願するものの相手の意思で離してくれるはずがない。そう思っていた真央は動揺し、動くことができなかった。


 視線がぶつかった瞬間にやっと状況を理解して、再び走りだした。


「話を聞いてください」


 かけられた言葉に耳を貸さずに走り抜ける真央であったが、次の瞬間彼女の足は止まった。


「お嬢様。私は、あなたの敵にはなりません」


 そう言って秋隆は、逃走をやめた真央にゆっくりと歩みよっていく。


「敵には……ならない?」


「そう、私はあなたの敵ではない。従って、あなたを連れ戻す気はない」


 そんなの、信じられない。真央はそう感じた。しかし、足は動かない。逃げなきゃって、思えない。


「秋隆はあっち側の人でしょう?なのに敵にはならないなんて……信じられないよ」


 言いながら真央は、涙を流した。それは恐怖から来るものではない。


 かつて自分が大切に思っていた人を敵だと思わねばならない、それがどうしようもなく悲しかった。


「信じろ、とは言いません」


 やがて秋隆が目の前までやって来ると、真央は力なく崩れ落ちた。


 秋隆は膝立ちになりと視線を合わせると、指で真央の涙を拭った。


 険しい表情が笑顔に変わり、真央はその胸に抱き寄せられた。


「ただ、今のあなたはとても寂しそうな顔をしている。それを放っておくわけには、いかない」


 その言葉の内に以前と変わらない優しさを感じて、真央の涙は一向に止まる気配を見せなくなった。



 過去と今。真央の中でそれらは、今この時確かに繋がった。




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