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日常賛歌  作者: しろくろ
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第十八話 気分次第でプレゼント

 切り取った時間。切り取った者。切り取られた者。


 写真。想いを留め、縛る物。時間を止めて、残す物。




「アルバムの整理?」


 ちょっとした用事で姉妹の姉の方を探していた俺は、居間で一人黙々と作業に励む奈央さんを発見した。どうやら例の真央さんの写真集と化したアルバムの整理をしている様だ。


「あ、帰って来てたんですね」


「うん。今日は半日だけだったからさ、学校」


 ふーん、と興味なさげに答えた奈央さんは、再びアルバムの整理にとりかかった。


 このままさっさと用事を済ませてしまうのもつまらないので、俺はテーブルにならんだ写真を見てみることにした。


 姉妹が自分達の過去を話すことを拒んでいることもあり、このアルバムの写真をじっくり見たのは始めてである。


 無言で作業を続ける奈央さんは写真が見られることに抵抗はないらしい。これは二人の過去を少しでも知るチャンスだろうと思い、俺は写真を一枚一枚じっくり見ることにした。



 笑顔、笑顔、笑顔。写真の中の二人は、どれもとても幸せそうに笑っていた。写っているのがほとんど真央さん一人で、奈央さん自身はあまり写っていないけど。


 しかし、真央さんが幸せそうにしているなら奈央さんも幸せなんだろう。


 うん、確かに幸せだったのだろう。少なくとも、これらの一瞬一瞬は。


 それでも二人が我が家にやって来た理由は、幸せになるためだった。奈央さんが切り取った一瞬一瞬は幸せでも、やっぱりそれが全てではないのだろう。


 例えば、数々の写真の中に二人以外の人が写っているものが一枚もないこととか。


 例えば、写真が幸せな時間だけしか写し出していないこととか。


 そんなことを考えながら見る写真は、なんだか少し寂しくて。しかし俺はその笑顔に見入ってしまうのだ。


 こんな笑顔、まだ数える程しか見たことがないから。俺は、こんな笑顔をこれから何度もさせてあげられるだろうか?


 そして、いつかこの写真のどれよりも輝く笑顔を見ることができるだろうか?そんなことを考えてしまうのだった。


「可愛いでしょ」


「は?」


 長らく無言を貫いていた奈央さんが急に話しかけてきたため、俺は言葉の意味を理解できなかった。


「可愛いでしょ、真央ちゃん。写真見てたじゃないですか」


「あー、はいはい。確かに可愛いな。奈央さんが入れ込むのもわかる気がする」


「でしょう。真央ちゃんの笑顔にはほんと癒されますからね。こうやってアルバム整理するのも楽しくて」


 すげぇ生き生きしてるなぁと思いつつ、『私にとって真央ちゃんはアミノ酸より大切ですからね』とか微妙に大切なのかわかりにくいことを言ってる奈央さんを見てみた。


 そうやってシスコン全開で妹の素晴らしさを語る奈央さんも、なかなか可愛いのだけど。いや、シスコンは思いっきり引くけど。なんなんだよ、『真央ちゃんの顔をみれば視力も回復するし、結膜炎とかも即治りますよ』って。


 あんたが眼科行けよ、眼科。いや、この場合異常なのは脳か?


「まぁ、とりあえずめちゃくちゃ可愛いんですよ、真央ちゃんは」


「うん、奈央さんもかなり可愛いけどね」


 あ、言っちゃった。まぁいいや。これはこれで面白そうだし。


「ななな何を言ってるんですか遥人さん、熱でもあるんじゃないですか!?」


 熱があるのは奈央さんの方だ、絶対。顔が真っ赤だもん。


「わわ私が可愛いなんてそんな冗談はよしてくださいよ!なんかもう謝ってください!」


 うわぁ、あまりの恥ずかしさに謝れっていったよこの子。しかしなんて弄り甲斐があるんだろう。


「だって可愛いし。そーやって恥ずかしがってるところとか特に」


「…………」


 このまま弄り倒そうと思って言葉を続けると、奈央さんはなんか沸騰して動かなくなってしまった。


 さて、ついでにそろそろ用事を済ませようかな。


「奈央さん」


「…………?」


 まだまともに返事をすることもできないらしい。かろうじて『?』の部分で言葉が通じてるのはわかるのだが。


「えっとさ、可愛い奈央さんにプレゼント」


 うわぁ、言ってる自分が恥ずかしい。そして奈央さんの反応は……。


「………!?」


「いや、ビックリしたのはわかるけどさ、いい加減言葉を発そうよ」


 てんてんてんてんびっくりはてなじゃねぇよ。日本語喋れ日本語。


「……何でいきなり……プレゼントですか?てか何でサボテン!?」


 ようやく回復したみたいだ。そう、俺があげたのは一本のサボテン。トゲで覆われた緑色の植物。


「実は今日、下校途中に花屋に寄ってさ」





「氷名御さん氷名御さん!お花屋さんに寄っていきましょうよ!」


「はぁ?なんで俺が。めんどくさいからどうぞお一人で行ってくれ」


「良いんですか、氷名御さん。今、何か知られたくない秘密があるみたいですけど……」


「なっ!?どこまで知ってやがる!」


「今はまだ全然。ですがその気になればすぐなんですよ?」


「……仕方ない。行くか」


「賢明な判断ですね」


 何故かくっついてきた応接室の魔女こと本宮日和とこんな会話の末に花屋に寄ったわけで。


「お、これ……」


「サボテンがどうしたんですか?」


「ん、ちょっとな。これ買ってくわ」


「むぅ、なんだか気になりますね」






「ってわけだ」


「いや、お花屋さんに寄った経緯はわかりましたけど、結局サボテンはどうしてですか」


 それはごく簡単な理由。放っておけば良いのかもしれないちょっとしたこと。


「これ、なんだか似てるじゃん。奈央さんと」


「……似てる?私と、サボテンがですか?」


 そう、似てるのだ。体中にトゲを携えたそれは、まさに俺の奈央さんのイメージそのものだった。


「これを見れば落ち着いてさ、そんなつんつんトゲで刺すこともなくなるんじゃない?」


 そう言うと奈央さんはじっとサボテンを見詰めて、やがてその鉢をしっかりと抱いた。


「なんだかすごく嫌味を言われてる気がしますけど、せっかくなんでもらっておきますよ」


「おう、そうしてくれ」


 すぐに怒りだすと思っていた俺は、意外にも素直な反応にさっそくサボテンの効果を感じた。


「遥人さん」


「ん?」


「………ありがとう」


 え?今なんだかあり得ない言葉を聞いた気がするんですけど。


 いやあり得ない。あんな嫌味にしか見えないプレゼントに対して、奈央さんがありがとうだなんて。ここは今のと同じ笑顔で死ねって言うところだ。


「ありがとう」


 あまりの不意討ちに呆然と立ち尽くす俺の頭の中には、いつまでもこの五文字と彼女の笑顔が巡っていたのであった。



 こんな一日。

 そんな日常。




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