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日常賛歌  作者: しろくろ
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第十七話 幸せの定義、素晴らしき日常

 ある冬の日の早朝。自慢の二人用ベッドを一人で満喫する彼は、自分を包む温もりが消えたのに気付き目を覚ました。


「ふあぁ…布団……布団……」


 一人では身に余る巨大なベッドの隅に追いやられた布団を掴む。冬の朝の布団は人を縛りつける魔力がある。ここから出るには相当な意思が必要である。こたつもまた然りで、これらの魔力に負けてしまう人も多い。


 このまま二度寝としゃれこもうか。そうも思ったが、あることを思い出し、結局やめた。


「そおいや、起こしてくれる人がいなかったっけな」


 布団の温もりは手を伸ばせば戻ってくる。しかし、どう足掻いても二度と戻らない温もりもある。


「あれからもうどれくらいだろう」


 何故か辿ってきた時間、紡いできた日々は曖昧だった。


 彼の名前は氷名御 遥人。家族と日常を大切に『していた』16歳の高校生である。つまり、いまはしていない。いや、彼の場合は『できない』と言う方が正しい。


 彼の家族は数ヶ月前、事故によりこの世を去った。 大好きだった父と母。人に心を開くのが苦手な彼の安息の地であった我が家も、今は空き家となっている。


 彼がある日突然失ったのは家族だけではない。家族を基盤として成り立っていた幸せな『日常』そのものを、彼は失ったのだ。




「おはよう。」


居間に入ると同時に挨拶してしまい後悔した。もう返事は帰って来ないから。彼の大切にしていた日常は壊れてしまったのだ。


 それでも、毎日朝が来て、学校へ行って、帰って、やがて夜が来て―――そんな生活は変わらない。


 彼の気持ち、失ったものに関係なく、世界は周り続ける。そんなことは解っている。だけどそれでも


「行ってきます」


それでも何故だろう。言わずにはいられなくて。家族を失い、彼の生活は随分変わった。その変化の一つ一つが、彼に失った物の尊さを感じさせる。


 もう二度と元には戻らない。大切な人が自分のそばで笑っている。ただそれが幸せだった。

 そんな日々がいつまでも続いて欲しかった。そんな日々をただ、守りたかった。


 終わってしまったのに、失ってしまったのに。二度と戻らないのに。


 それでも時は流れて行くのに。ただ、認められなくて。


 顔を洗っても心は晴れないし、歯を磨いても拭えやしないし、着替えても、朝食を食べても、何も変わらないし。


 それでも日々を繋いで行く意味があるのか。その答えすらも見つからなくて。そして彼は家を出て学校へと向かうのであった。






 「……えっ、また寝起き?」


 ある秋の日の夕暮れ、遥人は極めて混乱していた。何故なら、さっきたった一人で起床し学校へ向かったはずの自分の意識が、再び寝起きの状態から始まっているからだ。


 そして更にただ独りだったはずの自分の横には、可愛らしい顔をした姉妹が寝息をたてていた。


「あれ、俺、一人じゃない?」


 家族を失った自分は、拭えぬ孤独を背負いながら寒い寒い冬を迎える。そう思っていた。その未来はやけにリアルに想像できて、おそらく変わり様のないものだと、そう思っていた。


「でも、変わったんだな。こいつらのおかげで」


 そう、アレはもうただの夢と化していたのだ。我が家に双子の姉妹を迎えたその日から。


 孤独とはほど遠い、わりと騒がしくて少し愉快な日常へと変わったのだ。


 だから、あの夢はもう見なくて良い。俺にはいつの間にか、また大切な人ができていたのだから。


「ふぁぁあ」


 大きな欠伸が聞こえた。奈央さんが目を覚ました様だ。


「はるとさん……おきてたんれふか?」


「あぁ、ついさっき起きた」


 そうそう、俺達は三人で仲良く昼寝をしていたのだ。だからあれは夢。こんな俺にはもう見る必要のない悪夢。


 それども少し不安の残る俺は、まだぐっすり眠っている真央さんの頭を優しく撫でた。すると奈央さんも同じ様に真央さんの頭を撫でて、俺に言った。


「嫌な夢でも見ました?」


 驚いた俺は目を丸くして問いかけた。


「なんでわかんの?」


「昔から真央ちゃんが悪夢を見た後には必ず私のところに来るんですよ。その時の真央ちゃんと同じ顔をしてたから」


 そう答えた奈央さんは、慰める様に俺の頭を撫でた。いつもとは違う、とても優しい表情で。


「そんな顔しないでください。真央ちゃんが不安がりますよ」


 そう言われて、俺は気づいた。彼女たちが我が家に来てから日は浅い。しかし、すでに彼女たちは俺にとってかけがえのない存在なのだ。


 他人と一緒にいることが苦手な俺が、彼女たちと一緒にいることで幸せを感じている。奈央さんの笑顔や真央さんの寝顔が、とても大切で失いたくないと思える。


 だから、言っておくべきかもしれないな。


「奈央さん」


「はい?」


 結構恥ずかしいけど、言いたくなったのだから仕方がない。


「あのさ、二人が来てくれて本当に良かった。……ありがとう」


「………はい?」


「いやだから、ありがとう」


「へ、何ででふか?」


 相当驚いたのか、起床直後の寝ぼけ口調に戻る奈央さん。


「三度は言わないよ。じゃ、俺は買い出しに言ってくるから」


 まだ奈央さんは唖然としたままだが、これ以上問い詰められると再びこの恥ずかしい言葉を吐かなければならない。さっさと着替えた俺は、逃げる様に家を出たのであった。



 幸せってのは、本人がそれを幸せだと感じた日から幸せななんだ。そう思った一日であった。


 こんな一日。

 そんな日常。



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