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日常賛歌  作者: しろくろ
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第十二話 夏の思い出と線香花火(前)

「ジェプリーニは言いました。『バカヤロウ!時代はリーゼントよりドレッドなんだよぉぉお!!』そう言い放ったジェプリーニの髪型はアフロであったのはご愛嬌である」



「はい、おしまいおしまいっと」


 ため息をついて奇抜な物語の終わりを告げた遥人は、目の前の少女に語りかける。


「本を読んでほしいってのはまぁいいんだけどさ、問題は内容と位置なんだよ」


 少女の名は月島真央。青みがかった黒髪を腰まで伸ばした美少女である。


「内容?とてもいい話じゃないですかぁ」


 奇抜な名前の主人公(アフロ)が、半キレ気味にリーゼントとドレッドについて熱弁する。

 えっ?どの辺がいい話?


「このシリーズを最後まで読むと、主人公がリーゼントとドレッドの素晴らしさを世に伝えるためにアフロを切り落としてですねぇ」


「いやなんかもういいから!わかったから、リーゼントとドレッドの素晴らしさはよくわかっ

たから!!」


「すごいですねぇ。私は最後まで読みましたけどさっぱり理解できませんでしたよ」


 理解してねぇのかよぉぉ!!何?こんなもん読まされた俺の苦しみはいったい何?


 俺だって本当は主人公の名前も覚えてないよ!なんだっけ……えと、ガンディリー?


「てか真央さん、そろそろそこどいてって…」


 要するに『そこ』ってのは俺の足の上なわけで。あぐらをかいて座る俺の足の上に座る真央さんに本を読んであげたわけで。この状態だといい匂いだとか体が密着してるだとかいろいろまずいわけで。


 え、何がまずいのかって?俺の理性に決まってんだろーが。じゃあ早く離れてもらえって?そうだよね、ってあれ?


 すー、すー。


 寝ちゃった!?今の数秒の間にっ!?


「ずいぶん仲良しですねー」


 そろそろ聞き慣れてきた声に反応する。


「あぁ、奈央さん。いたんだ」


 気づいて良かった。このままだと真央さんの頭を撫でたりしてるのを見られるところだった。


 肩のあたりまで伸ばした桃色の髪の美少女、月島奈央。相変わらず笑顔がないな、俺に対しては。


「ずっといましたよ。その状態じゃ何するかわかりませんからね、遥人さん」


 いや頭を撫でるだけだし、それ以上はしません……多分。俺は真央さんをそっとソファーに寝かせて、椅子に座る奈央さんの正面の椅子に座った。


「不思議ですね」


「はぁ、何が?」


 唐突にそんなこと言われても困る。世の中不思議なことなんて山ほどあるのだから。


 主にさっきの本とか。


「結構人見知り激しいんですよ、真央ちゃん。隠そうとしてるからわかりにくいですけど、あまり人と距離を縮めようとしないんです」


「そういう風には見えないけどなぁ」


 現にこんなになついてるしなぁ。


「だから、それが不思議なんです。ここに来てまだ一ヶ月もたってないのに」


「でも今は夏休み中でずっと一緒にいたからなぁ」


 二人がやって来たのはちょうど夏休みの初日。それから三週間程、四六時中一緒にいるわけだ。これだけなつくのにも不思議はない様に思える。


「まぁ、なんでもいいですけどね。てか夏休み中だったんですか?」


 なんでもいいんかい。わりと真面目に考えてたんだぞ、俺は。


「夏休みでもなきゃずっと家にいるわけねぇだろ。いったい何だと思ってたんだ?」


「いや、中卒ニートなのかなぁって」


 殴っていいのか?いや、殴らせろ。 その『本当にそう思ってました』って感じの顔を思い切り殴らせろ。金払うから。


「まぁ、その夏休みも今日で終わりだけどな」


「え、今日最終日ですか!?」


「うん、だから明日からは一緒にいられないよ」


 そう言った刹那、真央さんがすごい勢いで起き上がった。


「一緒に……いられないんですか?」


 なんかものすごく悲しげな表情だ。そんな顔されたら学校行きにくいだろ。つーかさっきの絶対寝てなかったろ。


 俺は助けを求める様に奈央さんの方を向いた。 奈央さんなら「こんなクソ男、いない方がいいよ」とか言って真央さんを説得してくれるはずだ。


「学校……行っちゃうんですね……」


 なんで奈央さんまで悲しげな顔してんだぁぁあ!!いつもの冷たい表情はどうしたんだよ!?


 行くなってか?学校行くなってかぁぁぁあ!?


「うっ、いや……奈央さんは嬉しいだろ?真央さんと二人っきりになれるわけだし」


 ゴスッ!


 はい、殴られました。そして二人から非難の目で見られました。なぜ?いや、そこでボソッと「空気読めよ」とか言うなよ。


「じゃあさ、どっか遊びに行こうぜ?思い出作りに」


 なおも二人が悲しげな顔をしていたので、うっかりこんな提案をしてしまった。しかし、別れるわけでもないのに思い出作りってのは変な話である。


 まぁ結局、途端に目を輝かせた二人のてまえなかったことになどできるわけもなく、俺達は三人で遊びに行くことになった。





 〜おまけ〜

 織崎紫音の一日(前)


 私の名前は織崎紫音。


 『過去に何かがあって無気力になった天才令嬢』という突飛な設定を持つ女である。


 今日は朝の9時に目を覚ました。なかなか早起きしたと思う。昨日眠りに就いたのが夜の九時だから、かれこれ十二時間も寝たことになる。


 まだ少し寝ぼけたままカーテンを開けた。眩しい日射しになんだか心が痛むのはいつものことだ。


 ふと下を見ると、管理人さんと二人の少女が出掛けて行くところだった。


 そういえば、あの管理人さんは今日で夏休みが終わるらしい。これからは昼食に呼ばれることもなくなるのかもしれない。


 寂しくはない。悲しくもない。だって、今までがおかしかっただけなのだから。


 私なんかに良くしてくれる彼が、私なんかを見てくれる彼が。元に戻るだけなんだ。それに対して何かを感じるなんておかしいのだ。


 おかしいのだ。おかしいはずなのだ、絶対に。


 ……でも、スーパーにはこれからも一緒にいくのかもしれない。外に出るのが面倒で、カレーをまとめ買いした私。しかし、最近は彼の買い出しに付き合わされている。


 私が外に出るのはその時くらいだが、それも定期的にあるため習慣になりつつある。そこで食料品を買うので、なんだかんだで最近は健康的な食事をしている。それはいつも決まって夕方。きっとこれからも学校から帰ったあと一緒に行くんだろう。


 ……いや、だからどうってこともないのだが。


 その時しか外に出ないのに何故か新しい服を買ってしまったりもしたが、だからどうってこともない。だからどうってこともない、はずだ。絶対。


 さて、今日は何をしよう?しなきゃいけないことなんてないけど。いや、あったけどやるのを拒否した。逃げ出した。そんな私が今更することなんて、ない。


 とりあえず、高校野球にでも興じてみようか。同世代の人間の頑張っている姿は、眩しくて心が痛いけど。それでも見てみよう。


 何故そんな気になったのかわからないけど。いや、きっと彼の顔が浮かんだせいだけど。


『夏の甲子園決勝戦。まもなく試合開始です!』


 誰かが自分の努力の成果を見てくれる。それはとても羨ましくて。まぁそもそも、今の私に見てもらう権利なんてないのだが。


 また、彼の顔が浮かんだ。どうしてだろう?……いや、わからないままでいい。わからないままの方がいい。




 こんな一日。

 それらの日常。



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