第十話 レトルトカレーは箱買いで
この物語には、まだ全く利用されていない設定がある。
セミの鳴き声にいよいよ嫌気がさしてきたとき、遥人は一本の電話をとった。
「誰からだったんですか?」
ソファーでぐったりしていた真央さんが聞いた。
「甲斐さんから。なんか……ちょっと厄介だな」
厄介、この電話をとって一番感じたことだ。
「何かあったんですか?」
イスに座ってやはりぐったりしていた奈央さんも興味を示したようだ。
「それがさ、入居者が来るらしい。このアパートに」
この家の二階がアパートであること。それはしかし、今まで全く俺に影響を与えなかった。
「へぇ、いつ来るんですかー?」
「まぁ、その……今日、らしい」
「「今日!?」」
俺だってビビりました。いきなり『今日からそっちに一人住むからな』ってあんた。甲斐さんはそういう性格だとはわかってはいたけど。
「しかし、これはねぇだろ」
そんなことを呟くしかなかった。
「どんな人が来るんですかね?」
「大体のことは聞いたぞ。織崎 紫音十七歳。日本生まれだが六歳よりアメリカに移住」
「織崎さん、ですか」
まぁここまでは至って普通。変わったことといえば、アメリカに移住したことくらいだ。
「で、おかしいのはここからなんだ」
「おかしい?」
そう、おかしいのだ。これから話す彼女の経歴は。
「幼いころから才能を発揮し、立て続けに飛び級。現在、普通なら高校二年生だが彼女はすで
にあっちの一流大学に籍をおいている。最も、今は休学中らしいがな」
まぁ、世にいう天才というやつだ。
「んで、極めつけに織崎グループの令嬢ときた」
織崎グループ。とりあえずクソでかいグループである。ほらあれ、この前どっかの大手会社を買収しようとしてたやつ。
「なんかそれ……すげームカつきますね」
「マンガとかにでてきそうな勢いですねー」
「確かにここまですごいとなぁ……」
そういった立場の人にはその人なりの苦悩があるわけだが。そして、そんな経歴の持ち主がどんな人か気になるのもまた事実。
そんな思いを秘め、ついに彼女を迎えることとなった。
我が家の前で止まったタクシー。その中から彼女は現れた。綺麗な緑色の長髪。凜とした顔だち。なんていうか、モデル体型。
あらゆる面で『理想』を集めた様な彼女、織崎紫音。おっと、見いってる場合じゃない。言うこと言わねえと。
「こんにちは。俺がこのアパートの管理人の」
「知ってます。大体のことは聞いてありますから」
「え,あぁ、そうですか」
な、なんか……。
「アパートの説明もいいです。面倒なんで」
「は、はぁ……」
この人、なんか違う!経歴と人物が一致してない!
俺は、足早に自室に入っていった紫音さんを唖然として見ていた。
「なんか……普通にムカつく人ですね」
「かなり無愛想みたいですねぇ」
それぞれ感想を述べる二人だが、あまり印象はよくないようだ。
「無愛想…ねぇ……」
確かに愛想は皆無だったけど、なにか違う気がする。
その後俺が一人でスーパーに買い物に行くと、はたしてそこに彼女はいた。
「こんにちは、紫音さん。買い物ですか?」
「はい、食料が不足してまして」
「そうですか。このスーパーはなかなか品揃えもいいですから安心ですよ」
「はい、ありがとうございます」
俺達は一旦別れたのだが、帰り際にもう一度出会うことなった。徒歩で来た俺は、タクシーで帰る紫音さんに便乗させてもらうことになった。
やっぱり、この人無愛想ってわけじゃないと俺は思う。しかし、二人だけの車内は相変わらず無言。正直気まずいので、一つ質問することにした。
「紫音さん、ソレはなんですか?」
疑問の対象は座席に乗せられたソレ。実はこの車に乗った瞬間からかなり気になっていた。
「何って……レトルトカレーですけど?」
いやそれはわかる。わからないのは……
「なんで箱買いしてるんですか?二箱で90個ですよ?」
座席に二つの段ボール、中身はどちらもレトルトカレー。うん、やっぱりなんか変だ。
「一ヶ月分です。いちいち買い物に来るの面倒なんで」
面倒っておい、まさか。
「まさか……一ヶ月レトルトカレーだけで生活する気ですか?」
「はい、もちろんです」
なんの躊躇もなくあっさり言いきった。あぁ、わかった。この人多分……。
その後無言のまま車は我が家に到着した。
「じゃあ管理人さん。カレー私の部屋までお願いします」
「へ?」
何故に俺が?てかさ、本当に名前知ってるの?
「重いし面倒ですから。そのために管理人さんを乗せて来たわけですし」
この人、無愛想でもなんでもない。ただ、人に愛想振りまくのが面倒なだけ。
そして、面倒事を避けるためなら多少の労力はいとわない。そういう人なんだ。
「奈央さん、真央さん」
「どうしたんですかぁ?」
「なんか妙に疲れた様な顔ですね」
「わかったぞ、あの人の正体」
「「はい?」」
「あの人はただの、超絶無気力人間だ」
二人は顔を見合せて同時、にハテナマークを浮かべるのであった。
こんな一日
それも日常