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日常賛歌  作者: しろくろ
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第一話 始まりの唄

死ぬほど暇なあなたや、死にたいほど暇なあなた。とりあえず、騙されたと思って読んでみてください。



……騙されたって気づくのは、読み終わってからでも構いませんよね?

 真っ暗な昼空だった。青を覆う黒の雲と、地を濡らす雨の中、少年はただ立ち尽くすことしかできなかった。


 誰かは言った。『失くしたものは戻らない』。


 また誰かが言った。『壊れたモノは直らない』。


 失くした少年は、壊れた未来をどう生きれば良いのか。誰に問うても、答えは出なかった。


 流される魂を、葬られる亡骸を、少年はいつまでもみつめていた。


 大切な人たちだった。彼にとっては、幸福の大前提となる二人だった。


 けれど、その日確かに、彼の両親はこの世を去っていった。多くの未練を抱えたまま、たった一人の息子を取り残して。


 その父は誰にでも優しくて、自分にだけ妙に厳しくて。その職業柄、夢売りと呼ばれた。


 その母は凛として立ち、穏やかに微笑む淑女で。我が子を抱き締めて眠る瞬間は、ただ夢のようだった。


 けれど、二人はもういない。いないからこそ、これは少年の物語。


 偽って笑う、愚かで惨めでひねくれた少年の、微かに美しく真っ直ぐな生き筋の物語。


 意味もなければ意義もない、そんな彼を巡る愉快な日常の物語。


 日常賛歌





 ある日突然、俺の両親はこの世を去った。それは今でも信じ難いことだけど、認めなくちゃならない現実だった。


 半月ほど時間が経過したある日。静まり返った我が家に見慣れた中年のおっさんがやって来て、俺に引っ越しをしろと言う。


 メロスは激怒した。俺も激怒した。この家を離れるのがどういうことか、分からないつもりかと。


 ここは思い出の詰まる場所で、俺の最後の拠り所なのだ。離れられるわけがなかった。


 一人で住むには持て余す広さだとか、最近隣にアパートが建って日照権が侵害され気味だとか、そんな些細なことは気にもならなかった。


 ここに居られたら、それだけで良かった。此処から出なければ、現実に向き合わずに済んだから。


 中年のおっさんを追い返して、俺はその日三度目の昼寝をしようと考えた。


 考えたのに、邪魔をされた。おっさんが帰り際、一通の手紙を扉に差し込んでいったから。


 眠り過ぎて衰えた脳を揺り起こし、手紙を読み解いていく。それはどうやら、父さんが死に際に病院のベッドでしたためた遺言状らしかった。


 そこには、以下のことが書かれていた。


 我が家の隣のアパートは父さんが建てたものだということ。近いうちに家族でここに引っ越すつもりだったこと。


 本当なら、このアパートでやらなくちゃならないことがたくさん残っていたこと。たくさん未練があったこと。


 そして、どうか俺にこのアパートを守ってほしいこと。このアパートの存在する『意味』を、果たしてほしいこと。


 疑わしい点は山ほどあった。それでも、これが父さんの書いた文章であることは確かだった。


 それならこれは、父さんの遺志だ。俺があの人たちにしてやれる、最後の親孝行だ。


 やらなくちゃならないことがあった。未練があった。手紙はそう語っていた。


 それがいったいどんなことだったのかは、見当もつかないけど。それでもただ一つだけ、わかることがあった。


 これは、俺がやらなくちゃならないことだ。例えこの場所を離れることになったとしても。



 それから二日後、俺は我が家を後にした。残したものはいくつもない。


 見慣れた扉に鍵をかけ、見慣れぬ鍵を手に取った。それをぎゅっと握って、覚悟を決める。


 今日からは、ここが我が家だ。アパートの玄関に正座して一礼し、そっと扉を開く。


「……さて」




「―――それで結局、何をしたらいいんだ?」


 果てしなく間抜けな滑り出しだった。




 俺がアパートに移住してからはや半月。両親が亡くなってからは、既に一ヶ月が経過したこととなる。


 そんな折、俺は一つの疑問を抱えていた。このアパートに来てから、ずっと考えていたことだ。


 なんで父さんは、このアパートへの引っ越しを画策していたのだろう。それに、このアパートの意味とはいったい。


 大枚叩いてアパートを建てちゃうくらいだし、ものすごい意味があったに違いないのだが。


 そもそも、長年親しんだ我が家をあっさりと出ていくあたりがらしくない。


 とにかく人を甘やかすのが好きだったあの人のことだ。俺や母さんに気遣って、安易に環境を変えるような真似はそうそうしない筈。


 つまり、そのリスクを背負ってでも、やる価値のあることだったと考えるべきか。


 ……でも、あの人案外に存外にアホだったしなあ。もの凄いぶっ飛んだ理由って可能性も捨てきれない。


 いかんせんアホだった上に、甘やかしの権化みたいな男だったから。正直引くようなことを平気でやったのかもしれないし。


 そんな具合にかなり失礼なことを考えていると、突然に『ぴんぽん』と、インターホンが鳴らされた。


 ここに来て初めてのことで、俺はしばらくきょとんとしていた。すると、やがてそれは強烈に連打される。


 ピーンピピピピーンピピーンポーピピーンポーン。といった具合である。これはあれだ。非常にウザい。


「やかましいっての!常識という言葉を辞書で調べた上にアンダーライン引いて五六回復唱してこいバカヤロー!」


 ドアの前に立っているであろう相手を弾き飛ばすつもりで、勢いよく扉を開ける。


「ってあれ?甲斐さんじゃないですか」


 ドアを開けた先にいたのは、無精髭を生やした中年男性。父さんの親友で、その死後何かとお世話になっている甲斐さんだった。


 何を隠そう、彼こそ例の『中年のおっさん』の正体である。


「ようくそガキ、元気にしてたか?」


 いきなりフランクを通り越した失礼な呼び方だ。くそガキという言葉を否定できない自分が憎い。


 しかし考えてみると、この甲斐さんというのも随分気さくな人だ。


 なんてったって、うちのアホ親父の親友だったんだからただものじゃない。


「俺はまあ、普通に元気ですけど。むしろ甲斐さんは大丈夫なんですか?」


 なんか妙にやつれたと言うか、老いたというか。まさに今、面倒事を抱えている最中ですという様子に見えるのだが。


「まぁ、ぼちぼちだな」


 普段から疲れたような顔をしているせいか、ぼちぼちってよりリストラ一歩手前の切迫感ビリビリなおっさんに見えてしまうのは秘密。


「そうですか?なんか相変わらず『会社と家を往復するだけの日々に疲れた中年係長』みたいな哀愁漂う顔してる気がするんですけどね」


 実際そんなんで、しかもいい年こいて独身。軽く背中から哀愁が漂いそうな……本人に悲壮感はないようだが。


「相変わらず歯に衣きせねぇ野郎だな。昔のあいつにそっくりだよ」


「それはなんか限りなく嫌ですね」


 奴とは父さんのことだ。親としては尊敬しているが、一人の人間としてはあれ程損な人間もなかなかいないといえる、そういう男。


 要するに、極度のお人好しだった。損得考えないで人を助けちゃう馬鹿な男。あれになるのは、それはそれで勇気がいる。


「で、係長。今日はどういったご用件で?」


「誰が係長だ、誰が。せめて課長にしろ」


「今年から窓際の席に移動ですよね。かたや同期の人はもう部長でしたっけ?」


「おい、人を勝手にダメ会社員扱いしたあげくに可哀想な物を見るような目で見るな」


 こんな失礼な発言を連発して良いものか、ときどき悩む。けど、軽口が叩きあえる相手ってのはものすごく貴重なものだから。


 そんな間柄でいられたのなら、遠慮とかはいらないのかもしれない。


「おいコラ。今おまえ、さり気なく心の中で自分の行為を正当化したろ」


 や、なんでわかるの?まさか顔に書いてあったりするのか?なんかちょっと不安になるな。


「でもほら、甲斐さんの存在さえ正当化されてるわけだから。もう倫理も条理も道理もクソもないだろと」


「よーし、表に出ろ。すぐに親父と同じ所に連れてってやる」


 どこの悪役だよ。あんたは悪役ってより最早単なる厄だよ。不景気な顔しやがって。


 そんな悪態を吐いていたのだが、やはり嫌でも目に入ってしまうものがあるわけで。


 俺は甲斐さんに、囁くような小声であることを問うた。


「……さっきから気になってたんですけど、アレはなんですか?」


「アレってなんだよ。おっさんには何も見えねえけどなぁ」


「とぼけんじゃねえええ!さっきからそこに写ってる人影はなんだって聞いてんだよ!」


 さっきから明らかにドアの影に誰か隠れてんだもんよ!でもなんか怖くて確かめられない俺の情けなさ。


 ものすげえ嫌な予感がするんだよね。パンドラの箱か玉手箱みたいな類いの。


 あとはアレ、猿の手とかもそうか。開けちゃいけないものとか、物語だと必ず開けるんだよな。


 それか、何かの因果で自然と開いちゃったりとか。このパターンは正直酷いと思うんだよな。逃れようないし。


 例えば今なら、風でドアが自然に閉まっちゃったりとか。でも自然に開くのとは逆に閉まるんだから、もしや良い展開になったり?


 ほら、噂をすれば突風がピューっと。ピューっと……吹いて……。


「おっと」


 完全に閉まりかけたドアを、甲斐さんが止めて元に戻す。いや待て、やっぱこれパンドラじゃね?


 見えたよね、一瞬見えちゃったよねコレ。俺か?俺が悪いのか今の。


 はいっ、せーのっ。


「おいいいいい!今の何だよおおお!顔の似た女の子が二人ほどいたじゃねぇかこの野郎!ナニアレ?なんか俺の方をいたいけな瞳で見つめてたんですけどおおお!?」


「さて、なんのことかな?最近歳で視力がねえ」


「おまっ、いったい今の女の子たちはなんだ!?誘拐か?誘拐なのかっ?」


 嫌だよう。父親の親友がロリコンで誘拐癖の持ち主とか、もう設定的にアウトじゃねぇの?


「んなわけあるかぁぁ!この娘らはな、ある意味お前の親父の遺産なんだぞ!」


 あ!なんかもうこのおっさん駄目だ!父さんの遺産がこの女の子とか初夏の暑さにやられとりますもん!


「はいはい、わかりましたから。さぁおじいちゃん、そろそろ病室に戻りましょうね?」


「俺は認知症の老人か!?そしておまえはヘルパーさんか!?なんだよその労りと慈愛に満ちた目はっ!」


 何なんだよ、そのノリの良さは。そんな無駄な特技ばっかだから幸せになれねぇんでしょうが。


「もういい、話戻すぞ……この娘らはな、この物語の本題であって、お前の命題だ」




 開き直った甲斐さんがドアを閉め、ついに謎の少女たちの姿が露になる。


 つーか堂々と『この物語』とか言うなよ。そして、俺の命題だって?


「この娘たち……双子ですか?」


「見ての通りな」


 彼女らの容姿は大変似通っており、双子であることは一目瞭然。しかし、この状況ではむしろどうでも良いことだった。


 まさかとは思うが、うちのアパートをアジトにするつもりなのか?嫌だぞ、俺の住処が誘拐犯のアジトになるだなんて。


「そういうわけで、この娘らをここに住ませたいわけだ」


「どういうわけっ!?」


 突然の申し出だった。ただ、冷静に考えてみよう。


 すっかり忘れていたが、一階こそ俺の住処としてひと繋ぎになっているとはいえ、この建物はアパートなのだ。


 アパートってのは、いろんな人に住んでもらうもんだ。そのために、二階が六部屋に分かれている。


 ならば、この申し出を断る理由は見当たらない。けど、なんでだ?ものすごく、嫌な予感がするのだけど。


「……別に、そういうことなら構いませんが。アパートに誰も住んでないなんて宝の持ち腐れですから」


 この女の子たちとうまくやっていけるかはわからないけど、二階の部屋を埋めてくれるというのなら歓迎すべきだ。


「いや、その……ちょっと違うんだがな」


「違う?」


 それ以外にどんな意味があるのだろうか。妙に歯切れが悪いのも気になる。年のせいか?


「まあなんだ。この娘らをアパートの一階、つまりはお前の家に住ませたいってことなんだわ」


 それは俺にとって、予想することさえできなかった衝撃的な発言だった。記憶的なものが、どこかへ飛んでいこうとする。


「………」


「………」


 バタン!


「おいコラ、ドアを閉めるな!現実から目を背けるんじゃねえ!」


「甲斐さ……係長が変なこと言うからでしょ!」


「なんで言い直した!?最初のでいいじゃん!甲斐さんでいいじゃん!」


「うっせえクソが!」


「グレた!?」


 反抗期が来なかった男を自負している俺でも、これはドメスティックバイオレンスの引き金になりかねない。


「あの、おじいちゃんついにボケちゃいました?俺の家に住ませたいって、寝言は睡眠薬を沢山摂取してから峠を越えた後に言ってください」


「遠回しに死ねと言うな!仕方ねぇだろ、これは一応てめえの親父から生前に頼まれたことなんだよ!」


「頼まれたって……この娘たちを俺と一緒に住ませるように?」


「そうだよ。因みに既に住民登録も済んでるから安心しろぼけ」


 ……逃げ場無しですか?住民登録済みってあんた、俺は初耳もいいところなんだけど。とりあえず、出て来いクソ親父。


「くそっ、そんなだからいつまでたっても係長止まりなんだよ」


「おうおう、俺を貶して現実逃避か?若いねえ」


 若くねえよ。ここ数分でかなり衰えたよ。もうくたくたのボロ雑巾だよ。


「とりあえず俺、これから飲み会があるから帰るわ」


「はっ?ちょっ、ええっ!?」


「詳しいことはむしろ、俺よか『その娘』らの方が知ってっからよ」


 コミュニケーションも兼ねて聞いてみろよ、なんて無責任に笑う中年。ああ、こいつに管理職は無理だわ。


 社長、この男を軍法会議に!って社長はどこにいんだよおい!いねえよ、八方ふさがりかこのやろう!


「甲斐さんちょっと待とうよ!なんか他に方法はないのかよ!?」


「いや、俺は泡盛待たせてるから」


「飲み仲間でなく泡盛をっ!?」


 こいつ多分友達とかいねえよ。ハッタリだよ飲み会とか。独り酒だよ確実に。


「せめてなんか打開策を……!」


 もうほとんど命乞いの様相で、下げたくない頭を下げてみる。しかし。


「ねえよ、そんなもん」


「や、でも」


「お前がやらなくちゃならないことだぜ?」


 はっと、気づいて息を飲む。そうだ、これは……。


「お前がやらなきゃ、消えてくだけだ。このアパートの意味も、あいつが残した想いの意義も、な」


 それだけ言うと、奴は振り返りもせずに去っていく。この期に及んで、引き止められるはずがないとわかっているからか。


 現に、俺には引き止められなかった。むしろ、自分の中で覚悟の引き金を引かねばならなかったのだ。


「やれるわけないだろ……買い被るなよ、俺を」


 何がやりたかったってんだよ、父さんは。こんな女の子拾ってきて、俺に何をさせたかったんだよ。わかんねよ。


 でも、俺が頼まれたことだ。俺が託されたことだ。俺にしかできないかもしれないことだ。


 なら、俺にできることって?それもわからない。わからないけど、やるしかない。なんだよ、この状況。


「難儀だな、ほんと」


 呟いたときには、心は決まっていた。覚悟と呼べるほどじゃないけど、錯誤と感じるほどじゃない。


 そう、これはただの『選択』だ。


 なんとか気持ちを整理して、心中で甲斐さんへの悪態を並べてみる。


 それは、じっとこちらを見つめ立ち尽くす双子の姉妹から、気を逸らしていたかったから。


 えっとコレ、とりあえずどうすりゃいいのさ?


 えと、その……つ、続きはまた次回!これで文句ないだろうが!?


「逃げたね」


「逃げたねぇ」


「黙れっ!この押し入り姉妹がぁぁぁっ!!」


 さて。とりあえずまあ、次回に続くってことで。



 待とう。とりあえず最後まで読んでみよう。


 時は金なりとはいえど、お金ですら意図的に無駄使いしてストレス発散したりするわけです。


 時間もまた然り。この時間は無駄であっても、無意味ではない!なんてね。

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