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青春泥棒

 お久しぶり、青春泥棒さん。私をフってなにかいいことありましたか?


 ささやかな元旦の挨拶すら未読スルーしてしまうなんて非道いじゃないの。だからこうやって手紙にさせていただきました。LINEの返信でいいから寄こして頂戴ね。


 どうしても話しておきたいことがあるの。待ってます。


 平成23年1月4日 桜井めぐみ


 ******


 一応、あけましておめでとう。青春泥棒とは失礼な。


 言いたいことは山ほどなくて、主に2つに絞られる。君と別れて1年、そして最後に会ってから6ヶ月が過ぎた。もうそろそろいい頃合いだろうと思ってLINEも連絡先も、君の写真もなにもかも全て処分した。僕にとってはもう過去の人だということをまず、承知してほしい。


 もう1つ。これは軽い近況報告のようなものだと思ってくれていい。近々マレーシアの工場視察の為に転勤することになった。君との手紙はもう続かない。早く僕のことは忘れたほうがいい。


 追伸、年賀状を寄こしてくればいいものを。


 平成23年1月16日 雪田大地


 ******


 こんにちは。あなたに手紙を出したころ、こちらでは記録的大雪で底冷えのする日が続いておりました。随分と返事に時間をかけてらしたのね。


 今まで経験したこともないくらいの積雪で何度も足を取られながら郵便局に行きました。照り返す日光であんなに白い白いと褒めてくれた肌も若干ですが焼けてしまい、いよいよ私に魅力が無くなってしまったのだと鏡を見る度実感しています。


 さて、海外に転勤してしまうとのことなので早々に本題に這入らせていただきたく思います。


 3ヶ月前に子供を殺しました。


 あなたと寝た最後の晩、わたしの子宮に宿った子です。


 一生明かさずに生きようとも思いました。そして今すぐあなたに明かしたいとも思いました。二律背反だとおっしゃるのでしょうが全くもってその通りです。私はだから、結局のところ、殺人犯となってしまいました。


 産んでしまった方が楽になるなんて考えてしまいました。そうすればきっとあなたは戻ってきてくれると。この際恥を忍んで言わせていただきますが青春泥棒さん。あなたと過ごした6年間はとってもキラ【 】ラしていました。


 青春泥棒だと言ってしまえば【  】でお仕舞いなのでしょうがあの6年間は紛れもなく、どこに出しても恥ずかしくて思わず頭を掻きたくなるような青春で【 】ることに違いなかったのです。


 だから、今こうしてあなたに謝ってもらおうとかそういうことを望むでもなく、だけれど報告にしては今や就職して海外工場の視察まで任じられているあなたにとって荷が重すぎる、後ろ髪を引かれるようなお話で終わらせる気もなく、ただただこの一言に尽きます。


 捨てるなら私の身体ごと捨ててほしかった。


 追伸、あなたが手紙をお出しになった1月16日に、あけましておめでとうは不適切です。


 平成23年1月31日 桜井めぐみ


 ******


 本当に申し訳ないことをした。是非責任を取らせてほしい。


 今すぐにでも赴いて謝罪をするべきなのだろうが明日の昼の便でマレーシアへ向かうことになっている。帰ってくるのは半年後だ。


 9月11日の日曜日、君の住む島根県に行こうと思う。そこで改めて謝罪させてほしい。本当にすまなかった。


 平成23年2月2日 雪田大地


 ******


 直接謝罪なんてそんなことしたらまた私、抱かれてしまうわよ。


 どこまでも浅ましいのね、あなたは。いいえ、謝罪はこのお手紙だけで結構よ。私こそあなたとの子を殺してしまったことを詫びなければならないのですからお互いさまということで、手打ちとしましょう。


 さようなら。


 追伸、9月にはもう私、島根県にいません。


 平成23年2月5日 桜井めぐみ


 ******


 この間はありがとう。まさかこんな形で再会するだなんて思ってもみなかった。


 大阪はやっぱりいいところだろう。住みやすくて物があふれかえっている。こんなこと言わずとも、君の実家があるくらいだから知っているだろうけれど。


 また機会があればあの店に飲みに行こう。だなんて言ったらまた、浅ましいとか言われるのかな。


 追伸、転勤だなんて嘘を吐いて悪かった。


 平成23年10月5日 雪田大地


 ******


 あなたから手紙が来たと思ったら、随分仰々しい封筒に入っていたもので覚悟して開けてみれば内容はあっさりしていたから、拍子抜けしちゃったわ。


 出来れば私もあっさりとした手紙を書こうと思うのだけれどそうもいかないことは、察しの良いあなたのことだから気付いているでしょう。


 話しそびれてしまったけれど、私の住んでいた町はもうどこにもないの。あなたと青春を共にしたここ、大阪だけ。


 あなたから逃げるように島根県に引っ越したのはあの出雲大社があったから。神様というものを今さらながらに信じてみたくなってね。そりゃすがりたくもなるわよ。なんだかんだ言って、抱かれてしまうのは私だってそれを望んでいたからだもの。


 最後に会った日、既に荷造りは終わっていたのよ。


 すごすごとあなたから逃げた先で、妊娠が発覚した。神様はきっと「大阪に戻れ」と言っていたに違いありません。だけれど私はフラれた身だったから何も言うことが出来なかった。


 子供を堕ろして、自分の失意に乗じて再びあなたに縋ってしまいそうになって、私はまた住所を変えることにしたの。それがいけなかった。


 3月11日、東日本大震災。私の住んでいた岩手県の安アパートは跡形もなく流されて行ってしまった。あなたから離れれば離れるほど、私は多くの死と向き合うことになった。


 大いなる死と、矮小な生。


 思えば青春なんて、矮小な生の中のさらに小さな存在だったというのに、あなたがいかに大罪人であったかのように「青春泥棒」なんて罪状を突きつけてしまったことは私のほうこそ浅ましかったのだと思ってしまうの。


 ちょうどあなたと会わなくなってから1年が過ぎた今、こうして再会してしまったことは愚かしくも僥倖だった。今になってやっと、私の罪を分け合えて気持ちが随分(本当はいけないことだけれど)楽になったわ。


 こっちでの仕事が見つかれば、きっとまたあの店で飲みましょうね。ただ、この体には指一本触れさせないけれど!


 追伸、私の住んでいた島根県の町について書くのを忘れていたわ。あの「出雲市」に吸収合併されたのよ。


 平成23年10月20日 桜井めぐみ


 ******


 君のほうこそ、やけに洒落た便箋を送って来たじゃないか。僕なんかにこんな気配り必要ないよ。


 手紙を読んでから僕なりに色々考えたんだ。いろいろといっても、君にとっては些末なことだからかいつまんで書こうと思う。


 君が自らをも浅ましいと表現したことについて、君は深淵を覗き込みすぎたようだ。そしてそれは僕の所為だ。


 水面近く、浅く明るいところで生きている人は皆、捕食される危険性を孕んでいる。それを良しとして、一時の幸せを享受して円満に人生を終えるのだろう。僕もその一人だった。


 深淵が如何なところか僕には分かるはずもない。だけれど、君にはそれが見えている。


 僕は最低な人間だ。君をフッて、性欲のはけ口にして、子供を堕ろさせて、僻地に君を追い込んで、そんな僕に、今でも縋ってくれる君はもう僕の知っている君じゃないんだ。


 深淵に居ながらにして、高尚で尊ぶべきもの。水面を揺蕩いながらのらりくらり生きている忌むべき存在。


 どうして僕は、君にしてしまった多くの【 】を詫びようと思ったのか。謝っても許されないことをしてしまった。訂正しよう、僕が君をフッたのはただの気迷いだったかもしれない。性懲りもなく、どうしようもなく、また君に惚れている自分が情けない。


 君は、いい女だ。だから、これ以上僕なんかに構う必要は無【 】。


 平成【 】3年12月1日 雪田大地


 ******


 いつだったか私も、あなたに涙で濡れた手紙を出したことがあったわね。


 スマートフォンの液晶に落ちた涙は届かないけれど、紙は全てを見ている。全部届けてくれる。そう思うとあの日私の街に届いた千羽鶴にもなにかしらの意味があったのかな、と今は思う。


 ねえ私、仕事が決まったのよ。あの店に足しげく通っているのよ。


 私はいい女なのだから言わせないでよ。


 察しの良いあなただから、もう分かっているのでしょう?


 追伸、クール便で送ったからこの手紙も結露してシミだらけになっているかもしれないわ。でもこれは【 】なんかじゃないんだから。


 平成24年2月13日 桜井めぐみ


 ******


 チョコレート、美味しかったよ。ありがとう。


 僕にその資格があるのか分からない。せいぜい顔の皮の厚い奴だと笑われるのが関の山かもしれない。


 多くの間違いを犯してきた。小さな成功を収めてきた。君の6年半を奪って、僕はまた君に犯罪予告をしてしまう。


 青春を返したい。今度は一生を賭して君を幸せにしたい。


 平成24年2月16日 雪田大地


 ******


 つくづく駄目な人ね。浅ましいにも程があるわ。


 いいわよ、許してあげる。でもそんな恥ずかしい事、手紙で言わないでよね。


 紙には神様がいるのだから。神様が見ている前で、やめてよね。


 あなたが私を水面に引っ張りだしてくれるなら、どんな小さな幸せも大きな不幸も喜んで受けるわよ。付き合ってたときにも言ったでしょう? あなたとならどこでも構わないって。


 引きずり出してごらんなさいよ。今さら逃した魚の大きさに気付くなんて、本当に馬鹿なんだから。


 平成24年2月18日 桜井めぐみ

最終文書「青春泥棒」は子草誓花さん(http://mypage.syosetu.com/776660/)に書いていただきました。


ここまでご愛読ありがとうございます。本編はこれで終了となりますが、活動報告にて参加者の座談会を載せます。裏話など興味がある方は是非ご覧ください。

次回の企画もどうぞよろしくお願いします。

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