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うさぎと煙草とストーカー  作者: 田中アマノリ
7/25

その7

 電車に揺られながら、私はため息をついた。今日は「文化人類学Ⅰ」の授業がある。


 私はこの授業が嫌いだ。小鳥のさえずりのような教授の声を聞いていると、どうしてもうとうととしてしまう。そこに暗闇の中での上映会など、私に寝なさいと言っているようなものではないか。


 私が所属している環境学部では、木曜日五限に必須科目である「バイオインダストリー論」がある。加工食品の構成や自然物質について学ぶという退屈極まりない授業だけに、これだけの為に大学に顔を出すのも惜しかった。


 せめて何か一コマ前に入れようと、適当に選んだのが失敗だった。つまらない授業が二つ続けて行われるなど苦痛でしかない。


 車内にはちらほらと学生らしき人がおり、中にはあくびをこらえ、眠気を噛み殺している者もいる。私はドアに背をもたれ、鞄の中からアイポッドを取り出した。聴く曲は勿論、『ラピッド・シガレット』の『アサガオ』だ。


 爽快な音楽が細い管を通って私の耳へと流れ込んでくる。この曲を聴いていると、嫌な気分も弾け飛ばしてくれるようで心地よい。


 もしかしたら授業中に三山さんがこれを聴いているのは、私と同じように嫌な気持ちを音楽で吹き飛ばしているのかもしれない。だとしたら私は、彼を憂鬱とさせる原因を取り除いてあげたいと思う。彼は、あの授業で何に苦しんでいるのだろう。


 イヤホンに耳を傾けていると、突然背中のドアが開き、私はよろけてしまった。イヤホンを外してアナウンスを聞くと、目的駅に着いたようだった。私はサッと大学生と思われる人の波を避け、少し距離を置いてから歩き出し、改札を出て大学へと向かう道を進んでいった。


 大学の構内に足を踏み入れた瞬間、憂鬱な気分がより一層色濃く心に刻み込んだ。履修登録したのは誰でもない、私自身だ。だからこそ嫌になる。


 腹の中でぶうぶうと文句を垂れながら、授業のあるC-24教室へと足を踏み入れた。教室のサイズは普通。席も学生も適量。夏は程良く涼しく、冬は暖かい。うるさい学生もおらず日当たりも良好。


 この条件で授業が楽しくて彼がいたら、私は感動のあまり教授にハグしていたかもしれない。しないけど。


 適当な席に腰をかけ、鞄の中から『朝顔のたね』の本を取り出す。物語は中盤になり、主人公の女の子が意中の男性に告白しようとしているシーンだ。思わずページを摘まむ指に力が入る。私はどきどきしながら一字一字読み、ページをめくり続けた。


 黒板の方を見ると、すでに教授はプロジェクターの準備に取り掛かっていた。間違いなく今日も安眠ビデオの日だろう。私は目の前の現実から逃げるべく、小説の世界へと旅立った。


 授業が始まる三分前ぐらいだろうか。ほとんどの学生が腰掛け、各々がこれから来るであろう睡魔に耐える意気込みをしていた。私は小説を鞄にしまい込み、形だけの授業の準備をした。その時、神は微笑んだ。


 三山さんが教室に入ってきた時の私は、一体どれだけの幸せを凝縮したような顔をしていただろうか。彼は私をちらと確認すると、私の席から二つ前の席に座った。わざわざ私の目の届く場所に座るなど、これは間違いなく私を意識している。神様からの思わぬドッキリサービスに、私は手に持っていたシャープペンを落としかけた。


 運命が二度も続けばもはや宿命だ。万物の流れに沿うように、私達は惹かれ合うのだ。私は頭にふわふわと浮かぶ妄念を振り払い、これから戦うであろう睡魔に断固として負けない決意を固めた。

このままアホみたいに授業終了まで眠りこけて、もしかしたらあるかもしれないチャンスを棒に振ってしまったら乙女の恥さらしだ。


 私はシャープペンを握りしめ、掌にぐいと押しあてた。血が滲み出そうな程に痛かったが、そんな痛みはどこ吹く風だった。

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