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うさぎと煙草とストーカー  作者: 田中アマノリ
24/25

その24

 目の前にはうどんの湯気だけが広がっている。それ以外の何物も目には映らない。湯気しか見えないのは、俺が湯気しか見られないからだ。


 隣の席には彼女がいて、俺と同じようにうどんを眺めていた。今まで俺の後ろを陣取っていた彼女が、今俺の横にいる。その現状に、俺はまだ慣れていなかった。


 うどんが出来るまでの間、何を話せばいいか分からず、手を組み合わせてモジモジとしていた。そもそも何か話すべきなのだろうか。しかし何か話さなければ、三山の気遣いを無駄にする事になる。目線を横にやると、彼女も同じ気持ちのようで混乱した様子だった。うどんを前に啜らず、かといって互いに喋る事も無く、目前のどんぶりだけを見つめている光景は何とも間抜けだ。


 顔を上げると、店主が不満そうな顔を浮かべていた。うどんが伸びてしまうのを危惧しているのかもしれない。


 悩んだ末、とりあえずうどんを食べる事にした。食べ終える頃には何かしら進展するかもしれない。その希望に賭ける事にした。


 うどんを啜る音と、店主が皿を磨く音だけが店内に広がる。ここのうどんはいつ食べても美味いが、今日はその味もどこか上滑りしている。どれだけ食っても腹が満たされない。


 俺は彼女を追いかけて、大学中を走り回ったのを思い出した。そういえばあの時も、俺の耳にラピッド・シガレットは届かなかった。


 どんぶりから麺は消え、微かな天かすと汁だけが残った。このままでは何も進展しない。


 思えば仏語の授業の時は気軽に話しかけられたのに、何故か今の俺には出す言葉が無かった。口を開こうとすると、飲み込んだうどんが逆流しそうな感触がする。喉がどんどん乾いていく。


 そうこうしている内に時間は過ぎ、コーヒーミルクはどんどん温くなっていった。


 とうとう汁を飲み終えると、彼女が話しかけてきた。「あの、ちょっといいですか」と、申し訳なさそうに彼女は言った。


 その言葉に俺は驚いた。彼女から話しかけてくるとは思わなかったからだ。


 彼女はいつだって俺の事を見ていたが、自ら俺に接触してきた事は一度も無い。彼女は顔をこちらに向け、俺の目を見つめている。その目は強く俺を見据え、今までに見たどの目よりも真っ直ぐと俺を見ていた。


 やられたと、俺は強く思った。これでは真逆だ。俺から先にコンタクトを取ろうと思っていたのに、彼女に先を越されてしまった。どうやら俺が決心するよりも先に、決意を固めたようだ。あれからそう時間は経っていないが、その短期間に彼女は覚悟したのだ。もう俺から目を反らす気は無いのだろう。


 いいぜ、聞いてやる。何を言うか分からないが、最後まで聞いてやろう。


 さぁ、何を話すかな。告白でもしてくる気だろうか。例えそうでも俺の気持ちは変わらない。彼女とは「他人」に戻りたい。その気持ちを崩す事が出来るのなら、是非ともやってみて欲しい。


 頬杖をつきながらそう思い、俺は彼女の目を見つめ返した。喉まで込み上げていたうどんは消え、頬は知らぬ間に笑みを浮かべていた。

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