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うさぎと煙草とストーカー  作者: 田中アマノリ
20/25

その20

 比較文化論の授業に、彼女は初めて現れなかった。授業はのびのびと進み、俺が音楽に逃げる事も変な視線を当てられる事も無かった。


 授業終了後も彼女の姿は無く、俺は妙な不安に駆られた。もしや彼女はこの授業を捨てる気だろうか。ただ俺に会わないが為に。


 C棟の階段で別れて以来、彼女とは会っていない。というか見てもいない。環境学部の方には顔を出しているかもしれないが、用も無く行く事も無かった。


 この件を浜田さんにメールで伝えたら、浜田さんは一言、「くたばれ」とメールしてきた。全くもってその通りだと思う。


 昼食を食べようと食堂に行くと、懐かしくも見覚えのある顔があった。それは髪を黒色に戻した三山だった。アホな顔をしかめ、深刻そうに悩んでいる。しかしその顔が余計にアホに見えた。


「よぉ三山」俺は話しかけた。


「志村か……」


「なんでそんな元気ないんだ?」


「お前も元気なさそうじゃん」


「まあなあ……」


 三山は空のコップをコロコロと回し、何かを思い出してはため息をついている。俺は一旦席を離れ、券売機で日替わり定食を購入した。食券をおばちゃんに渡し、再度席に着く。


「ちょっと前に浜田さんとメールしたよ。思えばあれが初めてのメールだったな」


「やらないぞ」


「いらねえよ。彼女からの初めてのメール、何だったと思う?『くたばれ』だぜ」


 三山は不思議そうな顔を浮かべた。いつものように笑われるかと思っていたが、そうではなかった。


「お前もか」


「え、どういう意味だ?」


「俺も昨日言われたよ」


「喧嘩でもしたのか?」


「彼女じゃねえよ。さくちゃんに言われた」


 さくちゃんとは桜田さんの事だ。


「何やらかしたんだお前?」


「なんもしてねえよ。いきなりお昼に呼び出されて、『彼女もすっきりしたいみたい。悪いけど、もう彼女に会わないであげるかな?』って感じの事言われたんだよ。それで『え、ごめん誰の事?』って言ったら、彼女めっちゃキレてさ。『信じらんない、いっぺん死んでこい!』って言われた」


「俺よりも酷いな」


「理由が訊きたくてさっきも会いに行ったのに、またキレられた。今度は『にへん死んでこい』だぜ?」


「てか誰だよその人。浜田さんか?」


「いや違った。でも聞くの怖かったぜ―、あの子が俺と別れたいなんて考えてたら、俺泣いちゃうよ。ほんと」


「相変わらず気持ち悪いな」


 御膳を持ったおばちゃんが現れ、俺の前に置くとそのまま去っていった。今日の日替わり定食は鯵のフライだ。同じ魚ならば、安い焼き魚定食にしとくべきだったと俺は後悔した。


「あーもう気になるわ」


 頭を掻きながら三山は言った。


「本当に身に覚えないのか? 振った女とか」


「俺は一途って言っただろ。それに振ろうが振ろまいが、俺は女の子に纏わりついたりなんかしねえよ」


 思わず「浜田さんのストーカーしてたじゃねえか」と言おうとしたが、言ったら逆上されかねないのでやめた。


 ちみちみとキャベツを摘まんでいると、爽快な音楽が流れてきた。爽快だと思ったのは、よく聴けばそれが俺の好きな『朝顔』の楽曲だったからだ。


 それが流れると同時に、三山は携帯電話を取り出した。どうやらこいつの電話の着信音らしい。


「なんだかんだ言ってハマってんじゃん」


「まあな。ちょっと待ってろ」


 三山は食堂を出て、外にあるベンチに向かった。ここからではよく見えないが、何か申し訳なさそうに愛想笑いをしているのが見えた。数分経ってから三山は帰ってきた。


「わりぃわりぃ。解決したわ」


 そう言う三山の顔は、酷く気味の悪い笑顔だった。


「桜田さんからだったんか?」


「ああ、誤解だったみたいだわ。さくちゃんも謝ってくれたよ」


「そうなん? まあよかったじゃん」


 その後俺と三山は他愛の無い話を繰り返し、俺が食べ終えると同時に食堂を出た。一服しようと煙草を探していたら、意を決するように三山は言った。


「なあ志村、明日飯でも食わんか?」

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