その14
自動販売機でコーヒーミルクを買っていると、鼻先に冷たい何かが当たった。頭上の棟の誰かが悪戯でもしたのかと思ったが、見上げても人の姿は見えず、代わりに空は薄暗く灰色に変色していた。どうやら雨が降ってきたらしい。
傘を差そうと思った時に、自分の手元に傘が無い事に気付いた。どうやら喫煙所で浜田さんと話していた時に、灰皿台に立て掛けたまま忘れたらしい。
慌てて取りに向かうも、俺の傘は無かった。ものの見事にパクられていた。既に朽ちかけていた貧層なビニール傘だったが、それを盗むとは犯人も切羽詰まる状況だったのだろうか。それともそんなビニール傘だからこそ心が痛まなかったのか。まぁ、恐らく後者だろう。
小粒だった雨も次第に強さを増し、着ているコートに染み込んでくる。同時に肩から腕へ、腕から身体へと寒さが刺し込んできた。
どれだけ探しても、彼女の姿は見つかる事は無く、ただ行き場のないモヤモヤとした感情だけが肌寒さと交互していた。
浜田さんと別れた後、教務課前に置かれた授業表を手に手当たり次第に授業中の教室を探したが、彼女はどこにもいなかった。その後コンビニ、本屋、食堂と向かうもハズレだった。
校門へと流れ込む生徒の群れを注意深く見つめるも、やはり彼女の姿はどこにもない。気付いた時には時刻は四時を回り、既に四限の授業も始まっていた。
諦めた俺は帰宅する事にした。何も急ぐ必要はない。彼女とは比較文化論の授業で、文字通り嫌でも出会うのだ。
胸ポケットからアイポッドを取り出し、「ラピッド・シガレット」の項目を選択する。イヤホンからは爽快な音楽が流れ込むも、何故だか今日はそんな気分にはなれない。
俺は彼女を見つける事が出来なかった。なんだかんだ言って俺達は一回も言葉を交わした事が無いのだ。学部も知らなければ名前だって知らない。一体彼女が何に興味を持ち、こんな俺を追うようになったのか。それだけは純粋に知りたかった。
すっきりしない。数々の困難を共にした小さき相棒は、今日に限って役立たずだ。何かが喉に引っ掛かってしまい、その言えない何かを言ってしまいたい。しかし言えないこの気持ちは何だろう。
気がつくと俺は、彼女に渡すつもりだったコーヒーミルクをがぶりと飲み込んでいた。




